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3 お邪魔虫来訪
昼になり、そんなに待つことなくドアがノックされた。
遠慮がちな音は、真子に違いない。
「どうぞ」
声をかけたら、おずおずとドアを開き、真子がそそくさと入ってきた。
「ほら真子、早く食べよう」
和磨は真子を自分の隣に座らせた。
長子さんの襲撃を阻止できたから、ゆっくり昼食を食べられる。
おまけに、今日は拓海が社外に出ていていないから、久しぶりに真子とふたりきりだ。
いい気分で弁当の包みを開け、さっそくいただくことにする。
「うまいな」
「そうですか。よかった」
嬉しそうに笑む真子を見て、その魅惑的な唇に誘われてしまう。
不意をつくように真子を抱き寄せ、唇を塞ぐ。
甘いキスに癒される。
そのとき、ノックの音がした。
和磨は眉を寄せ、唇を離した。
いったい誰だ?
むっとしつつ真子を見ると、彼女は和磨の腕の中で驚きに固まっている。
誰がやって来たか知らないが、返事をするしかない。
真子を放し、ドアに向けて返事をしようとしたら……
「長子よ! 和磨さんいるんでしょう?」
は?
唖然としていたら、焦った真子が物凄い勢いで立ち上がった。そして長子を出迎えようとしてか、ドアに駆け寄って行く。
まったく、なんなんだ!
「まあ、真子さん、ここにいたの?」
長子が嬉しそうに真子に声をかけた。
「は、はい。和磨さんと、お昼ご飯を食べていて……あ、あの、こんにちは」
「ええ、ええ。真子さん、こんにちは」
長子は超ご機嫌なようだ。
かたや和磨は不機嫌丸出しでソファにふんぞり返っていた。
いったい何を持ってきたのか、長子は大きな籠を抱えている。
「一緒にお昼を食べてるなんて、仲が良くて、なによりだわ」
何がなによりだ。
ふてくされていると、長子は和磨に歩み寄ってきた。
「和磨さん、あなた、少し行儀が悪いのではなくて?」
ソファにふんぞり返っている和磨を見て、長子が小言を言う。
「座ってみればわかりますよ」
長子の小言を受け、和磨は諦め半分で答えた。
ひょいと眉を上げた長子は、和磨の正面に座ったが、真子を自分の隣に座らせる。面白くない。
「あら……なあに、このソファ……座り心地が……変ね」
「こいつはこんなソファなんですよ」
「欠陥品じゃないの。和磨さん、こんなもの、さっさとお捨てなさい!」
長子にぴしゃりと言われ、和磨はむかつくよりどっと疲れた。
「長子さん、今度の週末、こちらから行くと電話で伝えたでしょう」
腹立ちながら言ったら、長子が眉を上げる。
「なあに? おかしなひとね、和磨さんってば、何を怒ってらっしゃるの?」
「会社は、関係のない者が気軽に遊びに来るところではありませんよ」
叱るように言ったが、長子は声を上げて笑い飛ばす。
「そんな固いことを、あなたが言うなんて」
「それで……その大きな籠はなんです?」
「ふふ。実はね、真子さんから電話をいただく前から、今日はここに来ようと決めていたの」
それは知っている。だから手を打ったつもりだったのに……
「真子さんに何か差し入れをしたいと思いついて、ハーブ入りのクッキーを焼いたのよ。電話もらったときは、焼いてる最中だったの」
そういうことか……電話が来ようが来なかろうが、来る気だったんだな。
親父のやつ……あれは結果的に、余計な助言だったわけだ。
あんな電話なんかしなければ、週末は計画通り真子とデート、そして夜は俺のマンションでふたりきりで過ごせたってのに……
長子はテーブルに置いた大きな籠から花柄の包みを取り出し、真子に差し出している。
「どうぞ、真子さん」
「どうもありがとうございます。三時の休憩に、みんなでいただきます」
「みなさんのお口に合うといいけど……。ところで、美味しそうなお弁当じゃないの。これはもしや真子さんの手作り?」
「は、はい。昨日は野本の家に泊まっていて、これは梅子さんに手伝ってもらって作ったんです」
「梅子さんね。またお会いしたいわねぇ」
「はい。梅さん、喜びます。梅さんは、お祖母様の大ファンですから」
真子の言葉に、長子の機嫌は急上昇したようだ。
鼻孔が嬉しげに膨らんでいる祖母を見て、こっちはなおさら面白くない。
「長子さんもう用事は終わったんでしょう。僕等は昼飯を食べているところなんで、そろそろ……」
お帰り願いたい。という気持ちを込めて言ったが、長子は……
「どうぞどうぞ、わたしに遠慮することないわ。お食べなさいな」
「長子さん、それでは真子が……」
「た、食べます。いただきましょう、和磨さん」
長子がいては真子が落ち着いて食べられないと言おうとしたのだが、それと気づいた真子は、言わせまいと先回りしたようだ。
結局、昼食の時間は、お邪魔虫な長子にさんざんかき回されて終わった。
癒しは得られないし、和磨にとっては散々な昼だったが、真子のほうは意外と楽しかったようだ。
昼の休憩が終わり、真子と長子のふたりは一緒に出て行ってしまいた。
ひとりになった和磨は、物足りなさを抱えて仕事に戻ることになったのだった。
つづく
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