kuruizakiに、ふぁんたじーだ
  
  恋に狂い咲き パラレルストーリー
  300万・400万ヒット記念企画 特別編
  (登場人物、狂い咲きのメンバー)


第十一話 逃走



城のあたりは別段なんの変わりもなかった。

どうやらトモエはまだ戻ってきていないらしい。

深い安堵の中で、城門に近づくと、門の前にマコが立っていた。

白馬に乗って戻ったカズマに驚いたようで、目を丸くしている。

「カツマ、あなた…どうしてスノー、どうして、彼を乗せて…ど、どこに行ってきたの?」

小さなカズマが白馬に乗って出掛けていたことが、よほど驚きだったのだろう。

「マコ、行こう。夕暮れになるまでにゆきたいところがある」

「え?で、でもサンタ様に頼まれたものを持って帰らないと」

「そんな暇は無いんだ!」

「ダ、ダメよ。約束は守らないと」

そう言ったマコの顔が暗く翳った。

「どうした?」

「いえ…なんでも」


マコは、意志を翻すつもりはないらしく、馬に乗るとサンタの家に続く道へとスノーを向けた。

カズマは強情なマコの態度に歯軋りした。

これでは間に合うか分からなくなる。

「スノー、右だ」

スノーは、カズマの言葉に従い、右の道へと曲がった。

「だ、ダメよ。スノー、なにをやってるの?私たちはサンタ様のところに帰るのよ」

「その先に、きこりの家があったろ。荷物はそこに預けよう、今日のうちに届けてもらえばいい」

「どうして知ってるの?」

「いま思い出した」

「お、思い出したって…?」

カズマの言葉にマコは、困惑して問い返してきた。

「思い出したんだ、他に説明のしようが無い」


きこりの家にはすぐに着いた。

マコは不承不承、カズマの言うとおりに荷物を頼んで戻ってきた。

「カツマったら、いったいどこに行きたいの?」

かなりむっとした顔でマコが言った。

カズマの頭の中で、何かが揺らいだ。
白いもやの中に、人の姿が浮かぶ。

「行けば分かる」

スノーの走りは軽快だったが、カズマが考えていたより、目的の場所に着くのに手間取った。

人間国から辿るのなら、あの場所ははっきり分かるが、こちら側からの位置は、簡単に特定できない。

妖精国と人間国との境の川の岸に、なるべく添うようにしながら、カズマはスノーを走らせた。

上流なのは間違いないはずだが…もし間違っていたら…

魔女タケコの言葉から考えるに、チャンスは二度ないはずだ。

「カツマ、どこまでゆこうとしてるの?もう日が暮れてしまうわ」

「わかってる!」

カズマは思わず大声で怒鳴るように叫んでしまい、気まずく顔を歪めた。

「ごめん。目的の場所が、なかなか見つからないんだ」

「目的の場所ってなんなの?そこに何があるの?」

「着いたら話す」

会話の途中から耳に気掛かりな音を拾っていて、カズマは眉をしかめた。

馬だ…それも一頭や二頭ではない。トモエたちか…

くそう!

「飛ばすぞ」

カズマはスノーに叫んだ。
スノーは素直に急激にスピードを上げた。

「な、何?ど、どうしたの?」

「マコ、振り落とされないように、僕に掴まってろ」

スノーのたてがみにしがみつきながら、カズマは背中に張り付いているマコに向けて大声を張り上げた。

スノーは力の限り頑張っているが、鍛えられた戦いのための馬にはさすがに敵わないだろう。

追っ手は、いずれカズマたちに追いつく。

追い立てられるように走っているうちに、カズマは目的地に着いたことを悟った。

岸の向こうに見えるのは、みたことのある幌馬車だ。

太陽はそろそろ西に沈もうとしている。

マコの両親は、失意の中で帰り支度をしているところかもしれない。

「スノー、止まれっ!」

スノーはカズマの言葉に急停止した。

軽いカズマは、危うく前のめりに落馬するところだった。

「い、いったいなんなの?どうしたというの?」

「追っ手がくる」

そう叫びながら、カズマは向こう岸をもどかしい思いで睨んだ。

ここまでやってきたものの、どうやってこの川を渡ればいい?

以前、カズマは幾度となくこの川を越えたが、そのときは?
いったいどうやって渡ったのか?…記憶がない。

賢者が言っていた、忘却の魔法のせいなのだろう。

くそっ!

いったいいつ、トモエは彼にそんな魔法を?

必要な時に、と賢者は言った。

今がその時だぞ!

なのに何故、思い出せない?

苛立ちが膨れ上がった。

「あ、あのカツマ…お、追っ手って、いったいなんなの?どうして?」

カズマはマコの言葉に答える精神的余裕もなく、岸の向こう側に目を凝らした。


幌馬車から、誰か岸に向かって歩いてくる。

「おーい!」

俯いていた人物が、カズマのでかい呼びかけに顔を上げ、驚きが過ぎたようで飛び上がった。

あれは…?

タクミの家の召使だ。やはり間違いない。

「ノモト公爵はおいでか?」

カズマの声に、ひとりふたりと幌馬車から人が出てきた。

中には転がるように降りてきた人物もいた。
それはタクミの父に、ノモト公爵に違いなかった。

ノモト公爵の後には、彼の妻の姿も確認できた。

「マコだ!あなた方の娘だ!ここにいる!」

カズマはマコを指して叫んだ。

「カ、カツマ、何を?」

マコの驚きの声…

川向こうにいる両親に、カズマの言葉が正しく届いたのか、タクミの父は側に立つ妻がよろめいたのに気づき、さっと腕を差し伸べ自分に抱き寄せた。

「マコ…マ、マコなのかー?」

震えを帯びた叫びが、向こう岸から届いた。

そんな場合ではないのに、熱い思いが湧き、カズマはどうしようもなく胸が震えた。

「カ、カツマ、な、なんなの?どうしてあの方は…どうして私の名を…?どういうことなの?」

戸惑いを深めたマコの声に、カズマは振り返った。

彼女を見つめたカズマは、正直途方に暮れていた。

ここまで来たというのに…これからどうすればいい?

この川を無理に渡ろうなどとすれば、死は確実だ。

追っ手も、そろそろやってくるに違いないのに…

止むことなく繰り返される両親の娘への呼びかけ…

カズマはもどかしさと苛立ちにかられながら、自分の頭を冷やそうとした。

出来ることをやれと賢者は言った。

いまの俺に、何が出来る?

「マコ、スノーに乗ったままで待ってろ。けして、降りるんじゃないぞ」

「カツマ…い、いったい」

馬を下りたカズマは岸に立ち、手のひらに力を集め、川の流れに手のひらを置き、力を解き放った。

湖ではなんの不都合もなくうまくいったが、この普通で無い川にカズマの魔法はなんの効力もなかった。




   
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