恋に狂い咲き

再掲載話ですが、大きく改稿しております。

長子との絡み編となります。



7 伝えたいこと 和磨



「なんか、風が出てきちゃいましたね」

長子の家に向かって歩きながら、真子が言う。

前方から吹いてくる風は、心地よいというよりちょっとばかし強めだ。

だが、和磨にしてみれば、この風は歓迎すべきもの。

前回、長子さんの家を訪れた際に、木の枝に引っ掛かっていた凧を回収したのだが、あの凧をあげるには最適な風だ。

それにしても、風になびいた髪が真子の頬に絡みついていて、セクシーだな。

「いい風じゃないか」

「そうですか?」

「ああ。色んな意味でいい風だ」

そう言ったら、真子は腑に落ちない表情になる。

「色んな意味でって?」

「前回、長子さんのところに来た時に、ちょっとしたアイテムを手に入れたろ?」

「アイテム? 苺やお野菜を頂きましたけど……ねぇ、和磨さん、それよりも、お祖母様は本当に、わたしをモデルにして絵を描くおつもりなんでしょうか?」

なんだ、凧の話をしようと思ったのに……真子はどうにもそのことが気になるんだな。

「描きたいというのなら、描いてもらうといい」

「あの、なら、和磨さんも一緒に描いてもらいませんか?」

俺も?

「いや、俺のことは描きたがらないだろうな」

「どうしてですか?」

どうしてと言われてもな……

「なら、君から長子さんに言ってみるといい。俺は別にどっちでもいいから」

「わかりました。それじゃ、お願いしてみます」

そんな話をしていたら、長子の家に着いた。

窓のところから長子がこちらを見ていて、目が合う。

和磨は祖母に軽く手を振った。

真子もそれと気づき、長子に向けてお辞儀した。

長子は窓から離れ、和磨たちが玄関に到着するところで、ドアを開けて出てきた。

「いらっしゃい」

「こんにちは。お邪魔します」

今夜はここに泊まるんだな。

この家に泊まるのは、和磨もこれが初めてだ。

そんなに大きな家ではないが、二階に泊まれる部屋があるようだ。

俺と真子のふたりで泊まれるツインの部屋があるのか?

いや、たぶんないんじゃないかな。となると……

「真子さんは、この部屋を使ってちょうだいね」

二階の南側の客室に案内し、長子は真子に言う。

和磨が部屋の中を覗いてみると、案の定シングルベッドがひとつあるだけ。

「和磨さんは、そっちの部屋を使いなさいな」

ぞんざいな案内に、さすがにむっとしてしまう。

「どうもありがとうございます」

皮肉っぽく丁寧に言ったのだが、長子は気にしたそぶりもない。

別にいいけどな。
どんなにベッドが狭かろうと、真子と別々に寝る気はない。

今夜泊まる部屋をあてがってもらい、荷物を置いて階下に下りる。

三人は、自然とキッチンに足を向けた。

前回ここに来た時も、ここで過ごした。真子もここが気に入っているはずだ。

それからゆっくりとお茶をいただき、和磨は長子に話を切り出した。

「長子さん、この間の凧は、道具小屋ですか?」

「いえ。作業部屋に置いてあるわ」

「ああ、修理したんですね」

「まだよ。やることがあって……手が回ってないわ」

「そうなんですか。なら、俺が修理しますよ」

それで凧揚げと行こう。さっそく立ち上がって長子を見たら、どうしたのか微妙な顔をしている。

「長子さん?」

「いえ……まあ、いいわ。それじゃ、作業部屋に行きましょうか」

長子が先に立って歩き、真子とついていく。

作業部屋を開くと、絵の具の匂いがした。

キャンバスやら絵筆など、画材がきちんと整理されている。

そんな中、目に飛び込んできたのは、イーゼルに置かれたキャンバスだった。覆いがかけてある。

いま描いている絵なのだろうが……

見せてくれと言ったところで、素直に見せてはくれないだろうな。

そうそう、長子さんは真子を描きたがっているんだったな。

黙っていても、そのうち、モデルの件を切り出してくるんだろう。

和磨は、キャンバスから視線を外し、凧を探した。

ああ、あった。

壁に立てかけてある凧に、和磨は歩み寄った。

「あら」

長子が意外そうな声を上げた。
それが気になり、和磨は祖母に振り返った。

すると長子は、和磨を見つめ、意味ありげに眉をきゅっと上げた。

「なんですか?」

「……なんでもないわ」

長子は何気ない風に返事をしたが、なにやら笑いがこもっているように聞こえた。

「長子さん、何がおかしいんです?」

「和磨さん、凧を御所望なのでしょう? 修理するのに必要な材料を探すわ」

「ええ、お願いします」

腑に落ちない感覚はあったが、和磨は長子に答えた。

「あの、お祖母様。これは、いま描いていらっしゃる絵なんですか?」

真子が長子に問いかけた。

材料を探そうとしていた長子は、その質問に嬉しそうに真子に顔を向ける。

「ええ。真子さん、見たいかしら?」

まったく長子さんときたら、真子にはずいぶん素直に見せてやるんだな。

祖母がどんな絵を描いているのか、和磨だって興味がある。

凧を手に取った和磨は、キャンバスの前に立っている真子の隣に並んだ。

この最近は、風景画が多いようだが……

長子がキャンバスを覆っている布に手をかけ、そっと外した。

絵が露わになり、和磨はハッとして息を止めた。

真子じゃないか!

「えっ? これって……?」

真子が戸惑ったように口にする。
そんな真子に向き、長子は「ええ、真子さんよ」と頷く。

真子はひどく驚き、キャンバスに描かれた自分を見つめた。

「真子さん、どうかしら?」

長子は期待のこもった目を真子に向けて言う。

「び、びっくりしました」

俺だってびっくりしたぞ!

まさか、もう描いていたとはな。

「真子に絵のモデルをしてほしいと言っていたから、これからだとばかり思っていましたよ」

「ふふっ。婚約祝いのパーティーの日の真子さんから、イメージを得て描いたの。……我ながら、とても独特な絵になったわ」

「ええ。確かに」

繊細なタッチだ……これまでの長子になかったタッチ……そして独特なこの色合い……

いいな。

「どうだ、真子?」

「えっ、ええ……え、えっと……わたしじゃないみたいっていうか。あっ、でも似ていないとかそういうことじゃなくて……」

どう言えばいいか、かなり困っているようだ。

それも当然だな。絵を褒めれば自分を褒めることになるような気がするんだろうし、かといって褒めなければ、絵をけなしていると思われるんじゃないかと考えてしまうんだろう。

それにしても……

和磨は改めて絵の中の真子をじっと見る。

心に語りかけてくるような……

「この絵に封じ込められた思いは、誰のものなのかな?」

和磨は我知らず声にしていた。

「あら、和磨さん、そんな風に感じるの?」

長子が少し驚いたように言う。和磨は頷いた。

「封じ込めたのは、もちろん筆を手にしていた長子さんでしょうが……」

長子のものではない思いを感じる。

「そうだ、きっと……」

ふと思いつき、そう口にしてしまったが、和磨は言葉にするのをためらった。

「和磨さん、きっと、なんなの?」

「いえ……まあ、そうだな。見えない精霊のたぐいかもしれないな」

和磨は冗談めかして答えた。

「精霊ねぇ。まあ、そういうこともあるかもしれないわね」

どうやら咄嗟の精霊発言は、長子には嬉しいものだったらしい。

真子はふたりの会話を聞いて、戸惑っているようだ。

和磨は真子に向けて微笑んだ。

自分には、この絵には真子の母の思いが現れているような気がする。

もちろん、和磨の勝手な想像かもしれない……だが、魂は永遠だ。

真子の母の魂は、ずっと娘を見守り続けている。

まだ子どもだった彼女を、ひとり残して逝ったのであれば、なおのこと……

そして、自分の思いを真子に伝えたいと望んでいるはずだ。

そのチャンスがあるのであれば、なんとか利用したいと思わないはずがないのではないか?

……うーん、真子に伝えたいこと……か……

それは、なんなのだろうな?





つづく




プチあとがき
凧を登場させてから、いずれ和磨は凧揚げしたがるだろうなと思っていたんですよね。
なので、ここで凧揚げについて触れました。

次回は楽しく凧揚げになるのか?笑


そうそう、こちらで修正のご報告をひとつ。
二話目の『襲撃回避?』にて、改稿時に修正が甘く、同じ文面が残ってしまってました。すみません。
モデルにしたがっていると聞いて、真子が驚く台詞です。
重なっていた台詞を削除して修正しました。

fuu(2016/3/13)



  
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