kuruizakiに、ふぁんたじーだ
  
  恋に狂い咲き パラレルストーリー
  300万・400万ヒット記念企画 特別編
  (登場人物、狂い咲きのメンバー)


第十話 賢者



「にぎやかだな」

のんびりとした声が頭上から聞こえ、荒い息を吐きながら、カズマは顔を上げた。

額から汗がしたたった。全身びっしょりだ。

「賢者様…」

船の上から賢者の手が伸びてきて、カズマはありがたく握り返した。


「どうしても、…力をお借りたいのです。…はあはあ」

激しく息をしながら、カズマはなんとか口にした。

「ふむ。そのようだな。さあ、座るとよい」

「あ、ありがとう…ございます」

カズマは大きく息を吐き出し、勧められるまま、質素な椅子に腰掛け、賢者にこれまでのことを詳しく話した。

賢者は、闇の魔女の悪行を聞き、哀しそうに顔をしかめた。

「鍵を探さなければならないのです。それも、今日、日が暮れる頃までには」

カズマは話しながら岸に振り向いてみたが、そこにはトモエの姿も護衛の姿もなかった。

一面水面になっていて、岸などどこにもない。

カズマは目を賢者に戻した。

目を瞑った賢者は、身動き一つすることなく、息すらしていないように見えた。

賢者はゆっくりと目を開けた。

「娘の変身を解くことは、お前にはできない」

カズマは落胆した。

賢者の言葉に間違いは無い。

「どうしたらいいんです」

カズマはすがるように尋ねた。

「お前に出来ることを成せば良い」

「私に出来ることとはなんですか?」

賢者はくつくつ笑った。

「それを私に聞くのはおかしかろう?」

「なぜです」

「お前に出来ることはお前にしか分からぬことだ。そうではないかな?」

「それは…そうかもしれませんが…」

カズマは質問を変えた。

「彼女を両親がいる場所へ連れてゆこうと思っているんです」

「そうか」

「妖精国から彼女を連れて出る方法が知りたいのです。妖精国の王であるトモエは知っているのですが…」

カズマは今しがたトモエと戦った場所へ目を転じ、ため息をついた。

もちろん、やつから聞き出せるわけがない。

「賢者様は、ご存知ではありませんか?」

「お前は、すでに知っているのではなかったかな?」

「は?」

「トモエ王は、お前に、妖精国に、二度と来て欲しくなかったのだよ」

「おっしゃる…意味が」

「忘却の魔法を掛けられているのだよ」

「えっ?」

「彼はマコという娘を、自分のものにしたいと望んでいる」

「それは聞きました」

「うむ。お前が、最後に妖精国に来たのはいつだったかわかるかな?」

「16か7…くらいだったと…」

賢者は首を横に振った。

「そうではない…」

「ですが私の記憶では…忘却?」

「トモエ王は、おぬしが邪魔だった。だから彼は自分の力を使い、自分のために彼に出来ることをした」

「なぜ邪魔だったのです?」

「忘却の魔法を解いて欲しいかね?」

「もちろんです」

「苦しむことになっても…か?」

苦しむ?

カズマはその意味の深さを計りかねて眉をしかめた。

「どうする。あまり時間が無いぞ」

「解いていただきたい」

「わかった」

賢者は立ち上がり、杖を振り上げた。
船がゆるりと傾ぎ、水面を滑るように移動し始めた。

「また会おう。カズマ」

「忘却の魔法は?」

「必要な時に…、いまは行動の邪魔になるだけだ」

カズマは素直に頷き、船から岸に降り立った。

触れるほど近くにあった船は、目前で掻き消えた。

まるで自分の役目を知っているかのように、白馬はカズマに駆け寄ってきた。

カズマは白馬に飛び乗り、城を目指した。

トモエたちはどうしたのだろう?
賢者は彼らをどこに飛ばしたのだろう?

それともカズマが消えたことで、帰るしかなかったのだろうか?

カズマは顔をしかめた。

もし城に帰っていれば、まずいことになるだろう。

マコはどこにいるだろうか?

時間は?

不安が心を侵食しはじめるのを、カズマは息を吸って吐き出した。

そんなものに取り憑かれている暇はない。

訪れる難を迂回することなど出来ないのだ。乗り越えるしかない。




   
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