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第三話 炎の魔女
城の階段を上がったカズマは、大勢の大仰な挨拶を適当に受け流し、早足で広間を突っ切った。
謁見の間のドアには、正装をした騎士が、凄まじい気を発しつつ、睨みをきかしていたが、カズマの登場にさっと脇に退き、深々と頭を下げた。
「王はいま、私室か?入ってもいいか?」
「もちろんでございます、王子。王はいま、私室におられるはずでございます」
ギーッっという鈍い音とともに、立派すぎるどでかいドアが両側に開いた。
カズマは礼の意味で騎士らに手をさっと振り、中に入った。
謁見の間は空っぽで、カズマはそのまままっすぐ奥に向かった。
謁見の間の奥に、王の私室があるのだ。
カズマは私室のドアを開けて、中に入った。
「父上」
机に頬杖をついていた王がゆっくりと顔をあげた。
広間に大勢の来客を待たせていることなど、気にもしていないようだ。
「カズマか、珍しいな。お前から顔を出すなんて」
カズマは、父親に一番近い椅子を引き寄せ、座り込んだ。
「ちょっとばかり聞きたいことがあってね」
「ほお、なんだね?」
「妖精国に知り合いがいるかなと思ってね」
「妖精国?お前、あそこに何の用があるんだ?」
「それは言えないことになってる。それで、知り合いは?」
「お前も知っての通り、前王とは仲が良かったんだが…」
妖精国の前王の面影を頭に浮かべて、カズマは懐かしんだ。
前王には、ひどく気に入られていて、カズマは可愛がってもらっていた。
珍しい道具の作り方とか、助けになる魔法とかを彼に教えてくれる師でもあった。
「彼が亡くなってからは、私も妖精たちとは会っていない。でもお前、前王の息子…いまの王とは仲が良かったんじゃないのか?」
「それが、数年前から仲たがいしてるんだ」
「なんだ。どうして?」
「それが分からないんだ。ある日突然、もう俺とは絶交だと一方的に言われて、それっきりだ」
「お前、何をやったんだ?」
父親の言葉に、カズマは顔をしかめた。
「思い当たることがない…」
だが、自分の性格上、知らぬ間に相手に不快な思いをさせたということは、残念ながらありえる。
「とにかく行ってみてはどうだ?」
カズマは父の言葉に、頷いた。
「そうだな」
そうするしかなさそうだ。
妖精国の境の川まで来て、カズマは辺りを懐かしく見回した。
以前ここに来てから、何年経っただろう。
カズマは立ち位置を慎重に探し、川の淵に立つと呪文を唱えた。
だが、なんの反応もない。しーんと静まり返ったままだ。
「やはりダメか」
気落ちして立っていると、突風が吹き、彼の目の前の雪が螺旋上に舞い上がった。
人の気配を感じ、カズマはするりと剣を抜いた。
「誰だ!」
「おひさしゅう。カズマさん」
「これは…タケコ殿」
炎の魔女と呼ばれている人物だ。実は、カズマの祖母でもある。
「剣などという危ないものを向けないでちょうだい。そんなもの、早くおしまいなさいな」
「これは、失礼」
叱責するように言われ、カズマはにやりと笑い、すぐに剣を鞘に収めた。
タケコは、世間では、かなり魔法の腕がたつと思われている。
だが、カズマは、彼女の魔法の失敗を幾度も目にしているから、正直祖母の魔法は信用が置けない…
「タケコ殿、なぜここに?」
「あなたはなぜ来たの?」
問い返されてカズマは眉を上げた。
こんな場所で、祖母と偶然に再会する確率があると考えるのは、滑稽だ。
祖母は、カズマを待ち伏せていたのに違いない。
「私は、ひとに頼まれて、ここに来たんですよ」
「ここに来て何をするの?」
「出来れば妖精国に入りたいんですが…」
「それは無理ね」
「そうなんですよ。せめて、妖精の誰かと話がしたいのですが。タケコ殿、妖精国に知り合いはいませんか?」
「いるわよ」
「それでは逢わせてもらえませんか?」
カズマの言葉の何がおかしかったのか、ケラケラとタケコは声を上げて笑った。
「逢いにゆけばいいじゃないの」
「辻褄の合わないことをおっしゃるんですね。妖精国には入れないんですよ。だから、こうしてお願いしている…」
カズマは途中で言葉を止めた。
細い杖を取り出したタケコが、彼が防御する前に、杖を振ったのだ。
杖の先端から金色の光が発し、カズマの全身を覆った。
「タケコ殿、いったいな…に…を」
カズマは突如息が苦しくなり、身を折って喘いだ。
「もういいわよ」
くすくす笑いを含んだタケコの声。
カズマは身体を起こした。
「いった…え?」
驚いたことに、タケコが見上げるほど大きくなっていた。
「どうして?」
「さあ、もうなんの苦労もなく川を渡れるわ。自分がすべきことを成していらっしゃい」
「何を言って…」
カズマは大きくなったタケコに、無理やり背を押されて川に近づいた。
ふたりの体格に差がありすぎ、なんの抵抗も意味を成さない。
これ以上は川に落ちるというところまで来て、彼は落ちないように踏ん張りながら、川の流れに顔をむけた。
水面に映った己の姿が視界に入り、カズマは大きく喘いだ。
こ、この姿は…
「タケコ殿。なんてことを」
「変身は今日と明日の二日間だけよ」
「いったい」
「口出しなどせず、ちゃんとお聞きなさい。その間に、あなたはやらなければならないことをやってくるの。さあ、時間がもったいないわ、行くのよ」
カズマは勢いよく背中を突き飛ばされ、前に飛び出た。
氷のように冷え切った川に落ちると覚悟したカズマだったが、彼の身体は前かがみになったまま、水面の上を向こう岸まで滑走して行った。
あっという間に妖精国に入ったところで、やっと止まり、彼はほっとして後ろに振り向いた。
予想したことだが、すでにタケコの姿はそこになかった。
3話まで終えての、あとがきです。
このお話は、300万・400万ヒットのお礼企画です。
実はこの話、クリスマスリクエスト投票での、恋に狂い咲き版の特別編にするつもりで書き始めたのですが、お話が長くなりすぎてしまって…
結局クリスマスに間に合わず、掲載を断念したのです。
で、ナチュキスやシンデレラなどをその後書いてたので、このお話はそのまま宙に浮き、それでヒット記念にちょうどいいやということにしちゃったというわけです。
それとまあ、お正月のお楽しみにいいかなって。
ただ、お話の内容が、もともとクリスマスのためのものだったので、ずっしりとクリスマスなのですよね。あはは!
もう季節ハズレ、時期ハズレですが、最後までそれなりにお楽しみいだけたら嬉しいです♪
1話がずいぶんと短いのですが、だいたい15話程度で終わるかなと思います。
あ、それと、このお話、題名どおり、完璧ファンタジーです。
思いつきのまま、fuu的には楽しく書いたのですが、
まあ、企画ものだからね。くらいの、軽ーい気持ちで読んでくだされば嬉しいです♪にゃは
では、続きはまた明日
fuu
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