kuruizakiに、ふぁんたじーだ
  
  恋に狂い咲き パラレルストーリー
  300万・400万ヒット記念企画 特別編
  (登場人物、狂い咲きのメンバー)


第十四話 漆黒の玉



ノモト公爵の屋敷に到着したカズマは、ひらりとシルバーの背から軽やかな動きで降り立った。

体調がすこぶるよかった。

タケコの調合した薬は、傷を癒すだけでなくパワーをも湧き立たせるのだろうか?

やはり、小さな身体は不自由だったな。

そんなことを思いながら、シルバーを連れて門に近づいてゆくと、カズマに気づいた門番が駆け寄って来た。

「王子様」

カズマを前にしてきちんと背を正し、深々と頭を下げてくる。

別の門番が鳴らしたのだろう来客を知らせるための鐘が、あたりに鳴り響いた。

「ノモト公爵ご夫妻は、戻っておられるのか?」

「は、はい。昨夜、帰宅なされております」

「タクミはいるか?」

やってきた厩番の手に、シルバーのたずなを手渡しながら尋ねると、カズマは屋敷に向けて歩き出した。

「はい。おいででございます」

家の玄関が開き、中から数人の召使いが姿を見せた。

彼らは急いで両側に立ち、カズマに向かって歓迎するように頭を下げた。

お辞儀している列の間を早足で歩いていると、タクミがやってきた。

「カズマ王子」

タクミは胸に手を置き、きっちりと頭を下げてきた。

「タクミ、すぐ話がしたい」

タクミは頷き、カズマを促して歩き出した。

「ありがとう」

歩きながらタクミに礼を言われ、戸惑ったカズマは眉を寄せた。

「タクミ…俺は感謝されるようなことは何もしていない」

「お前は?…関係なかったのか?」

関係ない?

「なんのことだ?」

タクミはカズマに振り向き、言葉の意味を求めるように眉を上げた。

「両親はマコに逢ったそうだが…」

「ああ」

頷いて肯定したカズマを見て、タクミは首を傾げた。

「なんだ。知っているということは、やはりお前が、何かしら、やってくれたんだろう?」

「まあな。だが…」

「母上は泣いておられた。父も…」

その言葉に胸が鋭く痛み、カズマは悔いが膨れ上がって唇を噛んだ。

「すまない」

「カズマ…意味が分からないな。どうして謝る?」

カズマはタクミとの噛み合わない会話に、眉をひそめた。


「さあ、入ってくれ」

やってきたのは、ノモト公爵家の居間だった。

タクミの私室にいくものと思ったのだが…

「何か飲むか?」

「いや。いらない」

椅子を勧められ、カズマはすぐに腰掛けた。

「妹とは、逢ったのだろう?」

タクミの問いにカズマは頷き、考え込んだ。

もちろん逢った。それも今回が初めてではなかったのだ。

いったい何から話せばいいのか…

「お前、ご両親から話を聞いたんだろう?」

「両親の知る限りは」

「なんとおっしゃっていた?」

「戻って来た両親はずいぶんと興奮していた。私は出先で何かあったのかと遠まわしに聞いたんだ。両親は、私がマコのことを知っているとはまだ知らなかったからな」

「ああ。それで?」

カズマは急く気持ちで聞き返した。

「別になんでもないと言うから、マコのことを知ったと言ったんだ。両親は詳しい話しはしたがらなかったが、川を挟んでマコに逢ったと教えてくれた」

「そのときの状況は聞いたか?」

「妹は白馬に乗っていたらしい。小さな少年が一緒にいて、貴方がたの娘のマコだと叫んだらしい」

「それで?」

「カズマ、お前は?そこにはいなかったのか?」

「いたさ」

「そうなのか?お前の話しは出なかったが…」

「その少年が俺だ」

「は?」

タクミは、なんでいまという時に、そんな馬鹿な冗談を言うといわんばかりの責めの瞳を彼に向けてきた。

「本当のことだ。妖精国に入るために、炎の魔女が手を貸してくれて、妖精族の少年の姿にされた」

魔力のないタクミには、途方もないことなのだろう。

もちろん、タクミはカズマの魔法を目にしているし、魔力の存在を疑ってはいないのだが…

「そんなこと、できるのか?」

「ああ、できたな。俺も驚いたが…」

カズマの言葉に、タクミが派手に噴いた。

「お前でも驚くことがあるんだな?」

「当たり前だろう。それより、ご両親はいまもまだ、ご傷心の様子か?」

「傷心?」

意味が分からないというようなタクミの表情をみて、カズマは首を傾げた。

「気落ちしておいでだろう?せっかく逢ったマコとまた離れ離れに…」

「父と母は喜んでおいでだ。マコの存在を確かめられたんだからな」

「そうなのか?」

カズマは心のしこりが取り除かれ、ほっとして息をついた。

「それで妹は?話しとかもしたんだろう?」

「ああ。彼女は、サンタの家に住んでいた」

タクミの眉が、怪訝そうにしかめられた。

「いまなんと言った?」

「お前の妹は、サンタの家に…」

「サンタ?」

「ああ」

「サンタだ?お前、妖精国の妖気にでもあたっておかしくなったのか?」

カズマは憮然とし、腕を組んだ。

「信じないのか?」

タクミは怒っていいのか笑えば良いのかと、混乱しているようだった。

「サンタクロースだ?おい、彼はお伽の世界の住人だぞ。いまどき、子どもだって知ってる」

「わかった。サンタの話しはどうでもいい。俺は以前から彼女と逢って知っていたんだ」

「知っていた?妹のことを?」

「ああ」

トモエ王のことを話そうか迷ったが、カズマはトモエについては口を閉ざしておくことにした。

話しが複雑になりすぎる。

「なあ、お前大丈夫なのか?小人になった悪影響が出てるんじゃないのか?」

タクミは心配そうな表情で言うと、なぜか自分の頭を押さえた。

「小人じゃない。妖精族の少年だ」

「ああ。少年だったな」

なんだかタクミと話すのが億劫になってきた。

サンタのことを持ち出したために、タクミはカズマに対して疑心を少なからず抱いているのが分かって、気が腐った。

なぜ、わざわざノモトの屋敷に寄れと、タケコは言ったのだろう?

「カズマ?」

「なんだ?」

「それでマコは…しあわせそうだったか?」

「どうだろうな」

カズマは気分のまま、どうでもよさそうな口調で、いい加減に答えた。

タクミが顔をしかめた。

「カズマ」

「なんだ?」

カズマは苛立ちを感じて、声を張り上げて返事をした。

「サンタの家にとかって話しは、…正直信じられない」

「そうか」

「だが、信じることにする」

その言葉に、カズマはカチンときた。

「ほお、これはありがたい」

「カズマ!」

「いいか。俺はな…俺は…」

ノモト家のためにという言葉を口にしようとしている自分に気づいて、カズマは言葉を止めた。

いや、そうじゃない。

彼は自分自身のために、マコを取り戻そうとしているのだ。

なのに、タクミに対して、自分への恩を感じられないと苛立つなんて…

「タクミ…お前の信じるものや、観念を曲げることはない。すまなかった」

「お、おい。なんだ急に…」

「俺は…お前の妹を、必ず取り戻してやる」

マコとの関係をいま正直に口にしないほうが良さそうだと思えた。
そんな話しをしたら、もっとややこしいことになるだろう。

そろそろ引き上げるか…

行かなければならないところがあるのだ。
さっさと出発するとしよう。

「それじゃ、俺は行く」

「おい、まだ話しを聞いていないぞ」

「タクミ、私の話しをお前は信じられないんだぞ。何を話しても今は無駄だろう。俺はすぐにも行かなければならないところがあるんだ」

「どこに?また妖精国にゆくのか?」

カズマは首を振った。

もう妖精国には入れないだろう。

「だが、妹は妖精国にいるんだろう?カズマ、これからどうするんだ?何か妙案があるのか?私も同行させてくれないか?」

カズマは必死の様子で語るタクミを、じっと見つめた。

サンタを信じていないのにか?

カズマは無言でその質問をタクミに向けた。

「カズマ?なあ、私に出来ることはないのか?」

カズマが同行を断ろうとしたところに、ノックの音がした。

「はい」

タクミの返事にドアが開き、現れたのはノモト公爵夫妻だった。

「王子様。我が屋敷にお出でだとお聞きしましたので、ご挨拶をと思いまして」

「カズマ王子、いらっしゃいませ」

タクミの母は、カズマに向けて、深々とお辞儀した。

相変わらず美しいひとだ。だが、泣いたためか目元が赤い。

こうしてみると、やはりマコに面立ちが似ているようだった。

カズマは立ち上がり、ふたりに向かって深く頭を下げた。

「お、王子。ど、どうなさったのです」

「お二人に、謝らねばなりません。マコと、あのような形でしか逢わせることが出来ずに、申し訳ありませんでした」

タクミの両親は、揃って目を丸くし、カズマを見つめてきた。

「お、王子…ど、どうして?娘のことを?」

「王子様、どういうことなのですか?」

タクミは立ち上がり、驚いている両親のそれぞれの肩に手を掛けた。

「妖精の少年が、カズマ王子だったのだそうです」

「は?ま、まさか」

ノモトの奥方は、驚きが過ぎたようで、大きく喘いだ。

「そ、そんなことが?本当でございますか、王子様?」

カズマはノモト公爵に向かって頷いた。

「ええ。貴方がたに、川を隔てて叫んだ少年は私です」





「では、これから行かねばならぬところがあるので、私はこれで」

かいつまんだ話しを聞き、礼を繰り返す夫妻に、カズマはそう言って立ち上がった。

かなり時間をつぶしてしまっていることに、焦りも感じていた。

ノモト家に寄れという炎の魔女の言葉には従ったし、もう辞去してもよいだろう。

「カズマ、私も行くぞ」

タクミの言葉に、ノモト公爵は眉をしかめた。

「タクミ、王子を呼び捨てにするなど…」

「父上、分かっていますよ。だが、いまはそんな礼儀に構っていられる心境じゃない。カズマ、妹を取り返しに行くんだろう?」

「ああ、そのつもりだ」

「お、王子様に、そんなことはさせられませぬ」

とんでもないことだというように言う奥方に、カズマは安心させるような笑みを向けた。

「好きでやってるんですよ。私には貴方がたにはない魔力がありますしね。それに手掛かりもあるんです」

「それならば…」

何事なのか、ノモト公爵はそう言うと、妻に促すような視線を向けた。

「あ、はい。そうですね。王子様、少しお待ち下さい」

奥方は、慌てたようにそういうと、すぐに部屋を出て行った。

「なんなのですか?」

カズマの問いに、ノモト公爵が頷いた。

「闇の魔女が、残していったものがあるんです」

「残していったもの?」

「はい。マコのベッドにあるものが残されていたのです」

「そんなものがあったんですか?」

タクミは父に向かって尋ねた。

「ああ。いったいなんなのか…正直、良いものとは思えないのだが…」

翳りのある表情と声のノモト公爵を見つめ、カズマはタクミと目をあわせた。


5分ほどして、奥方が戻ってきた。
手には黒い箱を持っていて、奥方は蓋を開けてカズマに中身を見せてくれた。

漆黒の玉だった。
ただ、真っ黒な玉というわけでなく、玉の中で闇が渦巻いているような…

ひどく不気味さがあった。

正直、手に取りたくはない。だが…

たぶん、この玉を手に入れるために、カズマはこの屋敷に寄らねばならなかったのだろう。

この玉は必要な鍵のひとつに違いない。

ただ、どう役に立つかはわからないし、もしかすると、カズマを貶めるための罠となるのかもしれないが…

それでも、この玉は、マコを人間に戻すために必要になるのだろう。

「これをお借りしていってもよろしいですか?」

「はい。もちろんです」

カズマは玉の入った箱を、奥方から受け取ろうと手を差し伸べた。

「カズマ、私も行くと言ったろう!」

大声で怒鳴りながら、タクミはふたりの間に割り込んできた。

「邪魔だ」

「私の妹なんだ、絶対に行く」

タクミは、母親の持っている箱を掴んで取り上げた。

「タクミ、お前には魔力がない。ついてきたところでお前に何ができる?」

タクミはむっとしてカズマを睨んできた。

「魔力はないかもしれない」

ひどく静かな声だった。
タクミは決意のこもった表情で、カズマを見返してきた。

「だが、マコは私の妹だ。私が妹を救う」

カズマは眉をひそめた。
タクミのその言葉は、やたら重みがあった。

こいつを連れてゆけと、カズマの勘までがささやくようだった。

どうやら、つれてゆくしかなさそうだ。

「わかった」

「わ、私もついてゆきたい…」

ノモトの奥方はそう言いながら、膝を折ってしゃがみこんでしまい、肩を震わせて泣き出した。

公爵は、妻の肩を慰めるように抱いた。

「わかっているだろう。我々は、ついてゆけない」

ノモト公爵の痛みのある言葉に、カズマは眉を寄せた。

「どうしてそう思われるのですか?」

「王子…言えません」

カズマは頷いた。

どうやら、彼らは何か知っているらしい。
そして、それは口にしてはならないことなのだろう。

「それでは」

カズマは夫妻に頭を下げ、タクミを促し急いで部屋を出た。

言葉に出来ない満足感が、胸に湧いていた。

きっと、ここでなすべきことをきちんと終えたという印なのだろうと思えた。




   
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