kuruizakiに、ふぁんたじーだ
  
  恋に狂い咲き パラレルストーリー
  300万・400万ヒット記念企画 特別編
  (登場人物、狂い咲きのメンバー)


第三十一話 固い約束



スノーの家は、厩とは呼べない造りをしている。

この家をみてしまうと、シルバーやナイトは、人間国の自分の住まいを情けなく思うかもしれない。

マコが無事人間に戻り、人間国に帰ることになったら、スノーのためにここと似たような家を建ててやることにしよう。

シルバーとナイトは、スノーの家の前の空き地にいた。

居心地の良さそうな木蔭で、草を食むでもなく佇んでいる。

二頭の側にはタクミがいて、木の幹に凭れてぼんやりしていた。

「タクミ」

カズマの呼びかけに答えて、タクミが顔を向けてきた。

「明日婚儀を控えた男は、忙しいんじゃないのか?」

「忙しいのは花嫁ばかりさ」

タクミは笑いを零したあと、真顔になった。

「このひと月、早かったな」

「そうか?」

カズマには早いとは思えなかった。
ようやくひと月が過ぎたとしか感じられない。

「マコを、大切にしてやってくれ」

「言われなくても大切にする」

「泣かすなよ」

「そんな目には遭わさない」

タクミは思案するようにカズマをじっくりと見つめてきた後、口を開いた。

「自分の身を大切にしろ。これからは、お前の身体はお前一人のものじゃないと胆に銘じておけ」

「わかった」

タクミの言いたいことが分かり、カズマはマジな顔で頷いた。

タクミは気が済んだのか、また木の幹に凭れて、今度は何を考えてか深い吐息をついた。

「何もかもがこうなる運命だったんだろうか?」

空を見上げてそんなことをいうタクミに、カズマは「いや」と口にして、首を横に振った。

タクミが問うような視線を向けてきた。

「未来はなにも決まってなどいないし、こうなる未来があって、我々は予定通りに辿り着いたわけじゃない。俺たちの働きがあって、ようやく得られた世界だ。そうじゃないか?」

タクミは思案顔で宙を見つめ、「そうだな」と囁くように言った。

「マコは、人間に戻れるんだろうか?」

「さあな」

「おい!…安心させてくれない男だな」

カズマはタクミを見つめ、無言で両手を差し出すと、手のひらを上に向けた。

「いったい、なんだ?」

怪訝な表情になったタクミの視線は、カズマの手のひらの上に浮かんだ光に向けられた。

「右と左、でかさも色も違うだろう?」

カズマは手のひらの上の光を顎で示しながら言った。

「確かに、違うな」

右手の光が、ほぼ透明で見事な光を発する一方で、左手の光は、白濁している上に輝きも大きさも不十分だ。

「つまりはこういうことさ。魔力があっても、それを使いこなすにはそれなりの修練が必要だ」

カズマは両手を合わせ、光をしまい込んだ。

「どれほどの期間で、マコが自分の姿を元に戻せるのか、誰にも予想などつかない。だが、タケコ殿が手助けしてくれる。もちろん俺もな」

「脅威は去った。だが、マコが元の姿に戻らない限り、手放しで喜べないんだ」

「みんなお前と同じ気持ちさ」

タクミは心に掛かることがあるような目を、カズマに向けてきた。

「…サンタ様はどうだろう?」

「うん?」

サンタ様か…

人間の姿に戻れたら、もちろんマコは、この家から出ることになる…

「ちょくちょく遊びにこさせるさ。タクミ、心配するな、サンタ様は常人とは違う。忘れてるようだが、お前の両親の私室とサンタの家をドアで繋いでるのはサンタ様なんだぞ。なんだったらそれと同じものを、俺の城に取り付けてもらうさ」

「出来るのかな?」

「作るかどうかは分からないが、可能だろ」

あの魔法は、本音、彼も習得したい技だ。

あんな便利なものは、そうない。

苦労して空を飛ぶ必要もないのだ。

それで行くと、タケコの変身の術も…

カズマは唇を突き出した。

俺は、まだまだヒヨッコだな…

他を圧倒するほどの魔力を持ちながらも、モノに出来ていない技は多い…

戦いに必要な攻撃魔法、そして防御魔法ばかり熱を入れて鍛錬してきたからな…

それで自分は誰よりも魔力をうまく使いこなし、誰よりも強くなったと思い込んでいた。

慢心していた自分があからさまになり、カズマは胸の内で深く己を恥じた。





「シルバー、どんな按配だ?」

泉に向けてゆっくりと駆けながら、カズマはからかうように問い掛けた。

シルバーはそっけない様子ながら、鼻面をピクピクさせつついなないた。

どうやら照れているらしい。

ナイトとスノーが兄妹だと伝えてやってから、シルバーは途端に通常に戻った。

もちろんカズマはそんな友を喜びこそすれ、笑いはしなかった。

「それで、気持ちはちゃんと伝えたのか?」

余計なお世話だというように、シルバーは首をブンブンと振った。

カズマは顔をしかめた。

シルバーはあんまり恋の駆け引きがうまくないようだ。

「いいか、シルバー。女ってのは、強引に迫るくらいじゃないと、モノにできないんだぞ。もたもたしてる間に、他のやつにもってかれたらどうする?そう、たとえばブラックとか…」

「ブラックがなんだって?」

池の縁に、トモエがいた。

そのすぐ側に、当のブラックもいた。

「い、いや。お前、こんなところで何やってる?」

おもむろに腕を組んだトモエは、カズマを見つめて、片方の眉をくいっと上げた。

「ここは元々私の場所だが」

教え諭すように言われて、カズマは頭を掻いた。

「あ…まあ、そうか…」

カズマはシルバーから降り、トモエと並んで池の水面を見つめた。


「明日だな」

トモエはひどく静かに口にした。

それでトモエは、いまここにいるのだろうか?

「トモエ…」

「いい。何も言うな」

言葉を止められてカズマは口を閉じたが、正直なところほっとした。

いまのトモエに掛ける言葉など、彼には思いつかない。

慰めや励ましなど、違うと思うし、謝るのもトモエに無礼だろう。

「一つ聞きたいんだが…どうして護衛兵たちに、長期の休暇をやったんだ?」

「彼らは…病んでいた」

「病んで?」

「彼らは、私の忠実な家臣だ」

カズマは無言のまま頷いた。

「私の…命令には、異議を唱えることなどしない。どんなに心にそぐわない非道なものでも…」

「闇の魔女のだ…」

トモエはカズマの訂正に対し、疲れたように首を左右に振った。

「お前を切りつけた者は、お前がとても好きだった…彼は…」

カズマは胸が鋭く痛んだ。

そういうことか…

彼らは命じられてそうするしかなかったのだ。

だが、だからといって、心は納得しないだろう。

「俺だって彼が好きさ。近いうちに、逢えるか?他の皆とも」

「…そうしてくれたら、ありがたい」

「ああ」

カズマは約束の意味で、トモエに手を差し出した。

握り返してきたトモエの手を、カズマは力強く握り締めた。




   
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