恋をしよう 
その18 不意をついた告白


「海斗、お願いだから、あなたのお父様を止めてきて」

「無理だよ。どうしたって落とす気でいる。君の方こそ、幸太さんのこと止めて来たら」

「駄目よ。ぜんぜん聞く耳もたないんだもん」

チャリティーの会場は、とんでもないバトルのために、熱気で溢れかえっていた。

詩歩の出した『空の花』を巡って、海斗と詩歩の父が競りで競い合っているのだ。
幸太の横では真理までが、必死になって幸太を煽っている。

詩歩のすぐ近くでは、由香里がお腹を抱えて派手に笑いこけ、美都も由香里を諌める振りをしつつ、同じくらい笑いこけていた。

馬鹿馬鹿しい競い合いで、金額はどんどん跳ね上がっていた。

「五万出ましたぁ」と壇上で赤い背広に赤い蝶ネクタイをつけた矢島が大声を張り上げた。

矢島の隣では、この日のための可愛らしい赤いコスチュームを着たくるみが、ほくほくした笑みを見せている。

矢島が振り回すたびに、ガランガランという鐘の音が会場を沸かせ、詩歩の頭にがんがんと響く。詩歩は気分が悪くなった。

口を押さえてしゃがみこんだ詩歩を海斗が支え、何を考えているのか、彼は場内に響き渡る声で叫びを上げた

「詩歩が倒れたぁ」

ガタターンと激しい音で三つの椅子が倒れた。
詩歩に向けてドドドと地響きが近付いてくる。

「海ってば」

「うまくいったろ。これですべてチャラだ」

すでに詩歩の『海の花』を手に入れている海斗は、余裕の笑みを浮べている。
父親達に奪取されないように、自室に飾っているのだ。

今朝顔を合わせたとき、海斗は保科家の盗賊を回避するために、ドアに鍵まで取り付けたと、晴れ晴れとした笑顔で言った。

もう一枚の『天国の花』も、いまは詩歩のベッドの下から救い出され、居間に飾られていた。

ひさしぶりに見た『天国の花』は、その色を勝手に変化させたとしか詩歩には思えなかった。
白っぽく灰色に近かった絵は、輝きのある銀色になっていた。

目にした途端、詩歩は泣き崩れた。
詩歩は言葉に出来ない温かな安堵感に包まれた。

母がそこにいた。
救われた母が、そこにはいた。

居間に飾った絵を見つめ、真理も幸太も泣いた。
詩歩はそんなふたりを見て、また泣いた。

光一郎と幸太が詩歩の周りでおろおろしている間に、絵は五万一円という金額で競り落とされた。競り落としたのはなんと淀川だった。

それを知った海斗は、「淀川先生、僕の言ったこと真に受けたな」と言って苦笑した。

詩歩が、淀川に何を言ったのだといくら聞いても、海斗は笑うばかりで白状しなかった。


大騒ぎのうちにチャリティーも幕を閉じ、詩歩は海斗と肩を並べ、詩歩の家に向かって歩いてた。

明日は、父と真理の結婚式だ。

真理は、詩歩が見つけたウエディングドレスを着ることにしている。

新しいものの方が良くない? と、詩歩は言ったのだが、姉と込みで幸せになるのだと、真理は言った。

「明日が楽しみだわ」

「詩歩、本当に岸川姓を名乗らなくていいの? お父さんそうして欲しいって言ってるんだろ?」

「うん、そうなんだけど…」

詩歩はしばらく歩いてから海斗に向いた。

「わたし、渡会の名が好きだから。それに、苗字とかそんなの関係なく、父は父だし」

それを聞いて、海斗が空を見上げた。
詩歩はしばらく彼の光に輝く髪を見つめ、その眩しい横顔を見つめた。

詩歩の視界に、真っ白な雲が入り込んできた。
ボリュームのある雲は見る間に大きく膨張してゆく。
その様は、内面から湧き上がる生の息吹を感じさせた。

次は『雲の花』にしようかしらと考えた詩歩の耳に、まだ空を見上げていた海斗の呟きが聞こえた。

「岸川姓を名乗るのも、そんなに長くないしね」

「え?」

海斗に顔を上向けた瞬間、唇が落ちてきた。

かなりの通行人のいる歩道での暴挙に、ふいを食らって目を丸くしている詩歩に、ゆっくりと顔を上げた海斗が、そっと囁いた。

「詩歩、僕といっぱい恋をしよう」




End




  
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