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第十五話 消えない困惑
タクミを同行させて、目的地に辿りついたカズマは、シルバーの背に乗ったまま、目の前の建物を見つめた。
タクミが旅支度をするのにそれほど時間は取られなかったが、それでも時は思うよりも経過している。
「ここは?」
シルバーと並んで愛馬の上にまたがったタクミは、怪訝な顔をしている。
その理由は、もちろん分かっていた。
「こんなところで…カズマ、何があるんだ?」
カズマはタクミを見つめ、それから目の前の建物を見つめ、タクミに向けて質問した。
「何が見える」
「は?何がって…見たとおりだろう」
「見えるまま、口にしてみろ」
タクミは不機嫌そうに眉を寄せ、カズマを睨んできた。
「見たままってどういう意味だ?ここは雪の平地でしかない。それともお前には、何か見えるとでもいうのか?」
タクミはそう言うと、自分の背後へと視線を回した。
ふたりの背後には、寒々とした森が続いている。
「なあ、カズマ、この空き地で何があると言うんだ?手掛かりは、…この場所?…ここで誰かと会うのか?」
カズマはふっと落胆の息を吐くと、シルバーから降りた。
そして建物の玄関に歩み寄り、馴染みの呼び鈴を掴んで鳴らした。
重みのある鈴の音が辺りに響く。
「カズマ?お前、いったい何をやってるんだ?」
カズマは、まだ馬の背にいるタクミに振り返った。
「何か聞こえたか?」
タクミは眉をひそめ、いまさら耳を澄ませる仕草をした。
タクミにはこの呼び鈴の音も聞こえてはいないのだ。
その事実に、ひどくいらいらした。
こいつをここに連れてくる意味があったのか…
サンタの家が見えないこいつが、ここに来て、何の役に立つ?
「降りて来い。目的地はここだ。しばらくはここから移動しないぞ」
しぶしぶ愛馬から降り立ったタクミは、カズマの隣に並んだ。
カズマの前にはいま、サンタの家がある。
だが、タクミの目にはサンタの家は見えていないのだ。
いまという瞬間、タクミとカズマの現実は違う。
サンタは家にいないのか、それともまだ昨夜の仕事で疲れきって寝ているのか出てくる気配はないようだ。
やはり、マコのところにいるのだろうか?
今頃、マコはどうしているだろう?
妖精国にある、サンタの家に戻ったに違いないと思うのだが…
まさか、トモエ…マコを城に監禁などしてはいないだろうな?
カズマは自分の考えを否定して首を振った。
「カズマ。こんなところに来て、我々はこれからどうするんだ?…お前…なんだかおかしいぞ」
カズマはタクミに、真剣でいて鋭い目を向けた。
「いま、目の前にサンタの家があると言ったら、信じるか?」
「は?何を馬鹿なことを…見ろ、なんにもありはしないじゃないか、ただ雪が積もった平地が広がっているだけだぞ」
タクミはそうがなりたてるように言いながら、勢い良く前進した。
カズマは息を止めて目を見開いた。
タクミの身体が、サンタの家の壁をすり抜けて見えなくなったのだ。
「なあ、マコを救う手立てがあるのなら、はやく…」
目の前にしているタクミの身体は、壁の中に中途半端に埋まっている。
その様は、気分のいいものじゃない。
カズマは思わず手を差し出し、壁に左手を付いてタクミの埋まった身体を掴んで引き出そうとしたが、壁が邪魔をしてうまくゆかなかった。
「タクミ、前に出ろ!」
いらだたしさに駆られて、カズマはタクミに怒鳴った。
「なにやってる?」
タクミは不信な顔をしながら、一歩前に出てきた。
「いいか。お前はここにいろ」
カズマは自分の隣を、怒りとともに指さした。
「わからないな…」
まったく何も分かっていないタクミを見つめていると、怒りが増すばかりだ。
まったく!なんでこんなやつを連れて来たんだろう。
それにしても、ここにサンタがいないならば、ここにいても意味がない。
カズマはタクミを置き去りにして、家の周りにそって歩き出した。
動いていいとは言わないのに、タクミはのこのこついて来る。
「お前はそこで待ってろと言ったろ」
「別にいいだろう。トラップがあるわけでもなさそうだし、お前の邪魔もしてない」
そう気楽に言いながら、両手を大きく振り回す。
タクミの手が、時折、壁の中に入り込むのをみて湧きあがる苛立ちを、カズマはなんとかなだめた。
まあ、害はないんだ。
こいつの好きにさせておけばいい。
カズマはタクミの存在を意識から消し、サンタの私室の窓まで歩いてゆき、中を窺った。
どうも人の気配が感じられるようだ。
カズマはほっとして笑みを浮かべた。
「いるみたいだ」
思わず口から思いが零れた。
「いるって、どこに誰が?」
タクミの言葉に、カズマはむすっとして振り返った。
「いいから。お前はおとなしくそこに佇んでろよ。いいか、こっちから向うには行くんじゃないぞ」
「なんで?」
タクミは首を傾げ、あろうことかカズマの指示を無視して、サンタの部屋へと入り込んで行った。
「お、おい。馬鹿、この野郎。出て来い!」
吼えるように言ったものの、返ってきたのはタクミの声だけだった。
「カズマ、お前なぁ、うまくゆかないからって、私に当たるな」
「そんな大声を出すな」
寝ているサンタを起こしてしまう。
それにいまのタクミは、サンタの寝室に、図らずも侵入しているのだ。
「別にいいだろう。こんな原っぱで、なんにもないとこだってのに、誰が咎めるとでもいうんだ?」
咎めはしないだろうが…
カズマは肩を落とした。
そのとき、サンタの部屋に明かりがついた。
カズマはそれに気づいてほっとする以上に、情けない気分になった。
いまサンタは、自分の寝室に不法に踏み込んでいるタクミを見ているんだろう。
それも、寝ているところを、起こされて…
「サンタ様、すみません」
カズマは窓越しに大声で叫んだ。
カーテンが開き、サンタが姿を見せた。
「やあ」
とんでもない客が自室にいるというのに、なごやかな顔でサンタはカズマに向けて、親しげに微笑んだ。
「申し訳ありません」
「カズマ、いったいこれはなんの真似だ?」
タクミは部屋の向こうから歩いてきて、あろうことか、サンタの身体に重なった。
カズマは思わず目をふさいだ。
「すみません」
「いや、構わないよ。彼の世界に私は存在しないのだからね」
おうように言いながら、サンタは左にいざり、タクミの身体と自分の身体を離した。
「連れて来なければ良かったのですが…。彼は鍵のひとつだと思えたので…」
「うむ」
「カズマ!いい加減にしろ!」
タクミにとっては、カズマのひとり芝居としか見えないのだろう。
こんなことを続けていたら、タクミの憤りは強くなってゆくばかりに違いない。
「どうしたら?どうにか出来ますか?」
サンタはタクミに向き、またカズマに向いて首を横に振った。
「私には、どうにもできないのだよ」
「ですが、これではタクミは納得しません」
「お前、いったい誰と話してるつもりなんだ?」
「サンタ様だ。お前に見えようが見えまいが、いま、ここにいらっしゃる」
タクミは疲れたというような表情になって、首を横に小さく振った。
「とにかく入るといい」
サンタの勧めに頷いて、玄関へと身体の向きを変えたカズマは、玄関の前に人の姿を見つけて驚いた。
「タケコ殿」
「これは、タケコ様。どうしてこの場所に?」
カズマの後ろにいたタクミは、さほど驚いた様子もなくタケコに声を掛けた。
「必要だろうと思って」
「は?必要とは?」
問い掛けたあと、タクミの顔は嬉しげな顔になった。
「私の妹を妖精国から連れ戻す手伝いをしてくださるのでしょうか?」
「まあ、そうね。そうなると思うわ」
「これはありがたい。そうか、カズマ王子は、ここでタケコ様と待ち合わせていたのですね。彼は私をかつごうと、馬鹿な芝居ばかりして困っていたのですよ」
「そう」
「ええ」
強い味方を得たかのようなほっとした表情で答えたタクミを一瞥し、タケコは着ているマントをさっと払うと、玄関へと踏み出した。
「とにかく、中に入りたいわ」
「中?」
ぽかんとした顔になったタクミが滑稽に見えて、カズマは噴き出しそうになり、笑いを噛み殺した。
タケコは玄関の呼び鈴を鳴らした。
呼び鈴の響きが終わらぬうちに、ドアが開いた。
「お邪魔しますわ」
タケコは、目の前に現れたサンタに言った。
サンタの家そのものが見えないタクミにすれば、これもまた不可解極まる行動だろう。
「何をなさっておいでなんですか?」
「いいから、黙ってついてきなさい」
タクミはタケコの登場とこの場の雰囲気に、胸にある疑心を押し込めておくことにしたのか、タケコの指示に従い、サンタの家に入った。
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