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第十九話 楽しい謎解き
「いまここで何が起こったのか、分かるように説明してもらえませんか?」
タクミのその問いに、カズマは振り返った。
「そんな話は後よ!」
タクミを厳しくいさめるように怒鳴りつけたシオンは、手にした杖を唇に押し当て、振り上げながら口笛を吹いた。
高音のきれいな響きが、空中を震わせる。
カズマは、シオンが半抱きにしているトモエの様子を窺った。
かなり憔悴しているようで、ぐったりとして、目を開けない。
どうやら、カズマが思ったよりも、トモエは深刻な状態のようだった。
「トモエ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわ」
カズマの質問に、高飛車に答えてきたのは、もちろんトモエではない、シオンだ。
「魔力をとことんまで使い切ってるのよ、早く休ませなきゃならないわ」
カズマはこの場を仕切るようにハキハキとものを言うシオンを見つめた。
正直、タクミに負けず、カズマも彼女に問いたいことがある。
だが…いまは…
馬が駆ける蹄の音が聞こえ、カズマは音のする方向に顔を向けた。
「誰か来るぞ!」
そう緊張を含んだ声で叫んだのはタクミだった。
「誰も来ないわ」
「ですが、馬の蹄の音が近づいて…」
「私が呼んだのよ」
あっさり言ったシオンの言葉を、カズマは理解していた。
きっと、先ほどの口笛だろう。
馬の駆けてくる音が徐々に大きくなり、トモエの愛馬ブラックが姿を現した。
「大きいな」
タクミは、突然現れたブラックのたくましい肢体を、ほれぼれと見つめながら言った。
ブラックは不安そうな色をその目に浮かべつつ、自分の主人であるトモエに近づいてくると、トモエの顔を覗き込むように頭を屈めた。
「ふたりして、トモエ王を彼の背に乗せてちょうだい」
シオンに命じられ、カズマはすぐに動いた。
彼女が何者かなど知らないタクミの方は、突然現れた女から高飛車に命令されてかなり不服そうだ。
カズマはタクミと力を合わせ、トモエをブラックの背になんとか跨らせた。
跨りはしたものの、馬の背で前屈みになった姿勢では、いまにもずり落ちそうだ。
「私がトモエ王の後ろに乗って、彼が落ちないように支えるわ」
「それがいいですね」
シオンは弾みをつけてさっとブラックに跨った。
手伝いを終えたタクミの方は、自分の愛馬のもとに駆け寄って行った。
闇の魔女から、呪縛を受けていたナイトは、魔女が消えるとともに、縛りを解かれたようだった。
愛馬になにやら語りかけたタクミは、ナイトに跨ると彼らの元にやってきた。
カズマもシルバーに跨った。
「それじゃ、行きましょう」
シオンはペチペチとブラックの背を叩き、歩かせた。
その方向は、きこりの家へと続く小道だ。
「トモエ王は、城に連れ帰るのでは?」
「こんな状態の王を、城に連れて帰れるわけがないでしょう。大騒ぎになるわ」
シオンは振り向きもせずにそっけなく答え、どんどん先に進んでゆく。
確かにその通りだ。
それじゃあ、サンタ様の家か…
カズマの気持ちとしては、トモエをマコの待つサンタの家に連れてゆきたくはないのだが…
いまのトモエの状況では、そんな彼の勝手を言っている場合ではない。
三頭の馬は、トモエ王の身体に負担を掛けない程度にスピードを上げ、サンタの家を目指した。
「カズマ、この道の先に、ほんとうにサンタの家があるのか?」
「ああ」
「私は…」
タクミの不安は手に取るように分かった。
「心配するな。お前はマコに必ず会える」
「そう、そうだな。だが…サンタの家が存在するのなら…私も…」
「ここは妖精国なんだぞ。ここの神聖な魔力は、お前にも力を貸してくれる」
カズマは力強く請け負うように言った。
タクミは、その彼の言葉にすがるように頷いてきた。
「そうか、ここは妖精国なんだったな」
タクミは池に飛び込んだ時のことでも思い出したのか、やたら渋い顔になった。
「お前は勇ましかったよ」
鼻の頭に皺を寄せたタクミは、愉快そうに言ったカズマを睨んできた。
「妹に会えるんだ。やれと言われれば、なんでもしたさ」
「そうか」
考えてみれば、タクミはカズマとマコの関係を知らないのだった。
言っておくべきだろうか?
それにまだマコは妖精の姿…
カズマは眉をひそめた。
闇の魔女は消えたのだ。
そのおかげで、タクミの愛馬に掛けられた呪縛も解けた。とすると…
マコは人間の姿に戻っているのではないだろうか?
だとすれば、もうなんの障害も無く、マコは人間国に戻れるということ…
自分が導き出した答えに、カズマは思わず明るい笑みを浮かべた。
マコを人間国に連れ帰り、カズマの妃とするのだ。
両親だけでなく、彼に小言ばかり言うクニムラなど、狂ったように喜ぶかも知れない。
ノモト公爵夫妻も、カズマがマコを妻に娶るといえば、反対などすまい。
残るは…
カズマは彼と並んで馬を走らせている友を窺った。
こいつ…反対などしないよな…?
そう思いたいが…
こいつは、カズマとマコの結婚を喜びそうに無い。
「あれは?カズマ、あそこに家が見えるが…もしや、あれか?」
心もとなそうにタクミは聞いてきた。
カズマは、結婚のことは一時置いて、やたらほっとした。
どうやら、サンタの家がタクミにも見えたらしい。
「よかったな、タクミ」
カズマは笑みを浮かべてタクミに言った。
タクミはカズマの返事に、少年のように顔をほころばせた。
トモエとシオンを乗せたブラックが柵の中へと入り、続いてタクミがそしてカズマも入った。
サンタの家の玄関ドアが開き、サンタに続いてマコが姿を見せた。
「マコ…あ、あれが…あれが、そ、そうなんだな」
タクミは震える声で、自分に言い聞かせるように言った。
「カズマ様!」
嬉しさを胸いっぱいに滲ませた声で、マコがカズマに向けて呼び掛けてきた。
カズマはシルバーの背から飛び降りると、マコに駆け寄り彼女を力一杯抱きしめた。
「マコ」
湧きあがる喜びに浸りながらマコを抱きしめたカズマは、背中をきつめに叩かれた。
「カズマ、そんな場合じゃないのよ!」
シオンの強烈な叱責を背中に食らい、カズマは渋々マコを放した。
「マコ…」
ひどく戸惑ったようなタクミの呼び掛けに、マコはタクミに顔を向けた。
「トモエ王が力を使い果たしたの。すぐに治療しないとならないわ」
彼のすぐ隣では、シオンがサンタに切迫した声を掛けた。
そうだ。トモエ…
「わかった。私のベッドを使うといい。カズマ殿」
カズマはサンタに頷いて応えた。
残念だが、マコとの再会をこれ以上味わう暇など、いまはないようだ。
「マコ、彼が君の兄君である、タクミだ」
カズマから紹介され、マコは恥ずかしげにタクミを見つめた。
そんなマコにタクミも近づいたが、ふたりは黙ったまま、どちらも声を掛け合わない。
「カズマ、早く!」
せっつくように言われて、カズマはまだブラックの背に乗っているトモエを抱え降ろした。
「タクミ殿。今度は私が見えるかね?」
サンタから冗談混じりに声を駆けられ、タクミが照れたような困ったような顔をサンタに向けたところまで付き合い、カズマはトモエを背中に担ぎ上げた。
カズマは三人の様子を気にしつつも、足早にサンタの部屋へと向かうシオンの後についていった。
「そっと寝かせてあげてちょうだい」
頷いたカズマは、シオンの注文どおり、衝撃を与えないようにトモエをベッドに横たえた。
血の気が失せたように、ずいぶん青白い顔をしているのをみて、不安が増した。
「トモエは大丈夫なのですよね?」
「もちろんよ。魔力を回復すれば、元に戻るわ」
「普通に寝ていればいいんですか?」
「いいえ。そう簡単じゃないわね」
シオンは上の空のように答えながら、いつの間に取り出したのか、籠のような入れ物から何か小さな器を出している。
「そうか。俺に飲ませた薬か」
シオンは首を振って否定した。
「違うわよ。あれは傷を癒す薬。魔力回復はまた別物よ」
そうなのか?
「あなたはもういいわ。皆のところにおいきなさい」
すでに邪魔者と言わんばかりに言われ、カズマは顔をしかめたものの、もちろんマコの元に行けるのは嬉しい。
それでも、トモエのことをこのまま放ってゆくのも忍びない。
「闇の魔女は、トモエに憑依していたのですか?」
「ええ」
「いったいなぜトモエに?」
そう言ったカズマは、眉を寄せた。
「いったいいつから?」
「その話は長くなるから後で教えてあげるわ。もう邪魔だから出て行ってちょうだい」
すげなく言われたが、カズマの中には、大きな問いがもうひとつ居座っている。
「貴方はシオンではないでしょう?」
鉢に入れたものをゴリゴリ磨りながら、シオンが笑い声を上げた。
「私はシオンですよ。トモエ王の乳母」
「言って置きますが、俺には分かりますよ。貴方は炎の魔女タケコだ。なにより、祖母の杖を持っていたではありませんか」
「だからってシオンで無いということにはならなくてよ」
「それは、どういう意味です?」
「もう煩いわね。飛び回るハエみたいに、いつまで私の邪魔をするつもり?」
言葉通り、ハエを追うように手を振りながら文句を言われ、カズマはむっとしたものの、おとなしく部屋を出ることにした。
いまはトモエの回復の邪魔をすべきではない。
話は後で聞けるだろうし…
サンタの部屋のドアを開けたカズマは、目の前にマコがいて驚いた。
「マコ、こんなところに…どうしたんだ?タクミは?」
「な、なんだか…その…ご一緒しているのが恥ずかしくて…。それにトモエ様も心配でしたし…それに…それに…」
「俺がここにいたからか?」
彼のやさしい問い掛けに、マコの頬が彼の言葉を肯定するように赤らんだ。
「だが、タクミは君に逢いたくてならなかったんだぞ」
マコが自分を求めてきたことが心の余裕となり、カズマはマコをたしなめるように言った。
「あの方…タクミ様は…」
「兄だよ、マコ。兄様と呼ぶのがいいんじゃないのか?」
「そうすぐには呼べません」
そんなものか?
「とにかく、ふたりのところに行こうか?」
「あの、トモエ様は?どうして傷を負われたのですか?」
「傷を負ったわけじゃない。彼は魔力を使いすぎたのさ」
「魔力?いったい何事があったのですか?」
「その話もするよ。行こう」
カズマはマコの腰に手を回し、彼女を自分に引き寄せるようにしながら歩き出した。
マコは頬を染めつつも、カズマの側にいられて幸せそうだ。
後は婚儀だけだな…
そう考えたカズマは眉をひそめ、マコをまじまじとみつめた。
彼の視線に気づいたマコが、カズマを見返してきた。
「どうかなさったのですか?カズマ様」
「い、いや…なんでもないんだ」
どうやら、何もかも終わったと思うのは、勇み足、大きな間違いだったようだ。
マコは妖精族の姿のままではないか…
闇の魔女は消えたのに…どうして?
「カズマ様?」
カズマはマコを見つめた。
「マコ、まだもうひとつ解決していないことが…」
彼は、マコが妖精族であるという証といえる、とがった耳をそっと摘んだ。
「手掛かりを、探さないとならないみたいだ」
「カズマ様、いったい?あ…」
マコは、カズマが問題視していることに気づいたようだった。
だが、どうしてなのか、マコの顔がみるみる赤らんでゆく。
「マコ?」
「な、なんでも…な、ないんです」
なんでもないことはなかった。
はっきりとした動揺を見せ付けておきながら、なんでもないといわれても、なにかあったと大声で叫んでいるようなもの…
「マコ、いったいなんなんだい?」
そう尋ねて、カズマは眉を寄せた。
「君、何か知っているな?」
カズマの言葉に、マコはぎょっとしたようにピョンと飛び上がった。
「マコ?」
カズマの手をすり抜けたマコは、慌てた足取りで飛ぶように逃げ出し、サンタとタクミがいるはずの居間に、あっという間に飛び込んでいった。
いったいこいつは?
マコは何を知っているんだ?
カズマは背筋を伸ばし、居間へと足を向けた。
謎解きは楽しいものだ。
凄みのある笑みを浮かべたカズマは、くっくっと笑い声をあげた。
ゆっくりと時間を掛けて、マコから聞き出してやるとしよう…
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