kuruizakiに、ふぁんたじーだ
  
  恋に狂い咲き パラレルストーリー
  300万・400万ヒット記念企画 特別編
  (登場人物、狂い咲きのメンバー)


第十八話 ひとすじの涙



他にたとえようのない異質な浮遊感。

それは、自分が生身の人間であることに疑いを生じさせる。

何度経験しても、奇妙な体験だ。

静寂の中、一瞬の暗闇に包まれ、光がカズマの内へと、洪水のように流れ込んできた。

カズマは眩しさに、薄く目を開けた。

池のほぼ中央の空間に彼はいた。

ゆっくりと池の縁へと馬ごと下降していたカズマの目は、とんでもないものを捉えた。

地べたにタクミが転がり、トモエが覆いかぶさっている。

さらにトモエは、鋭い剣をタクミの顔に向け、いまにも突き刺しそうな勢いだった。

「何をしているっ!!!」

驚愕の一瞬が去り、カズマは辺りに響く声で叫んだ。

ぎょっとしたようにトモエが振り返った。

シルバーが地面に着地するより早く、カズマはシルバーの背から跳躍し、地面に降り立った。

カズマは勢いのまま、まだ驚きから抜け出せないらしいトモエへと走った。

トモエは初めの驚きから我を取り戻したのか、ぱっと立ち上がると、カズマに向けて攻撃体勢を取った。

「な、なぜ、お前がここに…」

「その質問は、俺からもさせてもらおうか?トモエ」

カズマは魔力を放出しつつ右手を捻って、炎をほとばしらせた。

彼はメラメラと燃える剣を、トモエに向けて構えながら、タクミの様子を窺った。

タクミは、頭が痛むのか、ふらつくのか、右手で頭を抱えて意識をはっきりさせようとするように首を振っていた。

どうやら無事のようだ。カズマは安堵した。

タクミの近くに、タクミの愛馬であるナイトがいたが、魔力で封じられてでもいるのか、まるで置物のように固まっている。

「タクミ、大丈夫か?」

たぶん、タクミは待ち構えていたトモエに、不意打ちを食らったのだろう。

タクミは青い顔をして、カズマを見つめ返してきた。

驚愕が取り去れないでいるものの、どうやら、傷は負っていないようだ。

「トモエ、タクミを待ち伏せていたのか?」

「どうしてそのような問いに、(われ)が答えなければならぬ」

カズマは眉を寄せ、怪訝な目でトモエを見つめた。

こいつは?

「死んだと思ったが…。どうしてここに現れた?」

「俺の質問には答えなかったくせに、俺には問うのか?」

トモエは、思案するようにカズマを見つめ、首を回してタクミを見つめた。

「あれが赤ん坊の兄者(あにじゃ)だ…」

赤ん坊の兄者?

カズマは目を細めて、相手の言っている意味を推し量ろうとした。

トモエの姿をしたこの者が、トモエで無いことは分かるのだが…

「こやつに付いてくる者がいたとは…」

「お前はトモエではないな。いったい何者だ?なんの目的でタクミを襲った?」

相手は感情の無い顔で、カズマを見つめるばかりで口を開こうとはしなかった。

「ここにタクミがくることを、お前はあらかじめ知っていたようじゃないか?」

カズマの言葉を耳に入れているのか、相手は唐突に残忍といえる笑みを浮かべた。

「我はトモエ王じゃ。妖精国の王じゃ。我に刃向かう無礼者は、誰であろうと殺すのみ」

軋むような声には、顔と同じに黒い残忍さが滲んでいた。

「むざむざやられると思うのか?」

カズマの挑むような声に、相手はケタケタと笑った。

相手は突然剣を振り上げ、カズマに向けて切りつけてきた。

カズマは、なんとか攻撃を剣でかわしたが、衝撃の反動を食らった手に、かなりの痺れが残った。

魔力の差をまざまざと見せ付けられ、カズマは顔を歪めた。

いま、敵は渾身の力で切りつけてきたわけではない。

軽く振り下ろしてきただけと思えた。

こいつ、並みの力じゃない…

思い上がっているわけではないが、カズマの魔力は相当なものだ。

魔女タケコに匹敵するほどの魔力は、あるはずなのに…

「我に逆らうものは殺すのみ。お前なぞ、この池に飛び込み、消えてしまえ」

相手は、カズマの力を見切ったからか、カズマなど相手にする必要も無いと思ったようだった。

もちろん相手に見下され、カズマははらわたが煮えくり返る思いだったが、どれだけ憤っても、それが真実ではどうしようもない。

闇雲に切りかかったりすれば、カズマの屍がそこらあたりに転がるだけ…

どうすればいい…?どうすれば?

相手がタクミに目を向けたのをみて、カズマはタクミに駆け寄った。

相手は数歩歩き、タクミとカズマの前に立った。

その目はタクミだけを見つめ、カズマなど映っていないようだ。

「我の欲するものを運びし者よ、さあ、闇の目を我が手に」

闇の目?

「いったい?」

そう言ったタクミははっとしたように、自分の腰にぶら下げている袋に手を当てた。

「それか?」

そう口にした敵の目が、喜びを表して、ぎらぎらと燃え始めた。

そうか!

こいつの狙いは、タクミが抱えている闇の玉か!

「お前…闇の魔女と関係のある者か?」

カズマの言葉を聞いた相手は、目を眇めるようにしてカズマを見つめてきた。

「我こそが闇の魔女じゃ!闇の目は我のものじゃ。はよう我が手に!」

「皆様、お集まりでしたのね。ごきげんよう」

この場の殺気に不釣合いな、なんとも礼儀正しい声がして、カズマはぎょっとして声の主に振り返った。

「あ、あなたは」

敵の登場より、カズマは度肝を抜かれた。

声の主は、トモエの乳母シオンだった。

妖精国の王の城に行くたびに、顔を合わせてきた相手。

彼女は、自己中心的でわがままなトモエの母よりよほど、トモエを愛し慈しんでいた。

「馬鹿な!いったいどうしてこんなところに」

「もちろん、貴方がたをお助けに参ったのですよ」

シオンはほんのりした微笑をたたえて言いながら、自然な歩調で歩んでくる。

「その者に近づいてはいけません。このトモエは、トモエではないのですよっ!」

カズマの必死な叫びに、シオンはゆるく首を横に振った。

「いいえ、そんなことはありませんわ。カズマ様、この方はトモエ様ですよ」

まるで間違いを、やさしくたしなめるように言われて、カズマは強烈に苛立った。

この場の異様さにどうして気づかない?

「おぬしは?」

トモエの姿をした敵は、シオンを見つめて、憎々しげに顔を歪めた。

「邪魔立てをするな!」

シオンは突然表情を変え、肩を竦めた。

「するに決まってるわ。指を咥えて、あんたの狼藉をこの私が眺めていると思って」

カズマはシオンの物言いに眉をひそめた。

彼の知っている彼女らしくない。

「おぬしの力など、赤子同然じゃ。我に勝ると思うなど、愚かなことぞ」

シオンは恐れの色もなく、敵の目を見つめ返した。

「愚かはどっちかしらね。時は経過しているのよ。お前には関係なかっただろうけど」

敵はよほど憤ったのか、ギリギリと歯を軋らせた。

「こしゃくな!」

敵は、シオンに向かって、金属を擦り合わせたような苛立ちの声を張り上げ、突如切りかかった。

もちろんカズマは助けに入ろうとしたが、シオンが杖を手にしているのを見て、動きを止めた。

あの杖?

「まさか?」

カズマが驚きとともに叫んだ瞬間、まばゆい光がきらめき、彼は眩しさに目がくらんだ。

いったい…

「ひさしぶりじゃないの、闇の魔女。…まったく、無様な姿ね」

カズマは目をあけて、目の前の事態を見た。

黒い影のような像がいた。

目のあたりだけが、異様な光を発している。

「どう、本来の姿に戻れた気分は?」

「お黙り!」

「カズマ!タクミを守りなさい!」

高飛車に命じられ、カズマは冷静に受け止めて素直に従った。

同時に黒い影も行動を起こした。

「闇の目は我のものじゃ」

「タクミ、闇の目を渡しては駄目よ」

タクミは慌てたように玉が入っている袋を両手で抱え込んだ。

カズマは影より先に、タクミに覆いかぶさった。

「邪魔者めっ!」

「やめろーっ!」

その叫びはトモエのものだった。

「ギャーッ!」


影のものだろう、身の氷るような断末魔のような叫びが背後で聞こえ、カズマはタクミに覆いかぶさったまま、後に振り返った。

影を貫いているのは純白の眩しい光を放つ、トモエの剣だった。

「トモエ」

トモエは、渾身の力で剣を握り締め、両肩を上下させて激しく息をついている。

「カズマ、ぼけっとしてないで、トモエ王の加勢をなさい!」

叱責するように怒鳴られたカズマは、さっと立ち上がり、意識無く光の剣を創り上げていた。

カズマは勢いよく、いまもまだもんどりうっているように見える影に、剣を突きたてた。

もがき苦しむような悲鳴が微かに聞こえたような気がした。

数秒待つことなく、異様な影は煙のように消えた。


カズマは、しばし状況を飲み込もうとするように、立ち尽くしたまま彼の前にいるトモエを見つめていた。

トモエがガクリと膝を折り、前屈みに倒れた。

「トモエ!」

「いったい、何がどうなったんだ?」

カズマの側にいるタクミが、呆然とした口調で言うのを耳にしながら、カズマはトモエに近づいた。

すでにシオンがトモエに寄り添っていた。

「トモエは?彼は?」

「質問は、いまはいいわ」

シオンはカズマに向けて言うと、トモエの額に触れて、そっと前髪をかき上げた。

「トモエ王…よくやったわ」

称賛とねぎらいのような乳母の言葉を聞き、トモエ王は顔をくしゃりと歪めた。

「終わったんだ、終わったんだ、終わったんだ…」

繰り返されるトモエの叫びは、聞くものの胸を疼かせるほど、深い感慨を込めた震えを帯びていた。

「ええ、終わったのよ」

シオンは確信を込めた言葉を、トモエに告げた。

頷いたトモエは、深い安堵のこもった顔になり、はーっと息を吐き出しながら、ゆっくりと目を閉じた。

その頬に、ひとすじの涙が伝った。




   
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