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その2 天使に悪魔なキッス
放課後、パーティーで必要なものの買い物に付き合うため、真理は学校の校門まで4人を迎えに来てくれた。
一番にかぼちゃを買い込み、パーティーに必要と思われるものを、くるみと真理は我先にと買い漁った。
かぼちゃをくりぬく役目は矢島になった。
海斗は飾り物と仮装の小物作りを一手に引き受けてくれ、くるみと詩歩と真理は、仮装の衣装作りに専念した。
夕方、帰宅した幸太は、矢島の作ったかぼちゃのオブジェに良い出来だと笑い、海斗の飾り物には、ただならぬ興味を引かれたようだった。
「海斗君、君はセンスがいいな。とてもいいよ。うん」
何度も頷く父に、海斗は彼らしくなく照れた様子で頭を掻いた。
そんな海斗の様子を針を動かしながら見つめていた詩歩は、指先にチクリと針を刺した。
「い、いたっ」
詩歩の叫びに、海斗が即座に反応した。
「詩歩!」
海斗はすぐさま駆け寄ってきて、涙目になった彼女が突き出している人差し指を指で挟むと、驚く間もなく口に含んでしまった。
間髪入れず、矢島が「ヒューヒュー」と、冷やかしの声を上げた。
「痛いか?詩歩」
海斗は、いったん口から出した指先をじっと見つめて、血が止まったか確めながら彼女に尋ねてきた。
小さな点のような血がぷくっと指先に顔を出し、それを見た海斗は、また口に含んだ。
詩歩は真っ赤になった。焼けたように頬が熱い。
真理は愉快そうに微笑んでいるが、父親は微妙な表情でこちらを見つめている。
詩歩は、海斗の口から指先をさりげなく引き抜こうとしたが、海斗はそれを許さなかった。
あろうことか、口の中に入った詩歩の指先に、海斗は舌をじわじわと絡めて楽しんでいるのだ。
「か、海…も、も、もういい。だ・だ・だ・大丈夫」
引き際を心得ている海斗は、詩歩の指先を開放し、トドメの様に皆からは見えない角度で、にやりと笑って見せた。
ありえないほどセクシーな笑みで、詩歩の背筋に、ぞわぞわっとした震えが走った。
詩歩は真っ赤に染まった顔を隠すように俯いて、針を動かし始めた。
彼女の指先は、傷とは関係なく、いつまでも疼いていた。
ハロウィン当日、着替えを終えた順番に、ご馳走を並べたパーティー会場に全員が集まり始めた。
くるみのお化けの仮装は、真っ白のシーツで出来ていて、頭の部分と、首から下の部分とに分かれていた。
頭の被り物は、大きな目鼻が付いていて、ずいぶんとかわいらしい。
下の部分のシーツには、真理からの提案でフリルがいっぱい付けられ、頭のかぶりものにぴったり似合っていた。
矢島はドラキュラだ。
どうしても狼男だけは嫌だとごねた結果だった。
くるみに施してもらったメイクは、ずいぶんと愉快なドラキュラに彼を仕上げていた。
口に牙を仕込んでいたが、これがつけ心地が悪いらしく、口を開けるたびに牙の向きが変わる。
真理の仮装は、くるみと詩歩の勧めのまま、魔女になった。
のっぽな三角の帽子には、真理こだわりの、小さなかぼちゃのアップリケが二つくっ付いている。
黒いロングのドレスを着込み、三角の帽子を被ったその姿で、真理はうきうきとご馳走を振舞う準備に取り掛かっている。
父の幸太はもちろん真理とペアになる魔法使いの姿で、これまた真理が全力を上げて仕上げたよれよれの風格ある帽子に、黒いシャツとスボン、そして足元まである大きな、裾の破れた黒いマントを羽織っていた。
幸太は頬をほんのり染め、もじもじと落ち着かなげに椅子に座り、あちらこちらと飛び回っている真理に、救いを求めるような視線を送っていた。
海斗は悪魔の衣装だ。
顔のメイクは真理がやってくれた。
彼の唇はどす黒い赤で塗られ、肌は青白く塗られているというのに、海斗の作りのいい顔は少しも損なわれていなかった。
それどころか目に鋭さが増し、迫力があって、ぎょっとするほど怖ろしげな印象を与える。
そんなみんなの様子を、部屋の入り口の陰から顔を出してそっと伺いながらも、詩歩は中に入れずに半泣きになっていた。
くるみと目があった。詩歩はさっとドアから顔を隠した。
「詩歩、早くいらっしゃいってば。はじめるわよ」
「で、でも…出てけないわ。昨日まで、こ、こんなのじゃなかったのに…」
詩歩は泣きべそ顔で自分の服を見下ろした。
真理がどうしてもと、詩歩は天使の衣装になったのだ。
頭の上でプラプラと揺れている、針金で作られた天使の輪は許せる。だが…
スカートの部分が、用を足さないほど短くなっているのだ。
昨日まではもっと長かったはずなのに…真理の仕業だろうか?
「すっごい可愛いわよ。…下にタイツはいてるんだし…大丈夫よ」
「くるみちゃんだって、これ、いくらなんでも短すぎると思うでしょ?わたし他の服に着替えて…」
「駄目よ。保科君を、ぎゃっと言わせるチャンス…あっ」
くるみは失言をしたというように、慌てて自分の口を塞いだ。
「チャンスって…も、もしかして、これくるみちゃんが…やったの?」
「シーッ、保科君に聞かれちゃうわ。保科君があたふたするとこなんて、こうでもしなきゃ見られないでしょ?詩歩、協力してよ。ねっ、ねっ」
くるみは、部屋にいるみんなの耳に届かないように、ひどく声を潜めてそう言った。
詩歩は、がっくりと肩を落とした。
「僕がなんだって…」
物凄く威圧感のあるささやき声が、くるみの背後で聞こえた。
くるみが、ぎゃっと叫んで飛び上がった。
いつの間にやってきたのか、海斗の気配に、詩歩もまったく気づかなかった。
詩歩はハッとして海斗を見上げた。
とんでもない姿を彼に晒している。
「だ、駄目。こ、これは…」
海斗は黙ったままじっと詩歩を見下ろし、その視線は彼女の頭のてっぺんからゆっくりと下へ移動していった。
悪魔な顔に浮かんだ笑みが、徐々に凄みを増してゆく。
詩歩は顔の熱さに、いったんほっぺたを両手で押さえたが、両手をあげたためにスカートが捲れ上がったことに気づいて、慌ててスカートを押さえた。
「柏井さん、詩歩の服をなんとかしてくるから、みんなにそう言っておいて」
海斗はそう言うと、詩歩の背中を押して階段に向かってゆく。
「あ、あの、海?」
「なんとか手直ししてこよう。矢島の目に、この姿を晒して欲しくないからね」
「保科君ってば、少しくらい驚いた顔しなさいよぉ。つまんないじゃないの」
背後からくるみの声が飛んできて、ふたりは一緒に振り返った。
「期待に応えられなくて、悪かったね」
くるみは頬を膨らませ、小さく地団太を踏んだ。
詩歩は海斗に促されるまま、階段を上がり、自分の部屋に入った。
そして彼女の肩を抱いている海斗を見上げた。
「海、それでどうするの?」
「安心して、僕がなんとかする」
海斗に感謝の笑みを向けた直後、詩歩はベッドの上に仰向けに転がっていた。
上にかぶさってきた海斗が、身動きできないように彼女を羽交い絞めにし、怖ろしげな笑みを浮かべ、詩歩は震え上がった。
悪魔を模した海斗の顔は、いつもの彼のやさしげな表情を根本から消し去っているように見えた。
そして、悪魔になりきったような海斗の行動…
「か、海…」
「怯えなくていい。嫌われたくはないからな」
悪魔な海斗の顔がゆっくりと近付いてくる。
詩歩は怯えながらも、海斗の面影の片鱗を探して、彼の瞳を覗き込んだ。
悪魔がふっと笑った。
「悪魔は僕にぴったりかもしれないな。君は天使そのものなのに…」
「そ、そんなこと…」
悪魔の唇が詩歩の唇にそっと触れた。
詩歩は思わずふるっと身を震わせた。
「天使の唇を味わいたい…」
唇を触れ合わせたまま悪魔は囁いた…
けれど、ぴったりと合わさった唇のぬくもりは、悪魔でなく海斗のものだ。
瞳を閉じた詩歩は、ほっとして海斗の唇に身を任せた。
End
あとがき
ハロウィン特別編。
ぷにさんから、ハロウィンものをというリクエストをいただき、ちょこっと書いてみようかなと。笑
由宇さんからキリ番リクエストで『恋をしよう』をいただいていましたので、なかなか答えられないリクエストに、こういう形でお応えすることにしました。
いかがだったでしょうか?
気に入ってもらえたらいいんですけど…
パーティーの場面はありませんでしたが、このあと、彼らは全員盛り上がって楽しんだと思います。
騒ぐの大好きの、真理とくるみがいますからね。
詩歩の父の幸太も、愛する娘と妻とともにいられて、とても幸せそうです。
詩歩は海斗がそれなりに満足するだけのキスの後、彼のマントを肩から羽織り、パーティー会場に戻ってゆきました。
詩歩はいつまでもどぎまぎが抜けないでいましたが、海斗の方は、いつものごとく平然としています。
でも彼の心の内は…詩歩を求める気持ちでいっぱいのようです。
冷静そうに見えても、詩歩より彼の方がいっぱいいっぱいなのかもしれません。
真っ白な印象の、悪魔な海斗…
悪魔のコスチュームは、やはり彼にぴったり? 笑
読んでくださってありがとう。。♪
fuu
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