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その2 天国の声
「予定の品物、これでほとんどが搬入されたみたいだな」
「そうですね」
淀川の言葉に、海斗は頷きながら答えた。
彼らのいるこの部屋には、様々な物が所狭しと並んでいた。
オークションに出品されるもののほとんどは生徒の手作りだが、中には協賛してくれた企業や店舗が提供してくれた高価な物もある。
かなりの数に上る品のうち、実際にオークション会場でオークションに掛けられるのは、この中から厳選されたものだけだ。
残りは展示してのオークションになる。
舞台も盛り上がるが、展示ブースもかなりの賑わいを見せる。
どの品物もそんなに破格な値段はつかないし、たいがいの品物は、10円かせいぜい100円単位の争いになる。
小遣いの範囲で、手軽に競り落とす醍醐味を味わえるのが、みな楽しいのだろう。
「これは展示だな。あと、それとこれも…こいつもだ」
納入品のチェックをする淀川について回りながら、先ほど納品された品物に、海斗は番号を書いたシールをつけ、ボードに必要事項を書き込んでいった。
持ち寄られた品物は、こうして搬入された直後に番号をつけ、オークションへの出品にするか、展示にするか決めてゆく。
二日後の土曜日がオークションだ。
当日を迎える前にやることは山ほどあり、生徒会役員はそれぞれ、もろもろの仕事に出払っていた。
「もうすぐ締め切り時間になりますね」
海斗は時計を確めて淀川に向けて言った。
「ああ。…んで、まだ何か残ってるのか?」
海斗は、手にしたチェックの用紙を捲って確認した。
ほとんどチェック済みだ。残っているのは…
「美術部の作品ですね」
「それだけか?」
「ええ、そうです」
「保科、お前、行って見て来い」
「美術室ですか?」
「ああ。俺はちょっくら休憩してるわ」
休憩とは、いつものごとく、窓際の椅子に座っての居眠りのことらしい。
手近な椅子の背もたれを掴んだ淀川は、さっさと心地良さげな窓辺へと移動してゆく。
「明日になるって言われたら、番号だけ先につけて、沢村にどいつを展示にするかオークションにかけるか、決めてもらえ」
海斗は素直に応じると、ボードを片手に部屋を出て、美術室への道を辿った。
生徒会室は4階で、こことは別棟の3階にある美術室までは、けっこう距離がある。
窓からは、中庭を挟んで見える位置にあるのだが…
美術室に近付いた海斗は、ちょうど布を掛けた大きな物を抱えて出てくる沢村に出くわし、声を掛けた。
「沢村先生、お手伝いしましょう」
「あら、保科君。わざわざ来てくれたの?助かるわ」
海斗は沢村に向けて微笑むと、布にくるまれた大きさの違う四角い荷物を二つ受け取った。
「それじゃ、吉冨さん、残りの絵はわたしが持ってゆくわ」
海斗を目にして、頬を赤く染めていた女生徒が、「えっ」と叫びを上げて沢村に向いた。
「わたしが持って…」
「もうかなり遅いわ。あなたの家、遠かったでしょう。遅くなるといけないから」
「そ、そうですか…」
「ええ。最後まで残ってくれてありがとう。ご苦労様」
沢村が歩き出し、海斗は吉冨と呼ばれた女生徒に向けてねぎらいの笑みを向けると、沢村の後について歩き出した。
少し歩いたところで、沢村が足を止めて吉冨に振り向き、海斗も一緒に振り返った。
「吉冨さん」
「は、はい」
ふたりを見送っていたらしい吉冨が、驚いたような返事をした。
「渡会さんのことは気にしないで帰ってね。わたしが戻ってから、こっちに引き戻すわ」
「あ、はい。わかりました」
渡会とは、この間淀川の話しに出てきた、絵の才能があるという人物のことだろうか?
それにしても、引き戻すとはどういうことなのだろう?
「渡会さん、絵の才能があるそうですね」
海斗は、歩き出してしばらくしてから口にした。
「あら、彼女、そんなに有名?」
少し意外そうに沢村が言った。
海斗は内心首を捻った。
森氏に才能を買われているのだったら、学園内でも名が知れ渡りそうなものなのに…
「いえ、淀川先生から少しお聞きしただけです…」
「そうなの。淀川先生、絵にはぜんぜん興味ないって言ってたのに…」
「渡会さん…どうかしたんですか?」
「え。どうして?」
「引き戻すとか、おっしゃっていたから…」
「ああ、彼女ね、違う世界に入っちゃうと、こっちの世界になかなか戻らないことがあるのよ…いま、絵を書き上げた余韻のまま、向こうに行っちゃってて…」
海斗は無言のまま、沢村に怪訝な顔を向けた。
沢村の方は、海斗の反応をずいぶんと楽しんでいるようだ。
「保科君、彼女はね。天国の声を聞けるのよ」
沢村の、わざと潜めた言葉に、海斗は立ち止まった。
まじまじと沢村の顔を見つめ、彼は軽い笑みを漏らした。
「面白い冗談ですね」
「いーえ、冗談とかじゃないわ。彼女はいろんな声を聞けるの。心でね…」
「心で?」
「そう。天国の声だけでなく、草や空の声もね」
沢村はそれきり会話を切り上げてしまった。
海斗は、戸惑いとまどろっこしさを感じて、歩きながら言葉を探した。
「天国があると…思いますか?」
「天国? あるわよ」
まるで行ったことがあるような即答に、海斗は苦笑した。
「どんなところですか?」
「その質問に答えるのは難しいけど…まず間違いなく、ここにはあるわ」
沢村は自分が手にした四角いものを指して言った。
「そこに?」
「渡会さんの絵の中にあるの。…保科君」
「はい」
「天国はひとつじゃないみたいよ。ひとつの魂にひとつずつあるんですって」
「ひとの心の中にあるってことですね。それなら僕も理解出来ます」
「…たぶん、あなたは分かってないわ」
沢村の言葉が、なぜか海斗の中を突き抜けていった。
言葉を受け止め切れなかったらしい事に、海斗は一種焦りのようなものを感じた。
「あの…」
「答えを見せてあげるわ」
沢村はそう言うと、海斗の先に立ち、目的の部屋へと入って行った。
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