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第十二話 決戦
ドカドカと激しい馬のひずめの音がし、カズマとマコは、トモエ率いる武装した連中に囲まれていた。
「なにをしている」
冷酷な響きのトモエの声…
カズマはスノーとマコを庇うように前に出ると、真正面からトモエと向き直った。
「お前は何者だ?」
カズマを睨みつけ、トモエが言った。
カズマは返事をせずトモエを睨み据えた。
「彼女を返してもらおう」
「マコは、貴方の持ち物などではない。返すの返さないの話はおかしいだろう?」
カズマの言葉に、トモエの顔が険悪に歪んだ。
「マコォー!」
タクミの母の声だった。
喉が破れるのではないかと思うほどの叫びは、途方も無い痛みを含んでいた。
トモエは、その声で初めて川向こうに居る人間たちに気づいたようだった。
目を見開いて向こう岸を見つめたトモエの顔は、血の気を失って蒼白になった。
「彼女は私の妃となる女性だ!見ろ、正真正銘の妖精族だ。あんな人間たちなど、なんの関係も無い!」
トモエは狂ったように叫び、カズマに凄まじい怒りを向けてきた。
「さあ、彼女の前からどけ!」
「マコは返さない。彼女は自分の場所に帰るんだからな」
カズマは両手を広げて、目の前の妖精王を見上げた。
トモエの乗っている黒馬は、カズマを食い殺そうとでもするように殺気を含んだ目で、何度も頭を突き出してくる。
「何を言っている?彼女は妖精族なのだぞ。この国からは一歩たりと出られない」
その言葉に誘発されたように、カズマは頭の一部がシクシクと痛むのを感じた。
以前…こんなことが…これと似たようなことがあった…のではなかったか?
そのとき、彼女は…マコはいなかった。
約束した。マコと…
ぽろぽろと記憶が零れ出てきた…
妖精国を出て…彼の妻になると…彼女は約束してくれた。
愛していると…彼を愛していると…
だから待っていると言ってくれた…
彼が、彼女を人間にする方法を探し出すまで…待っていると…
すべて…思い出した。
身体の底から、途方も無い怒りが凄まじい勢いで噴き出してくるようだった。
カズマは射殺すような眼差しをトモエに向けた。
「お前か!…お前がやったんだ。トモエ」
身体が怒りで激しく震えた。
彼はぎりりと歯をきしらせ、トモエに一歩近づいた。
「お前は、私に忘却の魔法をかけ、彼女のことを忘れさせたな!」
「か、カツマ?」
「なんのことだ。私はお前など知らぬわ」
そのトモエの言葉は、ひどく震えを帯びていた。
カズマを見つめるその顔は、石のように固く強張っている。
「そして私を妖精国から締め出したんだ!」
トモエの全身がわなわなと震え始めた。
トモエは、彼がカズマだと理解したのだ。
「そいつを掴まえろっ。早くっ!」
顔を引きつらせたトモエが叫び、護衛たちが動いた。
カズマは手近な枝を手に取ると、魔力を込めた。
ふいに眩暈に襲われ、カズマは一瞬身体をよろめかせたあと、すぐに体勢を立て直した。
マコがはっと息を呑んだのが分かった。
先ほどまでと視界が違う。
どうやら彼の身体は元に戻ったらしかった。
「カ、カズマ様…ど、どうして。ト、トモエ様、やめてっ!」
馬から飛び降りざま、トモエが切りかかってきた。
「彼女は連れてゆく、トモエ、邪魔をするな!」
カズマは剣で応戦しながら、トモエに怒鳴った。
「むざむざ連れてゆかせると思うのか?忘れているようだが、彼女は妖精族だ。国から離れたら死ぬことになるんだぞ」
「死なせない!」
護衛たちが王の加勢に入り、カズマは敵に囲まれた。
さすがのカズマも多勢に無勢だ。
「や、やめて」
カズマは次々に切りつけてくる護衛の剣をなんなく払い、全員の位置を把握しながら、弾む息と体勢を整えた。
「カズマ様!後ろに!」
マコの叫びに、カズマはさっと後ろに振り向いた。
切りかかってきた護衛から、カズマは咄嗟に飛びのき、相手を後ろ手に打つと、剣を構え、次に向かってくる敵に備えた。
「トモエ様、なにを!」
マコの叫びにカズマは思わず振り返った。
黒馬に乗ったトモエが、スノーの背からマコを抱え上げようとしているのを知り、カズマは頭の血が逆流した。
「トモエ、やめろっ!」
カズマはトモエの馬に駆け寄ろうとしたが、護衛たちに阻まれて身動きできなかった。
妖精国を出る方法はすでに思い出していた。
いまなら、マコを人間国に連れ戻せるというのに…
川向こうで固唾を呑んでこの状況を見守っているマコの両親の元に、彼女を連れてゆけるというのに…
「カズマ様!!!」
背中に激痛が走った。
どうやら血が噴き出したようだった。
カズマは後ろに振り向き、彼に切りつけてきた護衛を倒した。
「消えろ、カズマ!」
まぶしい光と、激しい衝撃を感じた瞬間、カズマは凄まじい勢いで吹き飛ばされていた。
「いやーーーーー!!!」
マコの絶望の声が、薄れゆくカズマの意識の中で何度もこだました。
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