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第二十三話 城への帰還
城に入ってしばらく歩いたところで、前方からクニムラがやってきた。
「カズマ様」
カズマの前まで来ると、クニムラは深々と頭を下げた。
「よお」
久しぶりに顔を合わせたクニムラに、カズマは笑みを見せて軽く手を挙げた。
「ひさしぶりだな」
「はい。カズマ様、ノモト公爵家にずっと滞在しておられたのですか?」
疑いのこもった瞳を向けてきたところを見ると、そんなことはないに違いないと思っているようだ。
もちろん、その通りだが…
「用事があって、あちこちな…」
口にしようとしていた言葉を、カズマは中止した。
そんなことより…
「クニムラ」
「はっ」
「一ヶ月後、妃を迎えることになった」
カズマと視線を合わせていたクニムラは、あくびを二回ほどかみ殺すくらいの時間一時停止し、「は?」と聞き返してきた。
「妃だ。結婚することになった」
「ど、どなたのことです?結婚とは」
「俺だ」
「カズマ様」
クニムラは、疲れたように肩を落とした。
「戻っておいでになったと思ったら…そのようなお戯れを…クニムラ、呆れてものが申せませぬ」
冗談としか思えないクニムラの心情は分かる。
このところ、公務をおろそかにして、竜退治だなんだと、無謀な冒険もどきにうつつを抜かしてばかりいたからな…
クニムラにとっては信じられないほど唐突なことだろうし、カズマ自身だって、まさかこんな突然に、結婚などという事態になるとは…
「本当だ」
クニムラは、背筋を伸ばし、挑戦的な視線を投げてきた。
「ならば、そのお相手となるお方は、どこにいらっしゃるというのです?」
その疑念からの質問に、カズマは眉を上げた。
「いまは妖精国だ」
「妖精国?」
クニムラは、ありえないという表情で叫んだ。
確かにいまのカズマの答えでは、クニムラを混乱させるばかりで、理解を得るのは難しいだろう。
「彼女はノモト公爵家のご息女だ」
クニムラは額に手を当て、やれやれと言わんばかりに、首を大きく左右に振った。
そうだった。クニムラはマコの存在を知らないのだ。
「クニムラ、父はいまどこにおいでか、分かるか?」
「この時間は、国務室においでのはずですが」
「そうか」
「カズマ様」
頷いて足を踏み出したカズマは、クニムラに止められた。
「なんだ?」
「国務室に行かれるのですか?」
「そのつもりだが?」
「ならば、お召し替えを」
カズマは顔をしかめた。
国務室や謁見室などの場は、めんどくさいことに正装が義務付けられている。
だが、会うのは家来たちと、国王のみ…
正装などたいして意味も無いのだが…
「別にこれでいいだろう?」
カズマは無駄な抵抗を試みていることを承知でクニムラに言ったが、もちろんシキタリにうるさいクニムラが許すはずもなかった。
「いけませぬ!」
強烈な叱責が飛んできて、カズマはため息をついた。
「わかった、わかった。着替えればいいんだろう、着替えれば!」
カズマはむかっ腹を立てて怒鳴り返し、自室へと向かった。
堅苦しい正装は大嫌いだった。
かっちりした服は、やたら動きづらいのだ。
腰に下げた剣は飾りの意味が重視され、実用向きでない装飾が施されているのも、反感を感じる。
なんでもシンプルが一番だ…
カズマは国務室の前に来て、扉を守っている護衛兵に小さく会釈した。
護衛兵は深々と頭を下げ、すぐにドアを開けてくれた。
「父上、母上もおいででしたか」
父の側には、佇んでいる母親がいた。
「ちょうどよかった。ご報告したいことがあって参ったのですよ」
「うまくやったようだな?」
カズマは父の問い掛けのような言葉に、首を捻った。
「知っておいでなのですか?タケコ殿が?」
「ああ」
「カズマ、傷を負ったと聞いたけど、大丈夫なの?」
カズマの母アヤネは、気掛かりそうに聞いてきたが、どうもカズマが死にそうなほどの傷を負った事実は知らないようだった。
タケコはかなりアバウトに、カズマに起きた出来事を語ったのだろう。
「おふたりは、今回のこと、どの程度知っておいでですか?」
「ノモト公爵家のご息女が生まれてすぐ闇の魔女の手に落ちたこと。そして彼女がサンタ様の家で育ったこと。そしてお前に事態を好転させる使命が課せられたことくらいか」
「ならば、すべてご存知だったということなわけだ?」
「そういうことじゃないな。私らは大まかにしか聞かされていない」
「タケコ殿に?」
「ああ、それと賢者とな。それで?お前がこうして私らに会いに来たのには何か訳があるんだろう?」
「それについても、すでにご存知なのでは?」
「何のことを言ってる?」
カズマは目を細めて父と母を見つめた。
演技とかでなく、知らないようだった。
「カズマ?」
「マコが妖精族の姿となっていることはご存知ですか?」
「ああ、それは知っている」
「人間に戻る方法は?」
「それを私に聞きに来たのなら、無駄足だったな。姿を変化させる技は、我が母がもっとも得意とするところだ。母でも戻せないのか?」
どうやら、何もかも知っているというわけではなかったらしいと分かり、カズマはいくぶん気が晴れた。
「戻す方法は分かっているんですよ。手順があって」
「手順?」
「ええ。一ヵ月後、私はマコと結婚することになりました」
カズマの両親は、ふたり揃えたようにぽかんと口を開け、お互い顔を見合わせた。
「カズマ、貴方が結婚するの?ノモト公爵のご息女と?」
「ええ」
マコが人間に戻るためになさねばならないことを知ったノモト公爵は、娘とカズマの結婚を戸惑いの後に了承してくれた。
魔力の取得が、人間に戻るためのステップだとタケコから聞いた直後のノモト公爵夫妻は、ひどく途方に暮れた様子だった。
それはもちろん、当然の反応といえた。
なにせ、魔力を持つ者は、この世には稀だ。
途方に暮れた夫妻とタクミに、カズマはすかさずマコを妃にしたいと伝えた。
タクミはなんとも複雑な表情をしていたが、ノモト公爵は度肝を抜かれたようだった。
もちろん、カズマが王子という立場だからだ…
カズマと結婚するということは、いずれ王となる者の妃になるということ。
「言っておきますが、もちろん、手順のための結婚などではありませんよ」
「ほお」
「彼女は人間に戻れない限り、妖精国から出られません。婚儀は妖精国のサンタ様の家で執り行うこととなりました。ついては、おふたりにもご参列をお願いしたいと、こうしてお願いに参ったのですよ」
「妖精国のサンタの家に行けるの?」
アヤネは、瞳をキラキラと輝かせながら聞いてきた。
「来ていただくことになります」
「素敵なこと続きね。ねえカズマ、ノモト公爵の息女のマコさんは、夫人のマスミさんに似ておいでなの?」
「そうですね。似ているかな」
「マコさんとは、いつお会いできるかしら?」
「いつでもおふたりのご都合の良い時に」
カズマはこれからひと月の間に行わなければならない式の準備について、両親に伝えた。
「…サンタの家はそれほど大きくないですし、参列者は極少数で行います。結婚後は、マコが人間の姿に戻れるまで、これまでと同じにサンタの家で暮らすこととなりますので…」
「貴方は公務があるし、その間は向こうとこちらを行き来するというわけね?」
そうなのだ。カズマは王子としての公務がある…残念だが、ずっとサンタの家に滞在してはいられないだろう。
「そうなりますね」
だが、許される限り、マコと過ごすつもりだ。
「それじゃあ、さっそく動かないとならないわ」
「母上?」
いそいそとドアに向かってゆく母を、カズマは呼び止めた。
「動くとは、何を?」
アヤネはにこやかな笑みを浮かべて、カズマに振り返ってきた。
「決まってるでしょう。王子の婚儀なのよ。新郎に相応しい衣装を用意しなければならないわ」
新郎に相応しい衣装?
カズマは自分がいま着ている堅苦しい衣服に視線を向け、母に向いた。
「母上、婚儀は少数なのですし、簡素なもので…」
「ウエディングドレスは、やはりノモト公爵の方でご用意なさるわよね」
ウエディングドレス?
「それはそうだろうな」
答えたのは王だった。
「カズマ、ノモト公爵夫妻は、まだこちらに戻っておいでではないかしら?」
「しばらくは、サンタ様の家に滞在なさることになってます」
「やっぱりそうよね。でも妖精国で婚礼の支度すべてなさるなんてことはないわね。…マスミさんとなるべく早く連絡を取れないかしら…」
アヤネは独り言のように言いながら、カズマや夫に声を掛けることなく、そのままドアから出て行った。
「カズマ」
閉まったドアを見つめていたカズマは、父から呼ばれて振り返った。
「はい」
「傷の具合は大丈夫か?」
そう尋ねてきたマヒトは、ひどく顔を曇らせていた。
「ええ。タケコ殿の特効薬のおかげで」
マヒトはひどく固い表情になっている。
「お前が、命が危ういほどの傷を負ったから覚悟をしておけと、母から知らせをもらった」
「そうでしたか」
「うむ。だが、アヤネには、傷は負ったが、たいしたことはなかったようだと伝えた…」
カズマは無言で頷いた。
「神と母に感謝しなければ…」
マヒトは震える小声で呟き、顔を上げて笑みをみせた。
「今回の冒険談、いずれ詳しく聞かせてくれ」
「わかりました。では」
「カズマ!」
ドアから出ようとしていたカズマは、さっと父に振り返った。
「今回のこと、よくやった。お前を誇りに思うぞ」
ふっと笑みを浮かべ、カズマは父に向かって手を上げ、部屋から出た。
fuuから一言。
『城への帰還』このタイトルはすでにありましたが、今回あえて同じタイトルをつけました。
これぞ、ほんとの城への帰還ですよね。笑 fuu
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