恋をしよう 

番外編
クリスマス企画
その3 拉致された姫



言葉がないな…

淡い紫色のドレス。光の加減で桃色にも見える。

良く似合うけれど、ドレスが詩歩を引き立てているのではない。引き立ててもらっているのはドレスのほう。
彼女の内面から発する、眩しいほどの輝きで…

はにかみながら海斗の前にいる詩歩を見つめ、海斗はそんなことを思いながら、笑みを浮かべた。

ああ、僕はどうして…こんなにも君を好きなんだろう?

「行こうか? 詩歩」

胸にある熱い想いを表に出さず、海斗は彼女に向けて手を差し伸べた。

詩歩は返事の代わりに、彼が望む笑みを浮かべ、彼の手に触れる。

指先に彼女を感じて、胸が甘く疼く。

真理と詩歩の父に見送られ、ふたりは車に乗り込み、大学に向かった。

大学の敷地内に入ると、すでにパーティ参加者達の姿があちこちに見られた。

駐車場にはそんなに車はなかった。
成人となっている先輩方は、パーティで酒を飲むので、車が少ないのだろう。

中央玄関に近い場所に、海斗は車を止めた。

「詩歩」

さあ下りようという意味合いで声をかけた海斗は、助手席に座っている詩歩の様子に眉を上げた。

なんだか落ち着かない感じでもじもじしている。

「どうしたんだい、詩歩?」

「あの。本当におかしくない? 私のこの格好…」

不安そうに瞳を揺らしている。

海斗に言わせれば、今日の詩歩は魅力的過ぎる。

正直、男どもがうじゃうじゃといる場所に、彼女を連れてゆきたくないのだが。

「おかしくなどないよ、まったくね」

詩歩を安心させるために海斗は言った。

それでも、詩歩は不安が拭い去れないようだ。

「僕はおかしいとは思っていない。それだけで充分じゃないか? 詩歩」

海斗のその言葉に、詩歩が恥ずかしげに微笑んだ。

「ええ」

不安は消えたらしい。

海斗は車を降り、助手席側に回った。
ドアを開けて降り立とうとしている詩歩に、彼は手を差し出した。

「どうぞお姫様、よろしければ、この手をお取りください」

「海ってば」

くすくす笑いながら、詩歩は海斗の手を取る。

頬を桃色に染めている詩歩をエスコートし、海斗は校舎へと歩いて行った。

今日はそんなに寒くないからか、正面玄関の前に、大勢の着飾った学生がいた。

男ばかりのグループ、女ばかりのグループ、そして男女取り混ぜたグループ。

海斗はすぐに、親しげに話をしている柏井と宮島を見つけた。

矢島の姿はないようだ。

まっすぐにふたりに向かって進んでいた海斗は、詩歩に腕を引っ張られた。

「海、あ、あれ」

「うん?」

立ち止まり、詩歩に首を回すと、彼女は右手の方に顔を向けている。

彼女の視線の先に目を向けた海斗は眉を寄せた。

数人の男達が、なにやら揉めているようだ。

「女のひとが囲まれて困ってるわ、助けてあげて」

「女のひと? あの中にいるのかい?」

海斗には、男達しか見えないのだが…

「ええ。海、早く」

性急な詩歩の言葉に急かされ、海斗は男達のほうへ駆け寄っていった。
詩歩も遅れまいとついてくる。

「離してってば」

恐れを含んだ叫びが聞こえた。
詩歩の言った通り、確かに女性がいたようだ。

「いったい何してるんですか?」

海斗の呼びかけに、男達が振り返った。
隙間が空き、男達に囲まれている女性の姿が見えた。

かなり背が低い女性は、真っ白なコートを羽織っている。
どことなく柏井に印象が似ていた。

「ああ。なんだ? お前、一年だろ? 向こうに行ってろよ」

いたいけな女性を囲って怯えさせているのは、確かに先輩方ばかりのようだ。

もちろん、こちらが後輩だからといって、はいそうですかと引き下がれるわけがない。

白いコートの女性も、救いを求めるように海斗と詩歩を見つめているわけだし…

「そうはゆきませんよ。彼女、怯えてるじゃないですか?」

「保科、どうした?」

掴んでいる手を離すようにと、言おうとしたところに、その声が割り込んできた。
宮島だ。

「いったいなんなの?」

柏井もやってきて、彼女はこの場の全員を見回し、最後に説明を求めるように海斗を見つめてきた。

「うっせぇな」

「俺らは、彼女にダンスを申し込んでるだけで、何も悪さしちゃいないぞ」

「ですが、彼女ははっきりと嫌がってますよ」

「い、嫌がってますっ。早くこの手、離してください」

海斗の言葉に続けて、白いコートの女性も言い、掴まれている手を引き抜こうとしている。

すでに泣きそうな顔だ。

彼女の手を掴んでいた先輩も、その顔を目にしたからか、ようやく手を離した。

「き、君? その声…もしかして、玲香ちゃん?」

戸惑いいっぱいに宮島が問いかけ、海斗は眉を上げた。

宮島に向けて顔を上げた白いコートの彼女は、むっとした目で宮島を見つめる。

「さっき目が合ったのに…気づいてくれないなんて…あ、あんまりです」

そう言った彼女の目から涙が零れ落ちた。

「えっ?」

ぎょっとした宮島の叫び。

いつもの落ち着きを完璧になくした宮島は、おろおろとしている。

愉快だった。
それに、安堵も感じた。

どうやらこの可愛らしい女性が、宮島の今夜のパートナーらしい。

しかし、宮島は、中学生だと言っていなかったか…?

海斗の目には、とても中学生には見えない。

「玲香ちゃん。ごめん。君があんまり…」

慌てふためいて言葉を口にしていた宮島は、そこで口ごもり、周りを見回した。

「え、えっと…そ、その…」

もごもご言いながら、宮島は彼女の手首を掴み、彼女を引っ張るようにしてその場から離れていった。

「なんだよ、いったい」

先輩のひとりが、唇を突き出してぶつくさ言う。

「あいつが、さっき彼女が言ってた彼氏なんだろさ。ちぇっ、ダンスの一曲くらい、相手してくれてもさ」

彼氏?
宮島は、彼女はいないと言っていたが?

「しかし、でかかったな。あの子、ここの卒業生だって言ってたよな…」

海斗は眉を上げた。

卒業生? 宮島が? まさか、あの背の低い女性が?

「強引すぎるんですよ、先輩方」

「あん?」

「なんだって?」

「誘いかたが間違ってるって言ってるんです。照れくさいから強気に誘いたい気持ちはわかりますけど、紳士的に礼儀正しく、さらに丁寧な言葉で申し込まないと、成功しませんよ。はい、これ読んでください」

矢継ぎ早に言った柏井は、自分が手に持っていた紙を、素早く全員に配りはじめた。

抜け目のない柏井らしい。

そのとき、バチーーーン!という音が響いてきて、海斗は音のしたほうに顔を向けた。

たぶん、いまの音は、宮島が白いコートの女性に叩かれた音のようだった。

海斗の隣にいる詩歩は、その現場をまともに目撃したらしく、驚きに目を丸くして両手で口を覆っている。

「詩歩?」

海斗の呼びかけに、詩歩は顔を上げてきたが、何も言わない。

宮島は時を止めたように微動だにしないし、白いコートの女性はずっと宮島を睨んでいる。

「な、なんだよ、これ?」

「楽しい夜を、さらに楽しく過ごしていただくための手引きです。これさえ習得すれば…」

海斗は、いまだ茫然としている宮島と、先輩相手に手引き書の説明を続けている柏井のふたりに笑いを誘われ、声を潜めて笑い出した。

「海」

たしなめるように呼びかけてくる詩歩に、海斗は笑い続けながら視線を向けた。

「確かに楽しいパーティになりそうだと思ってね」

詩歩に答えた海斗は、柏井に手を差し出した。

「僕も手引き書とやらを一部いただこうかな。詩歩に、素敵なひと時を過ごしてもらえるように、君の用意した手引き書を習得するとしよう」

柏井は、海斗の手を手引き書でパッと払った。

「こんなもの、必要な貴方じゃないでしょ?」

噛みつくように言った柏井は、いま初めて顔を合わせたかのように詩歩に向き直り、次の瞬間、彼女にぎゅっと抱きついた。

「ああん、やっぱり詩歩の抱き心地は最高。さっ、詩歩、イブのパーティを、ふたりで心ゆくまで楽しみましょう」

そう声を上げて言いつつ、柏井は詩歩を強引に連れ去ろうとする。

「く、くるみちゃん」

「柏井さん、詩歩は僕と…」

「保科君、やっぱり、この手引き書、あげるわ」

柏井が思い切り放り投げた紙が、海斗の頭上に舞い落ちてくる。

飛び上がるようにして紙を掴んだ海斗は、詩歩を取られまいと、駆けてゆくふたりの後を追ったのだった。






プチあとがき
2010クリスマス特別編、これにて完結です。
昨年は大成と玲香、今年は海斗と詩歩。
また来年、この続きを書きたいなと思います。
読んでくださってありがとう!!

楽しんでいただけていたら嬉しいです♪

fuu

  
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