恋に狂い咲き

再掲載話 拓海サイド

 書籍 「恋に狂い咲き2」  長子サイド


『楽しいひととき』



手にした写真に写っているハタチ半ばの女性の顔を眺め、朝見長子は複雑な気分で眉を寄せる。

かーなーり、勝気そうだわねぇ。

けど、こういう子なら、あの馬鹿孫を、うまいことあしらえるんじゃないかしらね?

長子の孫である和磨は、とんでもなく癖のある男だ。

個性豊かな性格で、才能があり、勘が鋭く、嫌味なほど頭が回り、微笑みながら毒を吐き、背中には羽根でも生えてるんじゃないかと当て擦りを言いたくなるほど、好き勝手に飛び回っている自由人。

わたしが間違っていたんだわ。

あんな馬鹿孫、清楚なお嬢様では太刀打ちできるはずがない。

そう、ようやく悟った。

もちろん、おしとやかな子のほうが、孫の嫁としてはよかったけど……

写真の中の勝気そうな女性を眺め、つい本音のため息を落としてしまう。

この子じゃ、可愛がるという感じにはなりそうもないわねぇ。

さすがの彩音さんも、手を焼くんじゃないかしら?

けど、いつまで経っても、ひ孫の顔が見られないなんて嫌なのよ。

孫は和磨ひとりだけなんだから、あの馬鹿孫が結婚する気になってくれないことには……

見合いのセッティングも完了間近。
場所も長子の家ということで決まり、日取りも一週間後となった。

あとは和磨を見合いの席に、やってこさせるだけ。

そのための手筈を整えるために、もうすぐ来客があるはずなのだが……

長子のその考えを察知したかのように、ドアチャイムが鳴った。

ぞわっと鳥肌が立つ。

これは間違いなく彩音だ。

まったくもおっ、彩音さんときたら、なんなのこの絶妙なタイミング。

長子の息子、真人の嫁である彩音は、妙な能力があるようなのだ。

本人に言うと、「そんなの偶然ですわ、おほほほほ」と柔和に笑って流そうとするのだが……偶然も度が過ぎると、怖い。

玄関で出迎えると、やはり彩音だった。手にスケッチブックを抱えている。

「あら、それ、わたしに見せようと思って持ってきたの?」

「それもありますけど……いま、お母様のお庭の花を描かせていただいてましたの」

「まあっ、それじゃずっと庭にいたの? なら、先に声をかけてくれればよかったのに」

「曇ってきそうだったので、お日様がさしているうちにと」

そう言われてみれば、外はどんよりと曇ってしまっている。

「お邪魔しますね」

そう言って、上がってくる。

「日差しがあっても寒かったんじゃないの?」

「ええ。風が少し冷たかったですね」

長子はさっと彩音の手を取る。

「まあ、ほんと冷えてしまっているじゃないの。風邪を引いたらどうするの?」

「身体だけは丈夫なので大丈夫ですわ」

まったく、そんなことばかり言って、仕方のない嫁だ。

長子は自分のぬくもりを与えるように、彩音の手を揉む。

「絵を描くの夢中になっていたんでしょう?」

困った子どもを叱るように、長子は彩音の手の甲を軽くパチンと叩いて手を離す。

「あったかい飲みものを入れるわ。何がいいの?」

「それじゃ、ミルクティーを」

「わかったわ」

キッチンに向かおうとしたら、彩音は長子のアトリエのほうを見て足を止めた。

「絵は描いてないわよ」

話の先を見越し、長子は彩音に言った。

「おかしいのよ。なんか描けそうなのに、キャンパスの前に座ると、すーっとどこかに行ってしまうの」

長子はもどかしく胸の内を語った。イメージが掴めそうで掴めないのだ。そこにあるのはわかっているのに……

「もうすぐですよ」

そんな言葉をもらい、長子はもどかしい気持ちがいくぶん薄まる。

この嫁がそう言うのであれば……





「それで、お母様、大事なお話ってなんですの?」

ミルクティーを美味しそうに味わい、彩音はおっとりと尋ねてきた。

「聞かなくても、全部わかっているんじゃなくて?」

嫌味たっぷりに言ったが、彩音は嫌味を綺麗に聞き流す。

「お母様、何も聞いていないのに、わかるわけがありませんわ」

「ほんとに?」

疑わしげに聞くと、彩音はくすくす笑う。

「それで、なんですの?」

「あなたにお願いがあるのよ」

「お願いですか」

「そう。あなたの息子に、来週の日曜日、午後二時に、ここに来るように言ってくれない?」

そう言ったら、彩音は首を傾げ、じーっと長子を見つめてくる。

その眼差し、居心地が悪いったらない。

「彩音さん」

文句を言うように呼びかけたら、彩音は我に返ったように瞬きする。

違う次元から見つめられていたように感じられて、鳥肌が立つ。

「ちょっと、おやめなさいな」

「はい? 何をでしょう?」

「次元の違う能力を使うのはやめなさい」

むっとして叱ったら、彩音が愉快そうに笑う。

「お母様ってば、相変わらず面白いことをおっしゃるんだから」

「はあっ!」

反論してやろうと思ったが、やめることにした。

どっちみちズレた会話が続くだけ、不毛だ。

長子は自分をなだめ、脱線した話を元に戻す。

「で、言ってくれるのくれないの?」

「うーん、言うのは構いませんけど、責任は負えませんわ」

「来ないと言いたいの?」

「はい。まず間違いなく来ないと思います」

きっぱり言われ、顔が歪む。

「それじゃ、困るのよ!」

長子の大声をスルーし、彩音はテーブルの上の写真に目をやる。

「和磨さんのお見合いのお相手は、この方ですの?」

彩音は、そう言って写真を手に取る。

「なっ、なぜ、お見合いだってわかるのよ。わたしはそんなこと、一言も言っていないでしょう?」

「違ったんですか? てっきりそうかと」

てっきりそうなのだが、あっさり当てられ、面白くない。

すでにバレたとしても、認めたくなくなる。

長子はつんと顎を逸らした。

「違いますよ。この方はわたしの知り合いのお孫さん」

そう誤魔化すが、実ところ、紹介してもらった相手で、なんの面識もない。

「まあ、来週の日曜日、ここにお招きしたのは確かだけれど……」

と、暗に見合いをほのめかす。

「はあ。だけど、お見合いではないと?」

いささか呆れ口調で問い返され、ムッとする。

「そうよ! 同じ席に、和磨さんもお茶に招いてあげようと思っただけ」

「そうでしたか。それでしたら、和磨さんがやってこなくても大丈夫……」

「なわけないでしょう!」

長子は思い切り突っ込んだ。

まったくこの嫁ときたら、人の良さそうな顔をして、案外意地が悪いのだから。

「いい。あの馬鹿孫を、来週の日曜日、絶対にここに来させるの。彩音さん、特上の知恵をお貸しなさい!」

厳めしく命令するも、彩音はどこ吹く風と首を横に振る。

「今回ばかりは、知恵はお貸しできませんわ」

「どうしてよ?」

「意味のないことだからです。でも……」

「でも、何?」

この見合いをセッティングするのにさんざん苦労したというのに、意味のないことと否定されては、苛立つばかり。

「待つ楽しみを、いまのうちに味わっておいたほうがいいですわ」

「待ち続けて、いまなんでしょう!」

唾を飛ばす勢いで怒鳴りつけてやったら、彩音は慌てず騒がずひと差し指で耳を塞ぐ。

そのことに対して文句を言いたかったが、そんなことをしては本筋から外れてしまう。

「いまだ自由人でふわふわしっぱなしじゃないの、あの馬鹿孫は」

「まあまあ、そのうちお母様の夢みている天使のような娘さんを連れて来てくれますよ」

耳から指を抜き、そう口にした彩音は、優雅にカップを手に取る。

「はあっ!」

天使のような娘さんを連れて来るって……

あの煮ても焼いても食えない和磨のことを、天使のような娘が好きになるわけがない。

「あり得ない夢を見ているのは、あなたじゃないの」

「あり得ない夢などではありませんわ」

「自分の息子をひいき目に見すぎね。とにかく、あなたからもしっかり和磨に伝えてちょうだい」

彩音はため息をつき、ようやく頷いてくれた。

「わかりました。伝えるだけなら……」

「あなたの能力を最大限に使って、あの子を来る気にさせてちょうだいよ」

居丈高に命じたら、彩音は面白そうに微笑む。

「お義母様」

何やら含みを持たせるように呼びかけられ、長子はどきりとした。

い、いったい、何を言うつもり?

「な、なあに?」

恐る恐る話を促がすと、彩音はひどく真剣な眼差しを向けてきた。

思わずごくりと唾を呑込む。

すると彩音は、ゆっくりと口を開いた。

「もうすぐ桜が咲きますわ」

真剣な眼差しのまま言い切った彩音は、にっこりと微笑んだ。

「そうしたら、お弁当を持ってお花見に行きましょうね」

長子はずっこけた。

 まったく、この嫁には敵わないわ。

「聞かれるまでもないわ、もちろん行くわよ。さあ、彩音さん、あなたの描いた絵を見せてちょうだい」

そのあとふたりは、彩音の描いた絵を見ながら、楽しいひとときを過ごしたのだった。






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