恋をしよう 
その16 過去との対面



「ないな」

「うーん。ないわねぇ」

真理が倒れた日から、六日が過ぎていた。
あの後、真理は驚くほどの回復を見せ、みなを安堵させていた。

今日は仕事が休みの詩歩の父が、つきっきりで看病している。
詩歩は気を効かせて、海斗とともに、朝ちょっとだけ真理に顔を見せると、すぐに帰ってきた。

家に戻ってすぐ、海斗の計画のうちだったらしく、こうして物入れの捜索が始まったのだ。

「詩歩、真剣に探してるの?」

物入れに突っ込んでいた上半身を外に出し、むっとした顔で海斗は詩歩に言った。
詩歩は、手にしていた箱を慌てて置き、気まずい顔で両手を後ろに隠した。

「さ、探してるわよ」

海斗が、詩歩がいま手にしていた箱の中身をじっと見た。

生前の祖父が集めていたらしい年代物の陶器の皿だった。
開けて目にした詩歩は、色合いの素晴らしさについつい見惚れてしまったのだ。

「僕には、真剣みがないみたく見えるんだけど」

「そんな疑わしげな顔、海に似合わないと思うんですけど…」

そう言いながら詩歩は、取り繕うように周りを忙しく見回した。
いたるところ大小のダンボールの箱が重ねられている。

「やっぱり、母が燃やしちゃったのかも知れないし、いくら探しても無駄なんじゃ…」

「いや、絶対にある。燃やしたりしてないよ」

そう断言すると、海斗はまた物入れの中に上半身を突っ込んだ。

「どうして?」

詩歩は、海斗の下半身に問いかけた。

「どうしても…あ、このでかいのはなんだろう?」

物入れの一番奥にしまわれていた大きな衣装ケースを海斗は引きずり出した。
開けようとしたが、鍵がついていて開かない。

「詩歩、ヘアピンとかない?」

「そんなので開く?」

そう言いつつも、詩歩は洗面台に行ってヘアピンを一本持って戻った。

「こういう箱の鍵って、鍵の細工はけっこう単純なものなんだよ」

そう言っている間に、カチッと音がして鍵が開いた音がした。
あまりの速さに詩歩は目を丸くした。

「すっごーい、海ってば、ほんとになんでも出来るのね」

パチパチと賞賛の拍手をしている詩歩になど構わず、海斗は箱の蓋を開けた。

「なんだ。これも違うみたいだ」

海斗はガッカリしたようだが、詩歩は箱の中身に目を見張った。

「これって…」

詩歩は立ち上がって真っ白なドレスを胸に当てた。
ウエディングドレスだった。母のだろうか…それとも真理の…

詩歩は喜びに輝く顔で真っ白なドレスを胸にあて、海斗に「見て」と声を掛けた。
だが、海斗は詩歩のウエディングドレス姿になど目もくれず、ひたすら箱の中をさぐっている。

詩歩は手近にあった平たい箱を取り上げて、海斗の頭に振り上げた。

「詩歩、あったぞ」と言う興奮した海斗の声と、パコーンという軽い音がステキにハモった。


十分後、詩歩はぐったりとして床に伸びていた。

頭を叩かれた海斗は、すさまじい執念で、詩歩を追い掛け回した。

子供だましのような鬼ごっこに、逃げ続けずにはおれない必要なだけの怖さを詩歩に感じさせ、捕まる一歩手前の恐怖を与えて取り逃がす。そんな海斗の絶妙のやり口に、詩歩はまんまと嵌った。

尋常でない体力を持っているらしい海斗は、すでに平然としてソファに座り、膝の上にアルバムを置いて捲っている。

「く、くやしいぃ…」

詩歩は、口の中でもごもごと文句を言った。
海斗がパッと顔を上げた。

詩歩はどきりとして慌てて口を閉じた。
海斗がふっと笑った。なんだか怖かった。

「喉乾いたな。詩歩…」

それはつまり、…入れて来いということ…?

「キーマンがいい」

キーマン…ですか?
そんなのないと言ってやろうかと一瞬思ったが、詩歩は思いとどまった。

仕返しとしては、ひどく姑息だと自分でも思ったが、詩歩は一番大きなマグカップに、紅茶をなみなみと注いだカップを海斗の前にドンと置いた。

気分がささやかにすっとして、詩歩は自分用に、薔薇の小花のついた可愛らしい紅茶のカップを持って、紅茶のふくいくとした香りを楽しんだ。

「詩歩」

詩歩は応戦の構えで海斗に向いた。

「嫌がってないで、ほら、一緒にみよう」

詩歩は頬を染めた。
どうして海斗には、彼女のすべてが分かるのだ?

「嫌がってなんか…」

「目にして、泣いてしまわなくちゃ…」

「そんなのじゃ…」詩歩は唇を尖らせたまま呟いた。

「僕はね、詩歩に、ひとりで泣いて欲しくないんだ」

海斗の言葉を胸の中で反響させながら、詩歩は手にした紅茶を飲んだ。

海斗が上品な手つきで、なみなみと注がれたカップをすっと持ち上げたのを見て、詩歩は紅茶を味わいながら、彼の動きを横目で観察した。

彼は、どでかいマグカップを、ありえないほどスマートな仕草で口に含み、「おいしい」と極上の笑みを浮べた。
詩歩は白旗を上げた気分だった。

詩歩は覚悟を決めるだけの時間を与えてもらい、最後には海斗の隣に座った。




   
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