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その2 気まずい沈黙
ショッピングモールの中も外も、クリスマスの飾り付けで目一杯華やいだ雰囲気をかもし出していた。
松ぼっくりに雪だるま、金銀のリボン、赤と緑のカラーがあちこちに散りばめられ、それらを目にしているだけで、ウキウキと心が騒ぐ。
「いいねぇ。クリスマスソング。真っ赤なお鼻のぉ〜♪」
店内に流れているメロディーに合わせて綾乃が歌い始め、ポンと玲香の肩を叩いた。
玲香が、「トナカイさんはぁ〜」と続け、葉奈の肩をポンと叩いてきた。
どうやら、リレーのように歌を歌えということらしい。
「いつもみんなの〜♪」
気恥ずかしさを押して、葉奈は小声で歌い、伊坂にバトンを渡した。
「わ、わ」
顔を引きつらせて「わ」を連呼していた伊坂が、「歌えるか」と最後に怒鳴った。
その反応に、綾乃と玲香が爆笑した。
もとより予想していたことだったらしい。
「葉奈から回されたら、いやいやでも歌うかと思ったのに」
「お前ら、相変わらずタチが悪いな」
伊坂はそう言って、葉奈に向いた。
「このふたりが組んでると、いつだって妙なパワーが湧くんだ」
葉奈はふっと笑った。
ほんとうにふたりは、生まれつきペアのような存在に思える。
背の高さは綾乃の方が五センチほど高いし、ほっそりした玲香とふっくらした綾乃だけど、発しているものが一緒というか、とても似た印象を受ける。
「ほら、ここだよ。sarasa」
伊坂の父の妹の名が更紗というらしい。
葉奈は豪華な装飾の施された店内と、光り輝くガラスのウインドーに気後れした。
洒落たデザインの店内は、葉奈がけして踏み込まない聖域のような高級さだ。
そんな店内に玲香と綾乃は、なんの躊躇もなく入ってゆく。
思わず葉奈は、尊敬の眼差しをふたりの背中に送ってしまった。
「葉奈、どうした?入ろう」
伊坂に促されて歩き始めたものの、身体が拒否してなかなか前に進めない。
店内に置いてある品物のゆったりとした配置。
それだけで、それらがどれほど高価な値段か分かる。
綾乃は、いつもこんなところで服を買っていたのだろうか?
葉奈と一緒にショッピングするときは、いつでもリーズナブルな若い子向けのショップで服を買っていたのに。
広い店の奥へと入って行った三人をさりげなく見送り、葉奈は入り口のところで遠慮がちに服を眺めていた。両手を背中で組んでいる自分が哀しい。
ウインドーの外には、葉奈に相応しい店がたくさん並んでいるというのに。
綾乃に呼びかけられて葉奈は顔を上げた。
「そんな心細そうな顔しないで」
「だって、こんなお店入ったことないんだもの」
葉奈は回りに聞こえないように小声でぼそぼそと囁いた。
「わたしだって、めったにないよ」そう言って綾乃が苦笑した。
「そうなの?」
「当たり前じゃん。こんなとこで服一枚でも買ったら、数か月分のお小遣いがぶっとんじゃうよ」
「よ、よかったぁ」葉奈はマジで安堵した。
ほっとして胸を押さえていると、後ろから呼ばれた。
「葉奈?」
伊坂だった。
彼の隣には、母ほどの年代のスマートな女性が立っている。
その女性に軽く手を振り、綾乃は玲香のところへと歩いて行ってしまった。
一緒にいて欲しかった葉奈はがっかりした。
「この店のオーナーの叔母だ。更紗叔母さん、こちら佐倉葉奈。俺の恋人」
するりと伊坂の腕が葉奈の腰に回された。
伊坂はなんのためらいもなくこういう仕草を自然に行う。
慣れることが出来ない葉奈は、そのたびに、恥ずかしいほど赤くなってしまう。
「まあそうなの。素敵なお嬢様ね、翔さん。初めまして佐倉さん。葉奈さんとお呼びしても良いかしら?」
生まれもって上品なひとというものは、やはり存在するらしい。
気品に満ちた仕草に圧倒されて、葉奈は、一層固くなった。
「は、はい。もちろん構いません。…あ、は、初めまして、よろしくお願いします…」
あがってしまって、まどろっこしいほど唇が思うように動かせなかった。
顔を赤くして俯いた葉奈に、更紗が言った。
「あなたに、とても似合いそうな素敵な黒のドレスがあるのよ」
「ピンクにして、サーモンピンクなんかいいかな」
「あら、翔さん。そんなにピンクが好きなの?でもエキゾチックな雰囲気の葉奈さんには、シックな黒とか真紅のものが…」
「いいんだ。黒のドレスは彼女すでに持ってるし。とにかく今回はピンクがいい。それと、レースとかひだとかたくさんついた可愛いやつ」
伊坂の付け加えた注文に、葉奈はますます赤くなった。
真剣な顔の伊坂と、困っている葉奈を交互に見て、更紗が笑いを堪えた。
「了解したわ。ちょっと待ってて」
更紗がさっと店の奥に入って行く後姿を、葉奈は怯えつつ見送った。
とんでもないことになってしまった。
「せ、先生。わたし、こんな高級ブティックでドレスなんて買えません」
「先生は禁句だ。君に払わせたりするわけないだろ」
「は?」
「支払いは俺がするに決まってるだろ」
「で、でも、買うのは私の服で…」
「君は俺の恋人だ。恋人の服を彼氏が買うんだ、当たり前のことだろ」
「で、でも、誕生日とかじゃないのに、買っていただく理由が…」
「俺は君のために何も買っちゃいけないのか?」
「伊坂先生、怒らないでください。…ただ、その…なんか…あの…」
「また先生…か」
伊坂がため息をついた。
そのため息は、強烈に葉奈を責めている。
「…翔」
「仕方なく名前を呼んでもらっても嬉しくない」
気まずい沈黙に包まれ、葉奈は小さく縮こまった。
「翔さん?」
更紗の声にふたりは振り向いた。
気まずい空気を察したのか、更紗が形の良い眉を上げた。
彼女は何枚かの、少しずつ色合いの違うピンクのドレスを腕に下げている。
「ああ、これなんかいいんじゃないかな」
「翔さんが選んでどうするの?着るのは葉奈さんですのに」
「着るのは葉奈だけど、見て楽しむのは俺だよ」
「着て楽しむのは葉奈さんよ。困ったひとねぇ、傍若無人な兄さんにそっくりだわ」
「そうかな? ごめん葉奈。どうも、ひとの気持ちを汲むのがいまひとつ、うまくないみたいだな」
「いまひとつどころじゃないけどね」
綾乃が更紗の背後からぴょこんと顔を出した。
「あ、いいんじゃない。それ」
「どれどれ?。あっ、かっわいい。葉奈さん、着て見せて」
綾乃の後ろから顔を出した玲香が言った。
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