kuruizakiに、ふぁんたじーだ
  
  恋に狂い咲き パラレルストーリー
  300万・400万ヒット記念企画 特別編
  (登場人物、狂い咲きのメンバー)


第十七話 勇ましき友



「カズマ、いったいどういうことなんだ?」

空の椅子を呆然として見つめていたカズマは、肩を強く揺すられて我に返った。

「マコが…妹が、本当にここにいるというのか?」

タクミに問われても、見えないカズマには返事のしようがない。

黙っていると、タケコが「いるわ」と言った。

「信じられない…」

カズマは、そう口にしてしまった自分が、なんとも腹立たしかった。

サンタを信じず、この家の存在を知りえないタクミに同情を感じていたのが…

自分もまた同じだったなど…

受け入れ難い…

「サンタ様…マコはその椅子に座っているんですね?」

「うむ」

その肯定を胸に受け入れるために、カズマはゆっくりと息を吐いた。

「彼女は…俺が見えているんですか?」

サンタが首を横に振るのを見て、カズマはほっとしたものを味わった。

マコの姿が見えてない彼のことを、彼女が見ているなど…そんな状況はいたたまれない。

「何故、我々はお互いの姿を見ることが出来ないのですか?」

「君が、私の家を二分しているからだよ」

「二分?どういう意味ですか?」

「カズマ殿、私の家は、ここひとつなのだよ。ここ以外にはないのだ」

「ですが…妖精国にあるあの家は…?」

「君らが、ここに来られるように、それぞれの場所の位置づけはしてある。君は人間国の地を目指し私の家に来る。だからマコが見えないし、妖精国側に存在できないのだよ」

位置づけ?それではまるで…

「では、サンタ殿のこの家は、人間国に存在しているわけではないと?」

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」

「それでは分かりません。いったい、正確にはどこにあるというんです」

「カズマ殿、それは愚問だ。ある場所にあるとしか答えようが無い。だが私はこうして実在しているし…」

そう話すサンタの姿が少しずつぼやけ始め、カズマは怪訝に眉を寄せた。

「カズマ、意識を元に戻しなさい!」

カズマは突然怒鳴りつけてきた祖母に向いた。

「な、なんです?」

「やめたほうがいいわ」

「何をですか?」

「いま自分がしそうになったことよ」

「おっしゃる意味が…」

「カズマ殿」

サンタに呼びかけられて、カズマはサンタに向いた。

その姿は先ほどのようにぼやけてはいない。

…なんだったんだ?

「いま、私の姿が消えかけたのではないかな?」

「あ…ぼやけた感じはありましたが…」

サンタは、カズマの意識に入り込もうとでもするように、強い眼差しでカズマを見つめ、固く頷いた。

「カズマ殿はいま、人間国にある私の家を無意識に否定しかけたのだよ。それゆえ、私の姿がぼやけた」

それでは、カズマもまたタクミのようになるところだったというのか?

「驚いたな…」

「私の家はどちらにも存在しておる。言葉で表すとおかしな表現になるが、二つの場所は私が存在するかぎり、物理的にも繋がっているのだよ」

「では、祖母のように、両方の家に存在するためには、どうすれば?」

「意識だから…方法とかじゃないのよ。そんなことより話しを進めましょうよ。このお嬢さんは、さっきからそうして欲しがってるわ」

そうだった。マコの存在…

だが、マコにもカズマは見えていない。

「マコは、この現状を理解したのですか?」

「あなたと同じくらいには」

タケコの説明で、カズマは一応納得した。

「カズマ、私にも分かるように説明してくれないか?」

そうだった。
カズマは後ろに立っているタクミに振り返った。

「すまない。お前のことを忘れているわけじゃないんだが…俺自身も…」

「それで?妹は、この場に本当にいるというのか?」

「いるらしい。残念だが俺にも見えていないし、マコも俺たちが見えていない」

「どうすれば会える?」

タケコが噴き出した。

「タケコ殿」

カズマは、祖母を睨みつけた。

「ごめんなさい。でも、私の立場になってちょうだい」

「我々には、マコは見えないのですよ」

「わかってるわ。それより話しを進めたほうがいいのじゃなくて。どんどん時間は過ぎてゆくし、彼が凍えてしまうわよ」

そのとおりだった。

カズマは暖を取ろうと、小刻みに身体を動かしているタクミを見つめ眉をしかめた。

「サンタ様、何か手段はありませんか?」

「妖精国側から、この家に来ることだ」

カズマは首をゆるく横に振った。

「ですが、妖精国への侵入は、現時点では難しいと。トモエ王は、むざむざ我々を…」

「カズマ殿、過去を辿ってみることだ」

過去を辿る?

カズマは、サンタの言葉に眉を寄せた。

妖精国への侵入…過去…

頭の中にひとつの情景がはっきりと浮かび上がり、カズマは椅子から飛ぶように立ち上がった。

「池、池だ。どうして忘れていたんだ!」

「順番ってものがあるからよ…」

「タケコ殿」

何気なくその言葉を口にしたらしいタケコに、いくぶんいさめるようにサンタは声を掛けた。

「あら、ごめんなさい。ともかく、さっさと行ってはどうかしら?」

「池に?」

そう聞いたカズマに、タケコが笑い出した。

「タケコ殿」

「分かりきったことを聞き返してくるからよ。ヒントは掴んだんだし、迅速に動いてはどうかしらね?」

しかめた顔をタケコに向け、カズマはタクミに振り向いた。

「タクミ、行こう」

「池とやらにか?そこに何があるんだ?」

「池があるさ。とにかく行くぞ」

「だがマコは?私は彼女に逢えないのか?いまここに…私の目の前にいるんだろう」

タクミは、カズマの心まで切なくなるほど、もどかしい表情で周囲を見回した。

「ここにいても、我々は会えない。だから、彼女に逢うために行くんだ」

「会えるのか?その池にゆけば」

「可能性は、いまよりぐんと増す」

カズマの言葉に、タクミは口元を引き締めた。

「わかった。…行こう」

「では、サンタ様」

カズマはサンタに向けて、深々と頭を下げた。

「ああ、待っているよ」

その言葉に、カズマは笑みを零した。

無事、妖精国にゆければ、そこでサンタに、そしてマコに…会えるのだ。

カズマはタクミの肩を叩いた。

「お前は、好きに突き抜けられるんだ。まっすぐ馬のところにゆけ」

「わかった」

タクミは迷いのある瞳でもう一度周りを見回し、そして彼の愛馬のいる方向へとまっすぐに歩き出し、壁を抜けて見えなくなった。

すぐにドアに向かおうとしたカズマは、空のソファの横で立ち止まった。

「マコ…」

カズマはそこにいると確信しているマコに手を差し伸べた。

「すぐに行くからな。待っていてくれ」

カズマは見えないマコを見つめ、決意を固めてドアから外に出た。





向かっている池は、妖精国のきこりの家の近くにあった、あの池と同じくらいの位置にある。

いや、僅かな狂いもなく、あの位置にあるのではないだろうか?

月夜なのだが、森の中の細い道までは、光を届けてくれず、あたりは酷く薄暗かったが、池へと向かう道は一本道、迷う心配はなかった。


「ここだ」

カズマは池のほとりで馬を止め、シルバーから飛び降りた。

それほど大きくない池は、取り立てて特徴もない。

黒々とした水面は、月を映し出していて、シンとした静けさと池の様子は、一種異様で薄気味悪くもある。

「ここが?カズマ、これから何をするんだ?」

カズマは鏡のような水面を見つめた。

「飛び込む」

「は?飛び込む?」

「ああ」

「お前、正気か?今は真冬だぞ。それもこの地域は特別寒いところだ。いま気温が何度か分かってないのか?それともお前の見ている世界は、真夏だとでも…」

「それはない。お前と同じものを見ているし、同じ世界にいるさ」

タクミは、苦々しい顔でカズマを見つめ返してきた。

「この池に飛び込めば、妹に会えるというのか?」

「まあ、そういうことになる」

タクミは、顔を強張らせた。

カズマを信じることでしか、いまタクミが感じている恐怖は拭い去れない。

「馬はどうする?」

「連れてゆくさ。サンタの家までは距離がある」

「サンタの家?」

「妖精国の…な」

「妖精国…そこにもサンタの家があるのか?」

「あるというか…」

カズマはタクミに説明を試みようとして途中でやめた。

口にしてみても、理解できないだろう。

そんなことで、時間を無駄にすることはない。

「カズマ、妖精国に行けば、私もサンタクロースに会えるだろうか?」

カズマは、真剣な瞳で見つめてくるタクミを見つめ返した。

「ああ。妖精国は魔力の濃度が強い。お前はサンタ様に会える」

タクミにサンタの存在を強固に信じさせることだ。

タクミに話した話は、真実でもある。

妖精国は、人間国より魔力に溢れた地域だ。信じる強さが加味されれば、タクミはサンタを見ることが叶うかもしれない。

たとえそれが無理だったとしても、妖精国に行きさえすれば、マコには必ず会える。

「タクミ、いま優先すべきは…ここに、馬ごとダイビングだ」

「馬は、恐れて飛び込まないぞ」

タクミの愛馬を思案するように見つめ、カズマはシルバーに顔を寄せた。

「シルバー、そいつに恐れる必要はないと教えてやれ」

シルバーはいななき、タクミの愛馬に向いた。

無言で意志を繋ぎあっているようだ。

しばらくの間があり、タクミの愛馬はいななくと、ご主人のタクミの腰の辺りに鼻面を押し付けた。

「ナイト、大丈夫か?」

タクミは不安そうに愛馬に尋ねたが、カズマはその質問はタクミ自身に向けられているように思えて、笑いがこみ上げた。

「タクミ、まずお前から行け」

カズマの言葉にタクミは目を丸くした。

「どうして私からなんだ?」

「俺が飛び込んでしまうと、お前を後押しする者がいなくなる」

「馬鹿な。私に、後押しなど必要ない」

カズマには、空元気としか思えなかった。

「なら、先でもいいだろう。行けよ」

タクミははっきりと恐怖の色を浮かべた目で、カズマを睨んできた。

「飛び込んだら…どうなる?」

「それは飛び込んでのお楽しみだ」

カズマはからかい含みにタクミに言った。

「…危険は?」

「危険はない」

「わかった」

タクミは、ごくりと唾を飲み込み、愛馬のナイトを池の縁まで移動させた。

ナイトは恐れなどみせていないが、上に乗っているご主人様はそうはゆかないようだった。

「俺が先に行くか?」

シルバーの背に跨ったカズマは、タクミに言った。

タクミは睨むような視線を向けてきた。

だが、真っ青な顔で憎々しげな視線を飛ばしてくるばかりで、何も言わない。

「タクミ」

「ナイト、行くぞ」

そう叫んだ直後、「はっ!」と馬に檄を飛ばすような声を発し、タクミは馬もろとも池へとジャンプした。

水音はしなかった。

水面はほんの僅かも波立つことなく、タクミの姿は消えた。

「あいつ…さすがというか」

カズマは勇気ある友を讃え、笑い声を空中に飛ばしながら、タクミの後に続いた。




   
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