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第二十一話 不可解な反応
「タケコ殿、トモエ王の具合は?」
尋ねたサンタに、タケコは安心させるように頷いた。
「ええ。出来るだけの処置はしたわ。あとはたっぷりと休養と栄養を取って寝てれば、じき回復するわ」
皆に向けたタケコの言葉に、カズマは安堵した。
「トモエ様は、いま眠っていらっしゃるんですか?」
「ええ。明日か明後日くらいまで起きないかもね。彼がいないことで騒ぎにならないように、後で城に行って、適当に誤魔化してくるわ」
マコの質問に答えたタケコは、空いている椅子にどさりと座り込んだ。
トモエの治療で魔力をかなり消費したのだろうか、ひどく疲労しているように見える祖母に、カズマは眉を寄せた。
「タケコ殿、大丈夫ですか?」
「ええ。まあね。いますぐ踊れと言われたら、さすがに断るけど…」
疲れの滲む声でそっけなく言うと、タケコは大きく息をついた。
「タケコ殿がシオン殿だったとは…気づきもしませんでした」
カズマは眉をしかめてタケコに言った。
タケコはカズマに視線を向けて眉を上げ、肩をすくめてみせた。
「悟られるわけにはゆかなかったのよ。闇の魔女に、シオンが私だと気づかれたら、とんでもない事態になったわ」
「どんでもない?いったいどんな?」
「あの女には、自分の作戦がうまくいっていると思わせておく必要があった。…悪知恵だけは回る女だったから、万が一のために、色々小賢しい罠を仕掛けてたわ」
憎々しいとばかりに、顔を歪めて宙を見据えていたタケコは、また息をついて皆に向いた。
「とにかく私たちは、表向き、あの女の計画通りに事を運んでやったわ。ずっと自分の思い通りに進行しているとあの女に思わせ続けた。油断させて、最終的にふいをつくために…」
「それが、あの池での出来事だったというわけですか?」
「ええ、そう。何もかもあの女の思惑通り。そうだわ…」
タケコは急に思い出したというように、身体を起こしてタクミに向いた。
「タクミ、持っている玉を出して」
玉…そうだった。
タクミは素直に頷き、腰に下げた袋の口を開けて、中から箱を取り出した。
タケコの方もなにやら懐から取り出し、素材は分からないが、奇麗な網目の袋の口を開けた。
「これに入れてちょうだい。私の手に触れたりしないよう注意してちょうだいよ。触れたら、皮膚がただれるくらいではすまないかもしれないから」
タクミが手にしている箱に、タケコは嫌悪の混じった眼差しを向けながら、きつい声で言った。
言われたタクミはぎょっとし、自分が手にしている箱を凝視した。
「こ、これは、そんなにも危ないものなのですか?ですが、私はすでに素手で掴みましたよ」
タケコは鷹揚に手を振ってみせた。
「魔力が無いものにはなんの影響もないわ。魔力を持つ者には、魔力の大きさに応じて、極度の拒否反応を引き起こすのよ。いいから、さっさと入れて」
なかなか手を動かそうとしないタクミに、タケコは強く命じるように言った。
大丈夫と言われても、タクミはずいぶん躊躇した様子だったか、タケコに再度催促されると、恐る恐るという手つきで箱を掴みだし、タケコの持っている袋に気を配りながら入れた。
タケコは眇めた目で箱を嫌そうに見つめ、すぐに袋の口を閉め、固く紐で閉じた。
「やれやれだわ」
タクミと祖母のやりとりを眺めていたカズマは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あの…あまり聞きたくないが…」
自分に向けられたタケコの笑みに、カズマは答えを知る前から嫌な気分に囚われた。
「その箱、俺が掴んでいたら…」
「掴みはしなかったじゃないの」
タケコにしれっとした顔で言われ、カズマは憤慨した。
そういう問題ではない。
あそこでタクミの同行を拒否していたら、カズマは間違いなく、差し出された箱を手に取っただろう。
相手がなんの不都合も無く、素手で持っているのではなおさら…
ぞっとすると同時に、最悪な数値まで気分が悪くなった。
「言っておいてくださいよ!」
カズマの憤懣やるかたない文句に対して、タケコはケラケラ笑い出した。
「玉を運ぶ者はタクミ殿とサダメられていたのだよ。そう闇の魔女が決めたのだから」
そうサンタに言われたタクミは、憮然としたように椅子に凭れた。
「なんか、嫌だな。闇の魔女とかに、好きに使われたみたいで…」
「そう不満がるな。どうせ俺も同じだ」
「いいえ、カズマ、お前は違うわ」
カズマは眉をひそめて、タケコに向いた。
「どういうことです?」
「お前は、闇の魔女とは無関係な存在なの」
「そうなんですか?」
「トモエのためにはっきりさせておくけど、あんたを二度までも殺そうとしたのはトモエではないわよ」
「闇の魔女の意志ですか。…俺は、そんなに邪魔な存在だったんですか?」
「そりゃあもう、あの女にすれば、とんでもなく邪魔な存在だったわね」
タケコは何を思い出しているのか、くすくす笑い出した。
なんとなく、腑に落ちなかった。
カズマは闇の魔女のどんな邪魔だてをしたというのだ?
トモエがカズマの記憶を封印してまで守ったものは…マコだ。
マコを愛し、彼女を手に入れたかったのは、トモエの意志ではないのか?
「まるで、マコを手に入れたかったのは、闇の魔女だと言っている様に聞こえますよ」
「闇の魔女よ」
タケコの答えは、納得できなかった。
トモエは間違いなく、マコを愛していたはずだ。
「マコを妃にして、闇の魔女になんらかの得があったとでも?」
「闇の魔女は、老いさらばえていたとはいえ…女よ。トモエ王は男…こういえば分かるでしょ?」
「まさか、トモエからマコの身体に乗り換えようとでも?」
「そのまさかよ。夫婦になれば当然身体の契りを結ぶ。いまは魔力などないマコだけど、トモエ王に匹敵する魔力を受け継ぐことになる。そうなれば、何もトモエの身体でなくたってよくなるわけよ。トモエを殺し、最終的に女王として君臨するのが、彼女の企みだったというわけ」
途方も無い話だった。
はらわたが煮えくり返る。
闇の魔女の思う通りに事態が進行していれば、いずれマコは…
突然カズマの隣に座っていたタクミが立ち上がった。
怒りが頂点に突き上げたかのように、怒りに肩を上下させ激しく息をついている。
「冗談じゃない!私の妹をそんな目に遭わせようと企んでいたなど…この手で絞め殺してすら怒りが収まらん!」
「あ、あの、兄様、わたしはこうして無事ですし…」
マコは憤る兄を落ち着かせようとして声を掛けた。
「マコ、いますぐ屋敷に帰ろう。父上も母上もお前の帰りを、口に出来ぬほど待ちわびておいでなのだ」
「は、はい…ですが…」
「なぜ躊躇う?」
タクミは信じられないとでもいように、躊躇いを露わにしているマコに対して叫んだ。
「帰れないからさ。お前の目は節穴か?」
「カズマ、なんのことだ?お前何を言ってる?」
「マコの姿を良く見てみろよ。彼女はまだ妖精族なんだぞ」
「は?妖精…そんな馬鹿なことがあるか?マコは私の妹だぞ、妖精族のはずがない」
マコは自分が動くしかないと思ったのか、立ち上がり、タクミの前に来た。
そして長い髪をかきあげ、自分の耳をあらわにして兄の眼に向けた。
現実を見たタクミは、驚きが過ぎたのか声も上げず、後ろにのけぞった。
「う、うそだろ…そんな…どうしてだ?」
「闇の魔女に姿を変えられたのよ」
「な、ならば…タケコ殿」
タクミはタケコに向いた。
「あなたは人の姿を変える魔法をお持ちなのでしょう?あなたなら、妹の姿を…」
タケコは頼み込むように自分を見つめるタクミを見返し、否定して首を横に振った。
「これは種類が違うわ。マコの姿を変えたのは闇の魔女。私には解けないわ」
「そうか…」
タクミはガッカリした様子で肩を落としたものの、強く首を振って、気を取り直したようだった。
「まあ、妖精族の姿だからって、そう悪いこともないさ。父と母は多少驚かれるかもしれないが、それもすぐに慣れる」
自分にたいして言い聞かせているようなタクミの言葉を聞いていたカズマは眉をしかめた。
「タクミ…妖精族は人間国の地に順応出来ないんだ。このままの姿では人間国には連れ帰れない」
「順応?」
「そうよ。妖精族である限り、マコはこの地の精気が無くては生きられないの」
「それじゃ…マコは?まさか、一生ここから出られないということですか?」
「あの、兄様、ここは良いところですわ」
サンタの家や妖精国を、まるで牢獄のように表現されたことに、マコはいくぶん気を悪くしたようだった。
妹の機嫌を損ねたと気づいたタクミは、慌てて取り成しにかかった。
「そ、それはそうなんだろうが…。マコ、まさかお前、人間国には戻りたくないというのか?」
「そんなことは…ありませんわ」
そう言ったマコは、ちらりとカズマを見つめてきた。
その特別な表情と仕草に、カズマは得々とした気分になった。
「マコの姿を元に戻す方法を、おふたりはご存知なのでしょう?」
カズマはタケコとサンタに質問したのだったが、一番反応したのはなぜかマコだった。
「あ…あの」
マコは顔を赤くし、明らかに変だ。
カズマは眉をひそめた。
いったい?
「わ、わたし…ちょっと…あの…」
「どうした、マコ?」
「マコはすでに知ってるのよ」
「ほ、炎の魔女様っ!」
マコは咎めるようにタケコに向かって叫んだ。
「話さなきゃ、話は進まないのよ」
「で、でも…わ、わたし…」
タケコを恨めしげに見つめたマコは、何を考えたのか、突然くるりと半回転し、誰にともなく口を開いた。
「…ト、トモエ様のご様子を…」
上ずりながらドアに向かおうとしたマコの腕を、カズマはさっと掴んだ。
トモエのところにマコひとりでゆかせたくないし、マコが知っているという内容を聞かないうちは、どこにもゆかせられない。
「カズマ様、放してください」
「タケコ殿。いったいマコは、どうして?」
「恥ずかしくてならないのでしょう。放してあげたら?」
「恥ずかしい?変身を解くために、マコはなんらかの恥ずかしい思いをしなければならないというのですか?」
タケコが派手に噴き、お腹を抱えて笑い出した。
サンタはと見ると、こちらも我慢しきれないように声を抑えて笑っている。
「サンタ様。炎の魔女様ぁ」
マコはなんとも情けない顔で、ふたりに向けて救いを求めるような憐れっぽい声を掛けた。
「まあいいわ。その憐れな娘をいまだけでもカズマ解放しておあげなさい。いずれ分かることよ」
「そう言われても、気になりますよ。お前だってそうだろう、タクミ」
「それはまあ?いったい妹は、元の身体に戻るために、どんなことをしなければならないというんですか?」
タクミの言葉のどこに反応したのか、マコはますます顔を赤らめ、カズマに片腕を握られている状態ながら、耳を塞いでその場にしゃがみこんだ。
カズマはタクミと目を合わせ、首を傾げあった。
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