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その31-2 あまりに予想外
「う、うーん……」
目覚めとともに身動きし、身体を反転させた芹菜は、薄く瞼を開けた。
もう朝?
そう考えた芹菜は、次の瞬間ハッとして目を見開いた。
こ、ここは誠志朗さんの寝室!
わたし、夕べ誠志朗さんのベッドに潜り込んで……
一瞬どうしていいかわからなくなった芹菜は、身を固めて息を詰めた。
せ、誠志朗さんは?
確認するまでもなく、誠志朗はそこにいた。
芹菜に背を向けていて、昨夜芹菜が潜り込んだ時と同じ姿勢だ。
こ、これって、気づかれてないのよね?
安堵が湧きそうになったが、安堵していられる状況ではないと思い直す。
誠志朗は、いましも起きてしまうかもしれない。
焦ってベッドから飛んで出て、この寝室から逃げ出したかったが、そんな風に騒いでは、せっかく寝ている誠志朗を起こしてしまうに違いない。
そーっとベッドから足を出し、床につけようとしたが、身体のあちこちに力を入れるたびにベッドが揺れ、冷や汗が出る。
こんなことで四苦八苦している自分に、芹菜は疲れを覚えて身体から力を抜いた。
もう、バレてもいいんじゃないかな? そんな風に思ってしまう。
それでも、わたしが自分のベッドに潜り込んでいるのを知ったら、誠志朗さんは滅茶苦茶驚くだろうな。
昨夜のこともあるし……これ以上恥ずかしい思いはしたくないのよね。
昨夜のことを思い返してしまい、羞恥に駆られて顔が痛いほど火照る。
なんかもう、わたし、誠志朗さんに呆れられちゃったんじゃないかしら?
わたしを好きな気持ちも、薄まってしまっているかも。
強烈に不安が込み上げ、誠志朗のベッドに寝ているいまの自分が疎ましくなる。
ほんと、わたし何やってるんだろう?
誠志朗さんに、わたしからのキスが欲しいと言われたから、昨日の彼の誕生日のうちに、その望みを叶えたいと思って……
寝ている彼にキスをしたまではいいけど、なんでそのまま寝てしまおうと思ったりするわけ?
と、昨夜の自分をなじる。
だって、誠志朗さん、起きる気配がなくて……ぬくもりが心地よすぎて……
大胆過ぎるかなとは思ったのよ。
けど……大胆なことをしてみるのも悪くないじゃないかなんて、思ってしまって……
けど、実際寝るつもりはなかったのだ。
いつの間にやら寝てしまっていたのであって……
なんて、あれこれ考えたところ、この事態は変えられない。
芹菜は、誠志朗の方に視線を向けた。
「えっ?」
なんと、誠志朗が顔だけこちらに向けている。
芹菜を見つめる表情も眼差しも、たったいま起きたという様子ではない。
「おはよう」
泡を食い、物も言えずにいたら、誠志朗は普通に声を掛けてきた。
「芹?」
返事を催促するように名を呼ばれ、動転していた芹菜は慌てて口を開く。
「お……おは、よう……ござい……ます」
つっかえつっかえ言葉を返し、いまさら狼狽える。
「あ、あの……わたし……その」
何か言い訳をと、もごもご言っていたら、誠志朗に手を取られた。
触れられたことにドキリとしたら、誠志朗が身を起こした。
「嬉しかったよ」
「えっ?」
「夜中に起きたら君がいて」
ええっ! すっ、すでにバレてたの?
「あ、あの……わたし……せ、誠志朗さんが……その……わたしからのキスが欲しいって言ったから……」
しどろもどろに言ったら、誠志朗が眉を上げる。
「もしかして、寝ている間にキスをくれたのかい?」
「あ……はい。起きて時間を確認したら、まだ誕生日で……あと十分くらい時間が残ってたから……それで」
「そうなのか?」
「は、はい」
しでかしてしまったことが恥ずかしく、彼の目を見返せないでいたら、誠志朗はそっと芹菜を抱き締めてきた。
ベッドの上だし、寝室だし……緊張から自然と身を固くしてしまう。
「寝ている間じゃ、もらった気がしないんだが」
「あ……そ、それはそうですよね」
「もちろん、誕生日のうちに、君からキスしてもらえた事実は嬉しいけどね」
そう口にした誠志朗は、ぐっと顔を近づけてきた。
驚いてしまい、反射的に身を引いてしまう。
だが、誠志朗は芹菜の両腕を捕まえ、やわらかに阻止する。
ぎゅっと抱き締められ、煩いほど鼓動が高鳴る。
「え、えっと……」
「いまキスが欲しい。望みを叶えてくれるかい?」
「い、いま?」
思わず驚きの顔で聞き返してしまう。
「そう、いま」
彼の瞳には、譲る気がないという意思が見える。
キスをするという考えのもと、誠志朗を直視したら、顔がボッと燃えた。
うわーっ、やっぱり恥ずかしい。
キスをもらうのと、こちらから行動に移すのでは、天と地ほど違う。
「芹?」
「ま、また今度ということに……」
「嫌だな!」
誠志朗は不機嫌に言い放つ。
「せ、誠志朗さん?」
どうしたらいいのか困っていたら、誠志朗は急にベッドから降りた。そして芹菜に手を差し延べてくる。
その手を握ると、誠志朗に促がされるままベッドから降りた。
そしてその時になって、芹菜は自分が今どんな恰好をしているのか思い出した。
誠志朗の大きすぎるパジャマを身にまとい、袖の先とズボンの裾は幾重にも折り曲げた状態。
あまりにも不格好すぎる。
「み、見ないでください」
芹菜は抗議するように言いつつ、その場にしゃがみ込んだ。
「今更だと思うが」
戸惑ったように言われて、さらに顔が赤らむ。
「そ、そうかもしれませんけど……朝だから、なお恥ずかしいんです。着替えます」
夕べはドレスを着てここまで来たが、ちゃんと着替えは用意してある。
さっさとそれに着替えたい。
勢いよく立ち上がり、誠志朗の脇をすり抜けようとしたが、背後からあっさり捕まえられてしまった。
「せ、誠志朗さん」
「キスは? それをもらったら離してあげるよ」
誠志朗は、ちょっと意地悪そうに言いながら、芹菜を腕の中に閉じ込めたまま向かい合うように芹菜の向きを変えさせる。
顔が接近し、どうにもジタバタしてしまう。
けど、誠志朗はどうあってもキスをもらうつもりのようだ。
キスをするまで離してくれそうもない。
だが、目が合うと、照れ臭くて、とてもキスなどできそうもない。
「それなら……目を瞑ってください」
ちらちらと誠志朗と視線を合わせつつ、芹菜は頼み込んだ。
誠志朗はきゅっと眉を上げてから、くすっと笑い、瞼を閉じた。
口の端を笑いで弛めている誠志朗に、むっとしてしまう。
「笑わないで」
「指示ばかりだな」
「だって……」
誠志朗は、笑みを浮かべた口元を芹菜の方に寄せてくる。
キスするのは簡単だけど……
それでも照れ臭いし、さらに悪戯心が湧いてきてしまった。
芹菜は誠志朗の耳たぶを甘く噛んだ。
それはあまりに予想外だったのだろう、誠志朗はうろたえて目を見張る。
そんな彼の様子を見て、芹菜は声を上げて笑った。
「芹ぃ〜」
責めるような呼びかけととももに、誠志朗が掴みかかってこようとする。
身の危険を感じた芹菜はハッと身を翻し、その場から飛んで逃げたのだった。
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