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第十三話 妙薬は口に…
頭が割れるように痛かった。
カズマは頭から発する痛みを握りつぶそうとするかのように、力任せに頭を掴みつつ、薄目を開けた。
何かをすりつぶしているような微かな物音が、ガンガン鳴る頭痛の音と重なって聞こえることに、カズマは気づいた。
…ここは?
特色のある色合いと造りの天井…
カズマは音のする方に顔を向けようとしたが、背中に鋭い痛みを感じて「ぐっ!」と声を漏らした。
「気づいたの?」
あまり心配の窺えないその声は、炎の魔女のものだった。
「タケコ殿?…私はいったい…はっ!マコは!」
言葉の途中で、これまでのことが一気に頭に溢れ、カズマは傷みも忘れて起き上がろうとし、無様にベッドに逆戻りとなった。
「はあはあ」
「おばかさんね。まだ傷は癒えきってはいないのよ」
「マコは?トモエは?タクミの両親は?うぐっ」
続けざまに叫んだカズマは、もどしそうになって口を押さえた。
「ほらほら、いまのわが身の程を知りなさい」
「なにを悠長なことを…タケコ殿…教えてください。どうなったのです?」
「どうなってもこうなってもいないわ」
「それは…」
カズマは落胆に囚われた。
もしやタケコがマコを連れ出してくれたのではと、思ったのだが…
カズマは力が抜け、ベッドに仰向けになったまま天井を見つめた。
「なんてことだ。私は…失敗したんだ」
「失敗?」
カズマは顔を歪めた。
マコ…
「なんて顔してるの」
「ほっといてください。好きでしてるんだ」
たとえようも無い胸の痛みに苛まれ、カズマはずきずきと痛みを発散しつづける自分の頭を憎々しく思いながら、なんとかタケコに背を向けた。
「あらそう」
その言葉にカズマはカチンと来た。
いくらなんでも、情がなさ過ぎないか?
「マコを救えなかったんですよ。ノモト公爵は…娘に…」
カズマの声は尻つぼみに小さくなって消えた。
今頃、タクミの両親はどんな失意の中にいることだろう。
川を挟んで、ようやく悲願の娘との再会を果たしたというのに…
「俺のせいだ…俺の力が足りなかったせいで…鍵を集め損ねたんだ」
「人間国の王子たる人物とは思えない、ふさぎようじゃないの」
「明るい気分でいられるわけがないでしょう?」
「とにかく、これをお飲みなさい。そのカッカと熱した脳みそが、少しは冷えるでしょうよ」
どこまでも冷静な魔女に、カズマは凄まじい睨みを向けた。
だがこの魔女にとって、カズマの睨みなど、どうということもないようだった。
「炎の魔女が一晩かかって作りあげたスペシャル特効薬よ。傷が癒えるわ。お飲みなさい」
一晩?
どうやら彼の意識が無い間に、鍵のひとつだったに違いない聖なる夜は終りを迎えてしまったようだ。
カズマの落胆が増した。
「今日は、クリスマス…か?」
「ええ、そう」
薬液を入れた器を持ったタケコは頷きながら、それをカズマの口元にぐいっと突き出してきた。
カズマは空虚な思いで、無意識にタケコから薬を受け取ると、一気に喉に流し込んだ。
ぐはっ!
なんとも、死人も飛び起きそうなほど苦かった。
息が詰まるほど、口の中に嫌な味が取り付いてはなれない。
「うわっ、げはっ!なんだこりゃあ」
口の中に気をとられていたカズマは、全身がとんでもなく熱してきたことにやっと気づいた。
口から火を吹きそうなほど、身体が燃えているような感覚だ。
「い、いったい…」
突然身体中の力が抜け、カズマはぐにやりとベッドに転がっていた。
こ、このクソ魔女…
いったい俺に、何を飲ませやがった…
その言葉を実際口にしたのかしなかったのか、カズマにはわからなかった。
視界がゆっくりと暗くなり、意識が徐々に遠のいていくのを、カズマはなすすべもなく感じていた。
「ほんとに、手がかかるったら」
おでこを二度かなり強めに叩かれ、カズマは目を開けた。
おっと思うくらい、頭はクリアーだった。
それに、頭だけじゃなくどこも痛くない。
「今日は何日です?」
「おばかさん。クリスマスと言ったわよ」
ひどく愉快そうに笑われて、カズマは顔をしかめた。
「体中、どこも痛みが無い」
「もちろんよ。私の取っておきの薬を飲ませたのよ。効かないはずが無いじゃないの」
「あれからどのくらいの時間が?」
タケコは片手を突き出した。
指が3本立っているのをみて、カズマは眉を寄せた。
それは三時間という意味か?
「三十分ほどよ」
「は?」
カズマは驚きの叫びを上げて、ベッドから起き上がった。
どこもなんともない。
「す、すごいな」
生まれてこの方…初めて、この祖母に尊敬の思いを抱いた気がする…
タケコは、嘘の無い孫の賞賛に気をよくしたらしく、片手で口を覆い、「おーほっほっほ」と高笑いをした。
傷を癒してもらった気分のよさで、カズマは高笑いを心地よく聞きながら、ベッドから滑り降りた。
「ほんとになんともないぞ。タケコ殿、この薬、もっともらえませんか?」
タケコはチッチッと舌を鳴らしながら、人差し指を立てて、左右に振った。
「そうやすやすとは手に入らない材料が必要なのよ」
「いったいなんです?俺が集めてこよう」
「それがなんだか、聞かないほうが良いわ」
「どうしてです?」
タケコがにやりと笑った。
「飲んだからよ」
ひーっと悲鳴を上げそうなくらい、気持ちの悪い笑みだった。
カズマは唾を飲み込み、頬を引きつらせた。
どうやら、とんでもない代物が入ってたらしい。
それを俺は飲んだのか?
カズマは頭の中にある思考すべてを、自分の今後のために、頭から追い払うことにした。
これから幸せに生きてゆきたいなら、このことについて深く考えない方がよさそうだ。
そんなことより、考えなければならないことがあるではないか…
傷が癒えた今、彼に出来ることがないのか探し出さなければ…それとも何もかもが手遅れなのだろうか?打つ手は?
「貴方は、サンタ様に何かお願いをしたのではなくて?」
唐突にタケコが尋ねてきた。
…サンタに願い?
それは確かに…マコを必ず救い出せるようにと…
サンタ?
そ、そうだ。
「行かなければ…」
「どこに?」
「まだ可能性はある」
「もちろんよ」
澄ましてそう言ったタケコに、カズマは怪訝な視線を向けた。
「まだ打つ手があると?」
「ないと誰が言ったの?」
「ならば、どうしてさっさと教えてくれなかったんです?」
「まじないのなんたるかが分かっていない子ねぇ。まあ、無理も無いけど…」
「タケコ殿!」
「元気になった途端、怒鳴るのはやめてちょうだい。普通の声で充分聞こえるわ。こうみえても、まだ耳は遠くないのよ」
カズマは突き上げてくる憤りをなんとか押しとどめた。
まじないのなんたるか…確かにカズマはわかっていない。
「どこに行く気か知らないけど、まずはノモト公爵のところに寄ったほうが良くてよ」
「どうしてです?」
「意味の無い質問を繰り返して貴重な時間をつぶすの?私は貴方のたいした価値もない質問に、いちいち答えてやるために、致命傷の傷を治してあげたのではなくてよ」
「致命傷?」
「命を大切になさい。孫の葬式などに、出たくは無いわ」
「タケコ殿…ありがとうございました」
カズマは深々と頭を下げた。もちろん最大の感謝を込めて…
「その格好で行くつもりじゃないでしょうね。少々みっともなくてよ」
家の外に出ようと足を踏み出していたカズマは、歩を止めて祖母に振り返った。
祖母のそぶりが示すところに、新しい衣服が置いてあった。
「それに着替えていらっしゃい」
タケコはそう言いながらさっさとドアから出ていった。
カズマは急かされる思いでボロボロの衣服を脱ぎ捨て、急いで新しい服を着込むと、ボタンもはめないうちにドアから飛び出た。
「シ、シルバー」
魔女のこじんまりした庭に、彼の愛馬がいた。
「呼び寄せてくださってたんですか?」
「私にぬかりはないわ」
「ほんとうだ」
カズマは笑いながら祖母に歩み寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「まあ、苦しいわ。ほら、準備万端よ。さっさと行きなさい。いくら気が急いても、まずはノモト公爵のもとにゆくのよ」
念を押すようなタケコの言葉にカズマは頷いた。
「わかりました」
カズマはひらりと愛馬にまたがり、「それでは」と叫ぶと、あっという間に森の中へと駆け込んだ。
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