恋風
クリスマスバージョンおまけ
ハナとクリスマス-1



今朝のハナは、特別ご機嫌だった。
昨夜は葉奈をからかい倒し、単細胞らしい葉奈は、ハナの脳内をとろかすほど素敵なリアクションを取ってくれた。

このところ、ゲームに関しては、聡は言うに及ばず、玲香も、あの許しがたい俺様気質の翔ですら、彼女のからかいに、まったくアクションを起こしてくれなくなっていた。

戦いを挑んでも、初めから諦めの境地に至ったような顔をして歯痒いといったらなかった。

おまけに、たまにやって来る綾乃の反応は最悪なものだし…

綾乃は、ハナが戦いを挑んでいるということにすらまったく気づかない。
もともとテレビゲームは特別好きではないらしく、勝ち敗けにこだわらないという、なんともつまらないやつなのだ。

ハナが綾乃の膝に飛び乗ると、勝負が始る前に、嬉々としてハナを抱きしめてくる。
どうやら、普段つれないハナが、自分に懐いたと勘違いするらしい。

あんな、あんぽんたんな綾乃の相手など、あほらしくてやってられない。

その点、昨夜の葉奈の反応ときたら…
ハナはその時のラブリーなトキメキを思い出してぺろりと舌なめずりをした。

できることならば、今夜も味合わせてもらえないものだろうか…

ハナの今回のご機嫌の原因は、それだけではなかった。

朝起きたら、彼女の憩いの館の前に、山ほどのプレゼントが置いてあったのだ。

これが巷で大人気の、サンタの仕業だということはもちろん知っている。
こう見えても、彼女は博識なのだ。

ハナは自分の館から出て、新しくなったふっかふかのお布団をうっとりと見つめた。
美味しいご馳走はすでに平らげてしまったが、まだハナの胃袋を満足で満たしている。

前足でころころと転がすと、ちりりんと音が鳴る真っ赤な手毬まで手に入れた。
手毬の糸にツメが小気味よくひっかかるところが、またなんともいえない手ごたえである。

さすがはサンタ、ハナの欲しがるものをよく心得ているようだ。

ふっふ〜ん♪

ハナはスキップを踏みながら廊下を進んだ。

今日は人間たちがぞろぞろと集合しての大宴会を催している。
もっと早く覗きに行くつもりだったのだが、ご馳走を食べて満腹になったら、うかつにも熟睡してしまったのだ。。

階段に近付いたところで、俺様翔のイライラ声が聞こえ、ハナは高揚感に囚われ、ダッシュした。

心躍る見せ物は、逃すべきではない。

予想したとおり、俺様翔が、うすぼんやりだが覚えのある女相手に、苦慮している模様だ。

ハナは嬉々として、俺様翔の難儀する様を、階段の一番上から高みの見物を始めた。

俺様翔のことを、好きか嫌いか、ハナは自分でもわからない。

ハナを見下したように、大柄なものの言い方をし、命令口調で駄目駄目を連発する、この屋敷で一番、嫌なやつ。

…けれど、なぜか…

ハナの知らぬ胸の内に、俺様翔を慕うものがあるのだ。
その塊がなぜ存在し、なぜそれに抗えないのか、ハナ自身にも分からない。

ハナは、窮している俺様翔のために、自分の心とは裏腹に、とんとんと階段を下りて行った。

別に、こいつを救いたいわけではない。
このまま困窮した様を見て楽しみたいと思っているのに…身体が勝手に…

なぜなのだろう?

ハナは首を捻った。

「にゃ」

ハナの特別可愛らい鳴き声に、ふたりは同時に振り向いた。

「ハナ」

ハナは俺様翔の声に、安堵と助けてくれという韻を聞き取って気を良くした。

「にゃ?」

『なにかしら?』と言ったのだが、いつまでたっても猫語を解せない俺様翔には通じていないだろう。
ほんとうに人間というのは、脳が足りない生き物だ。

ハナはすぐに、人間語をマスターしたというのに…

猫語らしき発音の真似などは時折してみせるのだが、まったく意味が通じていない。
判っていないのなら話さなければいいのに、その愚かさすら分からないのだから呆れる。

…まったく、憐れとしかいいようがない。

ハナがそんなことを考えつつ、俺様翔と、吐き気がするほどどぎつい匂いを発している女を交互に見ていると、女が顔を緩めて笑みを浮べた。

(うげー)

気持ちの悪さに胃袋がでんぐりがえった。
せっかく美味しいものをいただいて、満足と至福だけを味わっていたのに…

この女…殺!!

「可愛い猫ちゃんね。ほら、こっちにいらっしゃい。抱いてあげるわ」

ハナの方へと腕を伸ばしながら、女が横柄に言う。

この女…殺×殺!!

思いとは裏腹に、ハナはとびきり愛らしく、瞳をくるくる回しながら、ゆっくりと階段を下りて行った。

「まあ、おりこうちゃんね。ひとの話が分かるみたいじゃない」

この女…地獄に突き落とす!!!

女の足元に可愛らしい仕草で近付き、ハナは女を見上げた。
もくろみ通り、女が嬉しげに叫んだ。

「まああ、ほんとにかわいいねこちゃんねぇ」

腰を屈めた女が手を伸ばしてハナに触れるのをすっと避け、ハナはストッキングにそっとツメを引っ掛けた。

期待感と高揚感にゾクゾクする…

思ったよりも安っぽいストッキングの感触だった。
ハナは、もっとも的確な方向へとツメを動かした。

ピシャーッという音とともに、ハナの予想以上に大きく裂けてゆくストッキング…

頭の中の甘美な達成感が、無意識に左の前足も上げさせる。

もう片足のストッキングを餌食にし終えたところで、馬鹿面をしていた女が遅ればせながら、うぎゃーっと叫んだ。

ずいぶんと楽しいみものだった。
だが充分堪能する前に、ハナの身体が浮いていた。翔がハナを救い上げたのだ。

ハナを胸に抱えたまま、翔は飛ぶように走り、自分の部屋のベッドに飛び込んだ。
仰向けに寝転がった状態で、翔は笑い声を上げながらハナを両腕で持ち上げる。

ぶら下がったぶざまな格好をさせられ、ハナはムッとした。
ハナは不本意な状態から抜け出すために、激しく身をくねらせた。

「わかったわかった」

翔が起き上がってハナを離し、ハナはベッドに鎮座して翔を睨んだ。

「よくやったぞ、ハナ。勲章ものだ。おかげでスカッとしたよ」

その言葉に、途端にハナは気をよくした。
いつでもそうやって、素直にハナに対して敬意を表せばよいのだ。

「困ったな。俺がいないと葉奈が…」

楽しさを堪能し、気分良く身体を嘗め回していたハナは、翔の声と彼の視線に気づいて顔をあげた。

「ハナ、お前、葉奈を連れて来てくれないかな?」

葉奈を…?

ハナは、翔の頼み込むような哀願の声の度合いと表情、そして彼に恩を売れるという様々を脳内で統合し、結論を出して翔を見つめ返した。

俺様翔には、ハナの言葉より、目の語りの方が汲み取りやすいらしいのだ。

「にや〜あ」(やってやらないでもないわよ)

「やってくれるのか?だが、間違っても違う女を連れてくるなよ」

(ぬわぁ〜んだって)

ハナは、鋭く俺様翔を睨み返した。

ハナの言葉を、自分の都合のよい方に受け取り間違えたあげく…
このあたしが間違いを起こすだと…

翔が自分の失言に気づき、しまったというように顔をしかめた。
だが、いまさら取り消せるものではない。

「も、もちろん、冗談だよ。ハナ、冗談が通じない女は…い、いや、君はもちろん冗談の通じる才女だが…」

「にゃああ」(この男…最悪…)

翔を軽蔑したような目でひと睨みし、ハナは専用ドアからするりと出た。

すでに葉奈を連れてくるという頼みを聞くつもりは、これっぽちもなかった。




   
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