恋に狂い咲き

キリリク makimakiさま

拓海サイド


『突き上げる喜び』



時は十月。

拓海は、四月から配属となっていた改造企画部から、本日付で元の部署に戻ることになった。

改造企画部は大成功で、祝いムードの中、全員で別れを惜しみ解散となった。

そして今、拓海はシステム部のドアの前までやってきている。だが、なかなかドアを開ける気持ちになれず、突っ立ったままだった。

まだ気持ちが整理できないでいる。

本当に終わってしまったんだよな。

これまでのことがあれこれと頭に浮かび、なんとも言えない思いに駆られる。

色々なことがあったよな。
兄だということを隠して、真子の勤めるこの会社に入社し、運よく同じ職場に配属してもらえた。

あの時は、舞い踊りたくなるくらい嬉しかった。

だが、春に和磨が専務としてこの会社にやってきて事態は一変した。

システム部から改造企画部へと、異動の辞令が降りたのだ。

あの時は残念でならなかったのだが……

こうして去る日になってみれば、改造企画部が無くなってしまうことに、とんでもなく寂しさを感じてしまっている。

和磨と働くのは楽しかったな。
打てば響くという感じが、なんとも心地よくて……

もちろん、真子と同じ職場に戻れるのだから、嬉しくないわけがないのだが……

拓海は気持ちを切り替え、システム部に入って行った。

「おっ、野本君。ついに戻ったな」

吉田課長が嬉しそうに声を掛けてくれ、さらに友人の松野が「野本ぉ」と大声で呼びかけてきた。さらに部の全員からも大歓迎してもらう。

もちろん、システム部と縁が切れていたわけではないのだが、正式に戻るというのは気持ちのうえで違う。

歓迎の騒ぎを嬉しく受け止め、拓海は自分の席に戻った。真子の隣だ。

席に着き、真子と目を合わせたら、改めて「お帰りなさい」と言ってくれる。

我が妹ながら可愛い。
和磨なんぞに、くれてやりたくないのだが……

「ただいま」

言葉を返し、なんとなく笑い合う。
その感じがまた、胸にジーンときてしまう。

すぐに仕事に取り掛かろうとしたが、拓海は真子が何か言いたそうにしているのに気づいた。

視線を向けると、もじもじしつつ「あ、あの……専務さんは……?」と言い憎そうに口にする。

和磨か……

あいつ、部下が全員元の部署に戻ってしまって……いまひとりきりだ。

真子にすれば、和磨のことが気がかりだろう。

まあ、僕自身も気にはなるか……

「行って来てやろう」

真子に告げ、拓海はすぐに立ち上がった。そして上司の吉田に断りを入れ、システム部を出た。

改造企画部のドアの前に立ち、そこに貼りつけてある改造企画部のプレートを見つめる。

そこで残念な気持ちが湧いてくる。

和磨と作り上げた事業計画。
あれをやらせてもらえたら、和磨や改造企画部のみんなと、また働けたかもしれないのに……

事業計画そのものは採用してもらえるようだが、自分たちにはやらせてもらえないらしい。

正直口惜しい。けれど、上司の決定に文句は言えない。

拓海はドアをそっと開けてみた。

もしや和磨がいるのではと思ったが、部屋は無人だった。

あいつ、専務室か?

拓海は専務室のドアに歩みより、少し強めにノックした。

「はい」

いつもと同じ和磨の返事に、なんとなしにほっとしてしまう。

「専務、いまよろしいでしょうか?」

「拓海? ああ、どうぞ」

その声を聞き、ドアを開けると、大きな机の向こうに和磨が座っていた。

机の上にはこれまでのようにファイルが積み上がることもなく、綺麗なものだ。

そのことに切ない思いを抱いていたら、和磨が話かけてきた。

「まだ仕事中だぞ、部署を離れていいのか?」

「吉田課長から、許しは貰もらってきています」

笑いながら答え、拓海は和磨の方に歩み寄った。そして、そこで姿勢を正す。

「改造企画部は、これまでで一番やりがいがありましたよ」

「そうか」

嬉しそうに返事をする和磨にほっとしつつ、拓海はわざと口調を変えた。

「初めは、真子と同じ部署から異動させられて、腹が立ったけどな」

「それは申し訳なかったな」

笑い合い、つい「寂しいんだろ?」と和磨に向けて口にしてしまう。

すると和磨はむっとした顔をし、「寂しくないわけがないだろう」と答えた。

「素直だな」

そんな風に素直に答えるとは思わなかった。

「俺は元々素直だ」

「まあ、そうか……」

妙に納得してしまい、拓海は笑った。

確かにこいつは、常に正直で、自分の感情にも素直だったな。

「慰めに来たなら必要ないぞ。早く仕事に戻れ」

「真子に頼まれたんだ」

思わず拓海は言った。

『専務さんは……』と、心配そうに言われただけだが……あれは頼まれたも同然。

「真子に?」

「きっとお前が寂しがっているだろうって。仕事は自分が頑張るから、行ってやってくれないかって頼み込まれたのさ。可愛い妹の頼みじゃ、断れないだろう?」

目は口ほどにものを言う。だよな。

真子が言葉にせずともそういう気持ちを抱いていたのは強烈に伝わってきた。だから、これは嘘ではない。

「なあ、和磨。やっぱりあの事業計画は、僕らにはやらせてもらえないのか?」

つい愚痴をこぼすように口にしてしまう。

和磨はしばし黙り込んでから、「そのようだ。協力してもらったのに、すまないな」と申し訳なさそうに言う。

拓海は慌てて「お前が謝ることはない」と取り成した。

「だが……そうか。残念だな」

肩を落として呟いたその時、来客があり、ドアがノックされた。

これ以上は居座れないな。

「誰か来たようだな。それでは、私はこれで失礼します」

拓海は一礼し、ドアに向かった。するとドアが開き、姿を見せたのは和磨の父親の真人だった。

「ああ、野本君。君もいたのか」

「朝見会長!」

思わず驚きとともに叫んでしまい、しまったと思う。

拓海は急いで姿勢を正し、真人に向けて頭を下げた。

「私の用は済みましたので、これで……」

「いいんだ。君も残ってくれ」

「はい?」

そのとき拓海は、真人が手にしている封筒に気づいた。

それはもしや、僕と和磨とで作った事業計画書では?

顔を上げて真人に目を向けると、視線を合わせてにやっと笑う。

その瞬間、拓海の胸に喜びが突き上げた。





「どうしたんですか?」

システム部に戻り、仕事を終えたところで真子が待ちかねたように尋ねてきた。

和磨のところから帰ってきて、口元を弛めてばかりいては、真子が気にするのも当然だろう。

だが、このニュースを自分の口から話すわけにはいかない。

「この職場に戻れて嬉しいのさ」

とりあえずそう言っておく。もちろん本心でもあるからな。

新しい事業は、年明け……多分春くらいから始動となるだろうから、まだまだ真子の側で働ける。

それに、和磨がこの会社に残れることになったのだから、真子も仕事を辞めずに済むのだ。

ただ当分の間、父の会社には戻れなくなる。

父さんには申し訳ないが、もう少し待っていてもらうとしよう。





プチあとがき

拓海視点お届けいたしました。
過去にいただいていたキリリク《107777》 makimaki様の拓海メインのお話が読みたいとのリクエストにお応えしてのお話であります。

2006年の1月にいただき、すでに2017年。 11年も経ってる⁉

とはいえ、makimakiさんの読みたいお話とは、違うのですよね。
makimakiさんは拓海の恋物語が読みたかったのだろうと思うので。
いつか拓海メインのお話を書くとしても、とりあえず、いまはこれでということで。


このお話は、書籍『恋に狂い咲き5』最終巻、P204の、拓海サイドということになります。

ほんのちょっぴりでも楽しんでいただけたなら嬉しいです♪
読んでくださり、ありがとうございました(*^。^*)

fuu(2017/1/8)
 
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