恋をしよう 

クリスマス特別編
その6 青い時の特別



詩歩の家の玄関のドアは、海斗が期待したように開きはしなかったし、詩歩からの電話も掛かっては来なかった。

彼はため息を付いた。
どうやら、彼から動くしかないようだ。

今夜、詩歩はこの家にひとりだ。
前もって、真理から電話でそう知らせを受けていた。

そのことを、詩歩から言ってくれるのを、今の今まで待っていたのだが…
結局、詩歩は何も言ってこなかった。

さすがに、無人の家でひとりきりなのだと身に沁みれば、海斗の後を追おうとするか、携帯に電話をしてくるだろうと思ったのだが…

海斗は淋しさに囚われた。

彼女は、今夜ひとりきりでも平気だというのだろうか?

イブの夜だというのに…

彼の方は、詩歩がひとりきりでイブの夜を過ごすと考えるだけで堪らなく辛い。

海斗は時間を確認した。
祖母と父は、ディナーに出かける支度をして海斗と詩歩を待っている。

そろそろ帰らなければ、予約の時間に間に合わなくなってしまう。

車を降りた海斗は、車のトランクから大きな包みを取り出した。

詩歩へのクリスマスプレゼントだ。
彼からのものではなく、姉と相沢氏から詩歩へと預かった贈り物だ。

イブの夜をふたりで過ごすことに貢献した礼をしたいと言われ、それなら詩歩に何か贈って欲しいと、ふたりに頼んだのだ。

彼は荷物持って呼び鈴を鳴らした。

しばらくして、詩歩の極度に不安そうな声が、インターフォン越しに聞こえてきた。

「ど、どなたですか?」

「僕だ。詩歩」

「か、海?」

その声は不安と安堵に震えている。

どうやら、詩歩はけして平気ではなかったようだとわかって、胸に痛みを感じながらも、正直、海斗はほっとするものを感じていた。

「忘れ物をしたんだ。ドアを開けて」

待つほどもなくドアが勢いよく開いた。

詩歩は裸足だった。
そして、玄関の床一面を覆っているありえない紙吹雪…

彼女はどんな気持ちで、この紙吹雪を舞い散らせたのだろうか?

「海」

詩歩の顔を覗きこんだ海斗の胸に、強烈な痛みがさした。

「詩歩、泣いたの?」

胸の痛みのせいで、あまり声にならなかった。

「わたし…」

彼は指先で、詩歩の腫れた瞼の上をやさしくなぞった。

「君に、このプレゼントを渡そうと思って車に乗せておいたのに、忘れてた。これ」

詩歩がパチパチと瞬きした。
そして戸惑いをみせながら、海斗が差し出した贈り物を見つめた。

「あ、ありがとう」

受け取った詩歩はそう言ったが、彼女の瞳には悲痛な色がある。

海斗は、あからさまなその事実に、気づかないふりをした。

「それじゃ」

「あ…う、うん」

海斗は玄関のドアノブに手を掛け、詩歩にチャンスを与えるために数秒待った。
だが彼女は何も言わなかった。

「詩歩、楽しいイブを」

海斗は振り向かずにそう言うと、ひどくゆっくりとドアを開けて外に出たが、結局最後まで、詩歩は彼を呼び止めることをしなかった。

外に出てしまった海斗は、耐え切れないため息をついた。

どうして言わないのだ。今夜はひとりなのだと…どうして…

何も、詩歩に意地悪をしたいわけではない。
彼女からなんらかの行動を起こして欲しい…それだけなのだ。

海斗は唇を噛み締め、ポケットから携帯を取り出した。

「詩歩」

「海?」

海斗は、詩歩の家の玄関ドアに凭れた。

「僕に言うことがあるだろう?」

「えっ?」

「ひとりで紙吹雪をして、楽しかったかい?詩歩」

詩歩が息を呑んだのが分かった。

「玄関先で、それもひとりで、やることじゃないよね」

「海、も、もしかして…」

「君が今夜ひとりだってことなら、知っている」

とぎれとぎれに息を吸い込む音が聞こえた。

「真理さんから、今夜のこと頼まれたんだ。君は自分で言うって言ってるけど、それが出来る子じゃないと思うからって…」

泣くのを我慢してか、詩歩の早まった息遣いを耳にしながら、海斗は言葉を続けた。

「僕は、君から話してくれるのを待ってたんだよ」

「な、何度も言おうって…思ったの…でも…言えなくて…」

海斗はドアから背を起こすと、ドアをゆっくり開いた。

詩歩はプレゼントの大きな箱を抱えたまま、土間に直接座り込んでいた。
驚きに目を見開いて彼を見上げている詩歩に、海斗はそっと語りかけた。

「君にとって、僕と君の距離はそんなに遠いの?」

「海」

詩歩は彼に抱きついてきた。
手にしていた箱は、コトンと音を立てて床に落ちた。

「海」

泣きじゃくりながら顔を押し付けてくる詩歩の頭のてっぺんに、海斗はやさしく手のひらを置いた。

「詩歩は馬鹿だ。僕が知らなかったら、ひとりで過ごすことになったんだぞ。それでほんとうに良かったのかい?」

海斗の叱責を、詩歩は身体を固くして聞いている。
ほっとした反動か、理不尽なほどの憤りが胸に湧き上がった。

「それを後で知った僕が…どれだけ哀しい思いをするか…分からない君じゃないだろう?」

海斗は自分の言葉に胸が疼き、唇を噛み締めた。

真理からの連絡がなければ、本当にひとりぼっちで、イブの夜を過ごさせることになったかもしれないのだ。

詩歩が顔を上げて海斗を見上げてきた。
その目には後悔があり、大きな涙の粒が湧き出し、頬に伝い落ちてゆく。

「ご、ごめんな…さい」

詩歩は、自分は海斗にふさわしくないと思っているふしがある。
それを感じるたびに、彼はもどかしさに駆られる。

抱き締めている詩歩のやわらかさとぬくもりが、彼の思考を奪ってゆくのを感じて、海斗は自分に警告を発した。

詩歩はまだ青いし…それは彼も同じなのだろう。

ふたりの仲を性急に進めるのは愚かだ。

なにより、詩歩を大切にしたい…

海斗は詩歩をぎゅっと抱き締め、性的な欲望を押しやった。

青い詩歩、青い自分…いまだから味わえる特別な時…それを大切にしたい。

彼はふたりの身体を少しだけ離すと、頭を屈めて詩歩の唇に唇を重ねた。




End




  プチおまけに飛びます




   
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