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その8
ホテルを後にした菜穂は、車でまっすぐ自分の勤める会社に向かった。
突然の見合いの件を、社長である伯母の香苗から詳しく聞かせてもらうつもりだ。
しばらく車を走らせると、前方に淡いグリーンの建物が見えてきた。
ここが菜穂の勤める笹部広告代理店だ。
駐車場に車を止め、明るいエントランスに入る。
二年前に建てられたばかりのこのオフィスは、有名な建築士が設計したものらしい。
内部の構造は独創的で、まるで次元の違う世界にいるような気にさせられる。
どの部屋もとても個性的だが、それでいて居心地もよかった。
受付の子に挨拶し、菜穂は階段を上がっていく。
そのまま、まっすぐ社長室に向かった。
ドアは大きく開け放ってあり、外から部屋の中にいる香苗が見えた。
「社長」
入り口から声をかけると、香苗が顔を上げてにっこり笑う。
「戻ったのね。どうぞ入って」
菜穂は中に入り、香苗の正面に立った。
「先ほどの見合いについて、説明していだだきたいんですが」
「説明も何も……わたしは頼まれてお見合いをセッティングしただけよ」
「上月さん、嫌がってらっしゃいましたよ。それはもうとんでもなく‼」
「そうでしょうね。これまでも、何度か見合いを勧めていたけど、まったく話にならなかったのよ。だから、今回は有無を言わさず強行してみたの。あなただって、事前に話していたら、素直にお見合いした?」
「いえ……」
「ほら、ごらんなさい。結婚の意志のまったくないあなたを、咲子やわたしがどれほど心配しているか……」
確かに母と伯母は、菜穂に結婚してほしがっている。そんなふたりに、事あるごとに結婚する気はないと、きっぱり言ってきたのは菜穂だ。
それで、上月さん同様、わたしにも強硬な手段に出たわけか。
「まさか伯母さん。わたしにお見合いをさせたくて、今回のプロジェクトのモデルに起用したの?」
「バカ言いなさい! そんな理由で、大事なモデルに起用したりしないわ。素人で、なおかつモデルとしての華やかさもあると見込んだからあなたに頼んだのよ。それは蒼真さんも同じ」
菜穂は安心した。確かに、この叔母が私情をビジネスに持ち込むはずはない。
香苗は菜穂に顔を近づけて、にやっと笑う。
「やっぱりわたしの見る目は確かね。あなたたち、とてもお似合いだったわよ」
お似合いの言葉に、菜穂の顔が引きつる。
伯母さんは、彼の本性を知らないから……
「おかげで今日は、最高の写真が撮れたわ」
香苗は机の上に置いてあったタブレットパソコンを手に取り、今日撮った画像を開いて眺める。
「うーん、いいわぁ。さすが瀬山君ね。彼の腕は確かだわ」
撮影の間のふたりは、きっと誰が見ても本当に仲良く見えただろう。自分でもそう思っていたくらいだし。
思い出して、菜穂はぎりっと奥歯を噛み締める。
あの時の自分が悔しくてならない。
「それは全部、上月さんの演技だったの!」
これ以上黙っていられず、菜穂は怒りを込めて叫んだ。
「演技?」
「そう。撮影を早く終わらせるために、別人みたいに愛想よくしてたのよ、彼は!」
内心の憤りのまま蒼真の本性を告げた菜穂に、なぜか香苗は納得したように頷いた。
おかげで、こっちは肩透かしを食らった気分だ。
「伯母さん?」
「さすが蒼真さんね。演技であれだけできるなら、大したものじゃない」
感心したように言う香苗に、菜穂は面食らってしまった。
「そこは感心するところじゃないでしょう?」
「あら、あなたこそいったい何を怒っているの? 演技だろうが、撮影は上手くいったんだし問題ないじゃない。……うん? 菜穂ちゃん、あなたどうして蒼真さんが演技してたって、わかったの?」
「あの人、ふたりきりになった途端、自分でそう言ったのよ」
「あらまあ。ちょっと詳しく聞かせてちょうだいよ」
香苗は、それはもうワクワクした顔で尋ねてくる。菜穂はムッとした。
「伯母さん、楽しまないでよ」
こっちはとんでもなく傷ついてるのに。
「あの人、わたしにはこれっぽっちも興味はないって。それで……」
思い出すたびに怒りに震えてしまう。そして悲しすぎて涙が込み上げそうになるのだ。
「彼はなんて言ったの?」
菜穂は香苗を蒼真であるかのように、睨みつけた。
「わたしみたいなケバイ女は大嫌いなんだってっ!」
「ほっほぉ~っ」
「だから感心しないでっ! あんなやつ、こっちだって願い下げなんだからっ!」
「そう言ってやればよかったじゃない」
「言ってやりましたっ!」
「あらま」
香苗は笑いながら目を見張る。
「そうしたら、顔色も変えずに『それはよかった。ありがとう』って」
その様子が目に浮かんだのか、香苗は目尻に涙を浮かべて大笑いする。
伯母さんときたら……こっちはすっごく傷ついたのに。
でもこれで、この見合いは大失敗だったとわかっただろう。
彼とはもう二度と会うことはないと思ってほっとしつつ、なぜか胸にぽっかり穴が空いたような気持になった。
「それで彼は出て行っちゃったわけね?」
「ううん。最後にもう一言言われた」
「あら、何を?」
「自分からは断れない事情があるから、この見合い、君から断ってくれって」
「ふーん。で、断るわけ?」
菜穂は、首を横に振った。
「断らないの?」
「もちろん断りたいわ。けど、一方的に命じられて、その通りに動くなんていやだもの」
「よくぞ言ったわ。それでこそわたしの姪っ子よ」
「はい?」
「菜穂ちゃん、実はね」
香苗は、最高にウキウキした表情で身を乗り出してくる。
嫌な予感がして、菜穂は一歩後ろに下がって身構えた。
香苗は内緒話するように「まだ続くの」と言って、にんまり笑う。
「え? 続くって、何が?」
「撮影よ。一大プロジェクトの撮影が、まさか一日で終わるなんて思ってた?」
な、な、なんですって⁉
「お、思ってましたけどぉ~!」
菜穂は声をうわずらせた。
「おバカさんねぇ。そう簡単に終わらないわよ。全国規模の結婚式場の広告なのよ。テレビコマーシャル放映だって予定してるんですからね」
テレビコマーシャル?
「ちょ、ちょっと待って……ご、ごほっ、ごほっ、ごほっ」
驚きが大きすぎたせいか、ひゅっと喉が詰まり、菜穂は激しく咳込んでしまう。
「あらあら、大丈夫? お水持ってきてあげましょうか?」
「……ううっ」
み、水より……話を……
「コッ……コマーシャルって……まさかと、思うけど……」
咳き込みそうになるのを必死に我慢して、必死の形相で香苗に問いかける。
「もちろんあなたと蒼真さんに出演してもらうわ」
「じ、辞退しますっ‼」
きっぱり言ったら、鼻先であしらわれた。
「それが通用しないことは、いい加減わかっているでしょう? 何度も同じことを言わせないでちょうだい」
冷たく突き放されるが、ここで引き下がるわけにはいかない。
菜穂は真っ向から言い返す。
「だって話が違うもの! この仕事を引き受けた時、コマーシャルなんて説明は、一言も……」
「だまらっしゃいっ!」
大迫力の一喝に、菜穂は竦み上がった。
「プロジェクトはすでに動き始めているのよ。今さら、辞退なんて無理に決まってるでしょう。大人なら、大人の対応をなさい!」
そうは仰いますが……!
蒼真との関係はすでに最低最悪だ。
それなのに結婚式を目前にした熱愛カップルを演じるなんて、どう考えても無理でしょ‼
急に目眩がしてきて、菜穂は天を仰いだ。
いったいこれからどうなっちゃうのよ~~!
この恋、神様推奨です。
試し読みはここまでとなります。
いかがでしたでしょうか?
お読みくださりありがとうございました。
もし続きを読みたいなと思われましたら、書籍にて読んでいただけましたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
fuu(2016/11/27) |
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