続 君色の輝き
その6 進入禁止区域 


委員会の終了とともに、少しピリリとしていた室内の空気が、ざわざわとした生徒達の声で和んでゆく。

芹菜の隣には、彼女と同じクラス委員の大成がいて、机の下においてある鞄を手に取ろうとして屈みこんだところだった。

芹菜も同じように鞄を手に取ろうとしたが、決心して、大成に向き直った。

芹菜の全身はカチカチだった。
屈みこんでいる大成の全身から、芹菜を拒否するオーラがバンバンに発しているのが分かるのだ。

大成は花之木広場の一件以来、どうしても必要な用件以外、口を聞いてもくれないし、視線すら合わせてくれない。

もちろん、こんな状態をいつまでも続けていたくはなかった。
それは、拒否オーラを発している本人の大成も同じなのだと、芹菜には思えた。

大成が上体を上げたタイミングを見計らって、芹菜は声を掛けた。

「あ…の、宮島君」

ものすごーく控えめな声だった。
おかげで彼女の声は、蚊が耳元遠くを飛んでいるような頼りない音にしかならなかった。

それでも、大成は振り向いた。
いや、振り向いたというより、半身を傾けただけだ。
彼の顔そのものは、芹菜に向いていない。

「え、えっと、話ししたいんで…けど。校門までだけど。いい?一緒に?」

心臓がやたらドギマギ動いているせいで、脳にまで被害が及び、言葉の連なりがおかしくなってしまった。

頬を赤らめた芹菜が恥ずかしさに俯く瞬間、大成の顔が彼女に向いたのがわかった。
視線が痛かった。芹菜は唇を噛み締めた。

「僕も…話しが聞きたいと思ってた」

その大成の微かな声に、芹菜は視線をあげた。

一瞬ふたりの目が合った。
今度は、ぎゅっと口を引き結んだ大成が、視線を床に落としてしまった。

「訳がわからないよ」

大成は呟くように言うと、立ち上がって歩き出した。
芹菜も鞄を持ち上げると、数歩遅れて歩き出した。

九月になっても夏はどっとりと腰を据え、午後のいまの時間、熱した空気に包まれてじんわり汗が出てくる。

芹菜はハンカチを取り出して額に滲んだ汗を拭った。

前を歩く大成の後姿に、どうしても誠志朗を重ねてしまい、胸に微かな切なさが湧く。

お互いに口を開かないまま、昇降口まで来てしまった。
沈黙を抱えて、ふたりは靴を履き替えた。

大成は話をどう切り出してよいのか分からないのだ。それは芹菜とて同じだった。

誠志朗との尋常でない再会。
真帆として生きた数ヶ月、そしてアルバイトの日々。
それらをすべて語れるはずもなく、誠志朗と彼女のいまを、どう説明すればいいのだろう。

校門まで来てしまってから、大成がやっと歩を止めて、すぐ後ろにいる芹菜に向き直った。

「ゲーセン行かない?」

芹菜は、ぽかんとして大成を見た。
口にした大成の表情も、なぜかおぼつかない。

「行きたくないなら、別に行かなくてもいいけど」

「い、行く。行きます」

どもった芹菜の情けない返事を聞いて、大成は数秒躊躇する様をみせ、そして駅に向けて歩き始めた。





「ねぇ、宮島君、あれなら取れるんじゃない。あれにしましょうよ」

UFOキャッチャーのガラスに張り付き、『あれ』を指差しながら、芹菜は熱を入れて大成に言った。

ボタンを押すタイミングに集中していた大成が、肩から力を抜き、『あれ』にちらりと視線を這わせてから、芹菜に向いた。

クールな目だった。

「楠木さん、もし『あれ』が取れたとして、君、家に持って帰る気になるかい?」

『あれ』とは、得体の知れない緑色の怪物のことだ。
大成は、芹菜も見たことのある正義の味方のペットのような、可愛らしいキャラクターを狙っている。

『あれ』と、可愛らしいキャラクターを、それぞれ自分が抱えているところを瞬間想像した芹菜は、大成の指摘にぐうの音も出ず、すごすごと引っ込んだ。

最後のチャレンジ。
大きなツメが、芹菜のドキドキと共に移動してゆく。

ゲームセンターなんて、芹菜は初めてだった。
親が教師のせいか、楠木家では、ゲームセンターは進入禁止区域に指定されている。

親の禁を破っていることには、いささか不味いかなとも思ったけれど、以前ほどいけないことをしているという感覚は無かった。

大成が一緒ということもあるのかもしれない。
彼はあらゆる意味で、ひとに安心感を与えてくれるひとだ。

ツメが、キャラクターの足首を見事に引っ掛け、少しずつ浮上してくる。
芹菜は息を詰めてそれを見守った。
少しでも声を出すとぽろりと落ちてしまうような危機感が、心臓をバクバクさせる。

すぽっと、大きなぬいぐるみが穴に落ちた。

「うわっ、やったわ!宮島君」

喜びがでか過ぎ、芹菜はぴょんぴょんと跳ねて、大成に飛びついた。

大成も、達成感か芹菜の喜びに煽られたのか、頬を少し紅潮させ、普段クールな目も今は輝いている。

「真奈香が喜ぶわ」「奈乃が喜ぶぞ」

ほぼ同時にふたりは言って、お互いに「えっ」と叫んだ。
そしていまさら、互いの距離の近さに驚いて、さっと離れた。

「奈乃さんって?」「真奈香って?」

ふたりはまた一緒に口に出して、視線を合わせたまま黙り込んだ。

「奈乃さんって…。あ、宮島君が付き合ってるひと?」

「奈乃は…。それより真奈香って、君の妹?」

「そう」

「それじゃ、これ持って帰ってあげなよ」

「い、いい。宮島君がそのひとに持っていってあげて。わたしったら、自分がもらえる気で…ごめんなさい」

芹菜は自分のずうずうしさに、恥ずかしさを越して、笑いが止まらなくなった。
芹菜の笑いで大成の表情も明るく緩んだ。

「よし、それならもうひとつゲットしよう」
大成はそう言って、ポケットからコインを取り出した。




   
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