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第十六話 驚愕の事実
「炎の魔女、おいでくださって嬉しいですよ」
彼らを出迎えてくれたサンタは、言葉通りに嬉しげにタケコに手を差し出した。
タケコはすぐにその手を握り、首に手を掛けてサンタの頬にキスをした。
「私もお会いできてうれしいわ」
タケコはカズマには絶対に見せないような、極上の笑みをサンタに向けた。
「居間に行きましょう」
「はい。お邪魔しますわ」
サンタの顔を見た途端、正直、カズマの胸には質問が山とあったが、カズマはしばしの我慢とぐっと堪えた。
居間に通され、カズマとタケコは、もちろんドアから中に入ったが、ある意味、この場に存在していないことになるタクミは、ドアでない壁を通り抜けて部屋に入った。
椅子に座り込んだカズマは、弱りきった様子で佇んでいるタクミに目を向けた。
彼にはこの居間の家具も暖かな暖炉の火も、なにひとつ見えていないのだ。
カズマはタクミの目が今見ているだろうものを想像して、ひどい同情を感じた。
「タクミ…」
「わたしは…どうすればいい?」
途方に暮れたようにタクミは言った。
「どうもなさらなくていいわ。寒くはない?」
「そりゃあ寒いですよ。こんな何もない雪だらけのところに立っているんだから」
タクミはそう言いながらも、温もりを得ようとしてか、合わせた両手を揉んでいる。
一方カズマは、部屋の充分なぬくもりで汗が出てきた。
彼はタクミに申し訳なく思いながら、羽織っているマントを脱いだ。
タケコも分厚いマントを脱ぎ、膝の上で畳んでいるところだった。
「温かなお茶をお出ししたいところだが…」
「いただきますわ」
タケコは素直に頷いたが、サンタに問うような視線を貰ったカズマは首を横に振った。
「俺はいりません」
ひとり寒い思いをしているタクミを前にして、温かいお茶を飲めるほど彼は図太くないようだ。
カズマは眉をひそめた。
どちらにしても、タクミには見えないのか…
数分後、お茶を用意しに出て行ったサンタが戻ってきた。だが、その手には何も持っていない。
もって来ると言っていたお茶はどうしたのだろうか?
タケコがそのことについて何か言うのではと、祖母に振り向いたカズマは眉をよせた。
驚いたことに、タケコはすでに、温かな湯気を立てているティーカップを持っていた。
いつの間に?
「おいしいわ」
「それは良かった」
カズマは、タケコに穏やかなそう声で答えたサンタに顔を向けた。
こんなどうでもいい疑問に、かかずらっている場合じゃない。
カズマは急くように質問をぶつけた。
「それでマコは、いまどうしているか、分かりますか?」
「ああ」
カズマはその返事にホッとした。
「彼女は無事ですか?トモエ王は彼女に?」
「トモエ王?」
タクミが口を挟んできた。
カズマはタクミに振り向いた。
彼が色々聞きたいだろう思いは分かるのだが…
「タクミ、悪いがしばらく口を閉じていて欲しい。頼む」
カズマから深く頭を下げられたタクミは、ひどく戸惑った様子で、だが「わかった」と言ってくれた。
カズマはほっとしてサンタに向いた。
「トモエ王は何もしていない。マコは帰って来ている」
「そうですか。それでは、いまはサンタ様の家に?」
「ああ。いる」
サンタの目が空間をすーっと横切った。
カズマはその視線がひどく気になり、同じように視線を向けたが、特別何もありはしなかった。
「黙って」
突然にタケコが言った。
「タケコ殿?なんです?」
「まあ、いいから。そこに、黙って座ってなさい!」
空いている椅子を指さしたタケコは、きっぱり命じるように言った。
なんだタクミに言ったのか?
だが、タクミは何も口にしていないのに…いったい?
「タクミは椅子が見えないんです。彼の中で存在していないものに座ろうとしても座れませんよ」
「椅子があるというのか?」
タクミの声には、ほとんど感情が込められていなかった。
彼に降りかかっているこの事態を、タクミは理解することを、放棄したのかもしれない。
「あーもう、ごちゃごちゃと、いらついてくるわっ」
タケコが叫んだ。
カズマは訳がわからず首を捻った。
「まあまあ、炎の魔女殿。そう苛立たず…」
「あなたは、よくもそう落ち着いていられるものね」
サンタの言葉に、タケコは噛み付くように言った。
カズマは祖母が何に対してイラついているのか、わけがわからなかった。
「慣れていますからね」
サンタはそう言って苦笑を浮かべた
「さあ、話を進めましょう。マコが人間に戻るためには…」
話し始めたサンタの言葉に、カズマは口を挟んだ。
無礼なことだと思ったが、とにかく気がせいて仕方がなかったのだ。
「マコを人間に戻すことも必要なことですが、彼女を妖精国から連れ出すことが先決ではありませんか?ここにいないものを、どうにも出来ない」
どうしたのか、タケコが噴き出し、腰を折って笑い出した。
「タケコ殿」
カズマは祖母を無視することにした。
「サンタ様、妖精国にあるあなたの家に行く方法は、ないのですか?」
「カズマ殿」
「はい」
「あなたはもうおいでだ」
「は?」
カズマはサンタの言葉の意味を図りかねて、眉を寄せた。
「ここよ」
タケコが言った。
カズマは困惑した。
ふたりは何を言っているのだ?
「いったい何の話です?」
「あなたも、そこの彼と同じということよ」
タケコは、むっつりとして立っているタクミを指さした。
「意味が?いったい何をおっしゃっているんです?」
「私の孫の頭は悪いほうでないと思っていたのに…。がっかりだわ」
がっかりを表現した祖母の様子に、カズマはむっとしたが、なんとか自分をなだめた。
「タケコ殿、分かるように説明してくださいませんか?」
「言葉のままよ。ここはサンタ様の家」
「そんなことは分かっていますよ」
「いえ。分かっていないわ」
「カズマ殿、私の家は、ここ一つしかないのですよ」
理解への助けを出すためのように口にされたサンタの言葉に、カズマははっとして息を止めた。
一つ!
先ほどタケコが言った言葉が、脳内で膨れ上がり、サンタの言葉と融合した。
カズマもタクミと同じだと祖母は言った。
謎だったものが一瞬にして明らかになり、驚きに打たれたカズマは大きく喘ぎ、座っていられずに勢いよく立ち上がった。
「いるんだ!」
叫びをあげたカズマは、空の椅子に畏怖の目を向けた。
「いるんだ!マコはここに!」
「ええ」
なんでもないことのように、タケコは同意し、空の椅子に振り返った。
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