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第二十話 凄まじい尊敬と強烈な憐れみ
居間に入ったカズマは、空いている椅子を確認して眉を上げた。
マコは1人掛けの椅子に座っていて、これではカズマが隣に並んで座るというのは無理だ。
もう一脚の1人掛けの椅子にはサンタが座り、ふたつある長椅子のひとつにタクミが座っている。
考えてみたら、この家具の並び…
「カズマ殿、どうかしたのかね?」
いつまでも立ったままでいるカズマに、サンタが声を掛けてきた。
「あ…いえ、向こうの…人間国のサンタ様の家と、比較を…」
カズマの言葉にサンタは愉快そうに笑い、笑われたカズマはサンタに渋い顔を向けた。
「分かっていますよ。同じ場所だとおっしゃりたいのでしょう?だが…」
妖精国のサンタの家の外観、そしてこの部屋…まるきし違う。
これだけ違いがありすぎては、同じ場所だなどと思えるはずもない。
当然のことかも知れないが…家具の配置だけは同じ…
マコがいま座っている椅子は、人間国のサンタの居間の、あの空だった椅子…
あの時、マコはずっとこの椅子に、そしてあの椅子に座して…
「あー、頭が混乱して…」
「カズマ、お前、何を言ってるんだ?」
混乱などしていないらしいタクミから、不思議そうに問われ、カズマはむしゃくしゃして仕方がなかった。
「だから、この部屋だ。あっちの部屋とこっちの部屋と、同じ場所だと言われても、同じに思えないんだ」
言うに言えないほど、もどかしくてならなかった。
その認識が邪魔をし、カズマがふたつの場所に同時にいられない原因だと分かるのに…
「カズマ殿、こうして会えたのだ。あまり考え込んでしまうと、カズマ殿の意識の中に、私は存在出来なくなってしまうやもしれぬ」
その通りかもしれない。
カズマは気まずさに囚われた。
結局、彼は、祖母に出来て自分に出来ない事実が悔しくてならないのだ。
「私は人間国にあるらしいサンタ様の家は見られなかったからな。…お前は両方とも認識出来るだけいいじゃないか。それが同じ場所にあるだなんてこと…私にはもう理解が及ばない」
「あの、私もよく分かっていないんですけど。…本当に、先ほどカズマ様と…あの、お、お兄様は…いらしたのですか?ここに?」
マコは、お兄様という言葉を、ひどく遠慮がちに恥ずかしげに、やっとという感じで口にした。
タクミはと見ると、お兄様とマコから呼ばれて、嬉しさをあからさまにするのが照れくさいらしく、顔に滲む喜びを押さえ込もうとしているようだった。
立ったままだったカズマは、ふたりのそんな様子を観察したあと、タクミの隣に座り込んだ。
「座れてよかったな」
椅子に座り込んだカズマは、横に座っているタクミの姿をわざとらしく眺め回し、からかうようにタクミに言った。
タクミは別におもしろくもないといわんばかりにそっけなく、「まあな」と言い、カズマを無視するような態度で、サンタに顔を向けて口を開いた。
「そういえば、タケコ殿は?帰ってしまわれたのですか?」
サンタは笑みをたたえてタクミを見返し、笑いのある意味深な瞳をカズマに向けてきた。
「そうだった。そのことをお聞きしようと思っていたのですよ」
「分かったのかな?」
サンタの可笑しそうな問い掛けのおかげで、カズマの確信はより確実性を増した。
「あれはいまだけのことですか?それとも…以前からずっと?」
「ずっとだ」
サンタの返事に、カズマは過去を思い返して、呆れたため息をついた。
「いったい何の話をしておいでなんですか?こちらにはさっぱり意味が、君は、…分かるのかい?」
タクミはマコに向けて問い掛けたが、どうやらマコと口にして名を呼ぶことが出来なかったらしい。
「わ、私も…おふたりが、何を語っておいでなのか、さっぱり…」
「トモエの乳母だ。あれは俺の祖母、タケコであり、炎の魔女だ」
聞いた言葉が、理解の範疇を超えたのか、タクミは無表情のままだった。
「そ、それでは、シオン様は、カズマ様のお祖母様でいらしたのですか?」
タクミより、魔力というものに馴染みのあるマコは、すんなりとこの事実を受け入れたようだった。
「ああ。そうらしい。そうなのでしょう?サンタ様」
「トモエ王を保護するために、そうしたのだよ」
「トモエ王?あの闇の魔女の憑依と、何か関係があるのですか?」
カズマはサンタに問い掛けた。
「闇の魔女?憑依とはどういうことですの?」
意味が分からないマコが、戸惑ったように質問してきたと思ったら、横合いからタクミまで口を挟んできた。
「ちょっと待ってくれ、まだ話がついてないんだぞ」
カズマは渋い顔でタクミとマコを見つめた。
さくさくと話を聞き出したいのに、事情が飲み込めていないこのふたりは、ことあるごとに会話の邪魔をしてきそうだ。
「ついていない話ってのはなんだ?」
カズマは辛抱強く、まずタクミに問い掛けた。
「だから、トモエとかいう者の看病をしてる女性だ。あの人とタケコ殿が、同一人物だとかって、言わなかったか?」
「言った。シオンはトモエの乳母で、私も妖精国の城に行くたび顔を合わせていたのに…。それは祖母のタケコだったという事実を、初めて知ったわけさ」
「どうしてタケコ殿だと分かるんだ。まったく違う女性だぞ」
「タケコ殿は変身の術が得意なのだよ」
「あぁ」
サンタの説明に、マコは思わずというような納得した声を上げた。
三人がマコに顔を向け、マコは困ったように小さく頷いてから語り出した。
「カズマ様が妖精族の少年の姿をなさっていたのは…シオン様の魔法だったのかと」
「ああそうだ。妖精国に侵入するために、祖母に姿を変えられたんだ」
「そうだった。そう言ってたな。だが、話を聞いても、正直、半信半疑だったが…」
何を思い浮かべているのか、タクミは急ににやつき始めた。
「チビなカズマとは…見てみたかったな。さぞかし、生意気な坊主だっただろう」
余計なお世話だ…
むっとしたカズマとはあべこべに、兄の言葉にウケたのか、笑い声を上げていたマコが、楽しげに口を開いた。
「とても凛々しいお顔立ちで、可愛らしい坊や…」
マコは、何を思い出したのか、急に言葉を止めて固まった。
「マコ、どうしたね?」
どうやら理由を悟ったらしいサンタが、からかうようにマコに問い掛けた。
「な、なんでも…あ、ありません」
しどろもどろになって、赤くなった顔を伏せたマコを見つめているカズマも、マコの反応の理由に思い至っていた。
きっと彼女は、同じベッドで、ふたりが一晩明かしたことを思い出したのだろう。
「祖母と、シオンは同一人物ってことで、理解してもらえたということで、話を進めるぞ。いいかふたりとも?」
「ああ」
頷いたタクミからマコへと視線を向けたが、マコはカズマの視線を避けた。
カズマはマコの反応に、内心にやついていた。
マコには、あの夜のことを、充分に思い出しておいてもらおう。
「あ」
また突然に、マコは何か思いついたらしく小さな声を漏らした。
今度はなんだ?
「マコ?」
「い、いえ…ブラックに乗っていらしたから…そうだったのか…と、思いついて」
「は?それはどういう話だい?」
「ごめんなさい。たいしたことでは…お聞きになりたければ、後で話します。どうぞ話を続けてください」
マコの促しに、サンタが「それでは」と、話を始めてしまった。
もちろん中途半端なマコの話は、カズマにとって、ずいぶんと気になった…
まあ、後で聞くとするか…
「過去に起こった一連の出来事を話すとしよう」
サンタの言葉に、三人は頷き、神妙に耳を傾けた。
「理解しておいて欲しいのは、闇の魔女は、未来を見通す術を知っていたということだ。彼女はその術で、様々な未来を知ることが可能だった」
「未来を…」
ありえないだろうというように口にしたタクミを見つめながら、カズマは腕を組んだ。
「それはまた凄い術を」
サンタは頷き、また語り始めた。
「彼女は自分の術は完璧と思い込んでいた。だが、ありがたいことに、その術は、彼女が自負するほど完璧なものではなかったのだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だからこそ、我々は、闇の魔女に対抗する手段を、あれこれ講じることが出来た」
対抗する手段?
「いったいどんな?」
「そのひとつが、タケコ殿を乳母シオンとして側に置くこと」
「トモエを守るために?」
「そうだ。闇の魔女は、すでにかなりの老齢だった。禁じられている魔法に手を染めていたことも寿命を縮める要因となっていたろう。…彼女は未来を見通す術によって、己の死期が近いことを知った。そして…ある陰謀を企てた」
「いったい、何を?」
「他者の身体を乗っ取り、自分のものにしようと考えたのだ」
マコは喘ぐように息を吸った。
カズマも眉をしかめ、口元を強張らせた。
「妖精国の王であるトモエの身体をか。なんてやつだ。しかし、いったいいつ、トモエは闇の魔女に?」
一方的にカズマに絶交を言い渡し、妖精国から締め出した一年前か?
「マコをさらった同時期だよ」
「は?」
カズマは驚きに思わず固まった。
「トモエ殿はまだ幼子だった。闇の魔女はマコをさらって妖精国に捨て、トモエ殿の身体に住み着いた」
「まさかトモエは、闇の魔女に憑依されたまま成長したのか?いったいトモエは…」
これまで長い年月、そのとんでもない事実と向き合ってきたためか、サンタの顔は曇り、その瞳は憂いを帯びた。
「少しずつ、人格を破壊してゆくつもりだったようだ」
人格を破壊の言葉に、聞いていた三人はぎょっとした。
「だが、取り付いた相手は、闇の魔女の思惑通りにはゆかなかったということなわけですね?」
カズマはトモエに対して、凄まじい尊敬と強烈な憐れみを感じた。
彼は生きながら戦い続けてきたのだ。
カズマと妖精国のあちこちに探索に出掛けたり、城の中で悪意のない悪ふざけをしていたときですら…トモエは己を破壊しようとする己の中に住み着いた邪悪な存在と…
考えるだけで身の毛がよだつ…
「トモエ殿は幼いながらも妖精族の王家の血筋。闇の魔女はトモエ殿の持つ莫大な魔力をも手に入れられると目論んでいたのだろうが、その魔力が、彼女にとっては仇になったというわけだよ」
「だが、闇の魔女の方も、かなりの魔力を持っていたわけでしょう。幼い子どもに取り付いて、その魔力で一気に片をつけようとしなかったのは腑に落ちませんが…」
サンタの語る話に耳を傾けていたタクミが、サンタに聞き返した。
トモエとはこれまで縁もゆかりも無く、それどころか池で突然に襲われたタクミにとって、トモエの身に降りかかった不幸な出来事も、カズマやマコとは違い、冷静に受け止められるようだった。
「自分の魔力を持ったままでは、憑依できぬのだよ」
「どうしてです?」
「魔力とは、それぞれの母体が作り出すもの。それぞれに個性がある。血を分けた肉親同士であれば、類似した魔力を持つが、闇の魔女と妖精族の王家の魔力は、けして交じり合うことはない」
「そんなものなのですか?」
「ああ。妖精族の魔力は聖なるものと位置づけられるほどだ。逆に闇の魔女の魔力は、邪なる種類」
タクミとサンタの話を聞いていたカズマは、次の答えを求めてサンタに語りかけた。
「それじゃ、闇の魔女は、自分の魔力を全部捨てて、トモエの身体に入り込んだ?」
「捨ててはいないわ」
ドアの入り口から、タケコの声がして、全員彼女に向いた。
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