恋に狂い咲き

 書籍 「恋に狂い咲き2」拓海サイドです。
 書籍のP76の、お話になります。


『記憶のメロディ』



「様子を見に行ってみようかな」

沈黙の間が持たず、拓海は独り言のように呟いた。

昼下がりの午後、温かな日差しが差す、拓海には馴染みの部屋……なのにどうにも落ち着かない。

いま、拓海の目の前には和磨がいる。

同じ空間にいるというのに、この男は、己だけの亜空間を創り上げてでもいるようだ。

たぶん、拓海の存在などまったく意識にない。

その和磨が思いついたように腕を伸ばし、テーブルの上に置かれたカップを取り上げた。

そして静かに、コーヒーを口に含む。

細められた目に、満足そうな光が浮かぶ。

和磨はカップをテーブルに戻すと、また先ほどと同じように、くつろいだ様子で亜空間に浸りこんだ。

どうしてこの男は、腹が立つほどに、姿もその仕草も絵になるのだ。

それにしても、今日はずいぶんと印象が違う。

服装のせいか? スーツじゃないから……

それに眼鏡もかけていないから、とても若く見える。

しかし、このひょうひょうとした態度、なんとも癇に障るな。

「この場に、自分の他にも人がいて、そいつが口にしたことに対して、なんらかの反応をしようとか思わないわけですか?」

ムシャクシャして、拓海は和磨に文句を並べたてた。

「反応してほしかったのか?」

まるで子どもを相手にしたような返しに、カチンときた。

「ほしいとかほしくないとかじゃなくてですね……」

言い訳がましく口にしながら、自分の分の悪さに舌打ちしたくなる。

「他人への思いやりを、貴方に求めても無駄でしたね」

口にして、また後悔する。

これじゃ完全にいちゃもんだ。

落ち着かない気持ちを目の前にいる和磨にぶつけているだけ……

僕ときたら、未熟なガキそのものじゃないか。

「思いやり? 私に、君が?」

「別に、貴方に求めたわけじゃありませんよ」

自分の口にしている言葉も思考も、収拾がつかなくなっているようだと思えたが、いまの拓海は正論を語れるほど冷静でいられない。

「どうやら、君はいま、かなり混乱しているようだ。無理もないが……」

その言葉に、拓海はカッとした。

「貴方にとっては他人事でしょうからね!」

ひどく責めるような叫びになってしまった。

拓海は心の中で唸った。

僕は何を言ってるんだ?

そんな風には、決して思っていないのに……

「すみません」

悔いを感じて謝罪したら、和磨は小さく肩を竦めた。

「いや……それより、どうして君はふたりのところにさっさと行かないんだ?」

少し不思議そうに問われて、拓海はむっとした。

拓海は額に手を当て、心を落ち着かせようと目を瞑った。

なんとなくわかってきた。

らしくなく、自分がこんなにも苛立つ原因……

それはこの男が、予想の範囲の答えを返さないからだ。

直球で投げたボールを受け止め、いちいち変化球で投げ返されている。

そのことに和磨本人が気づいていないことで、さらに投げ返された人間の苛立ちは募るのかもしれない。

しかし、前に和磨が口にした、真子と同棲しているというのは本当のことなのか?

あのときの会話を思い出すにつけ、事実であるように思えてくるわけで……

くそっ。

真子がこいつと同棲しているとか、そんな真実は知りたくもない。

和磨がいくら同棲していると言っても、僕は信じようとはしないだろうから、彼に聞いても意味はない。

やはり、真子にそれとなく聞くしかないな。

「あ……」

和磨が何かに気づいたかのように声を上げ、拓海は和磨を見つめた。

「どうしたんですか?」

「真子が……歌を口ずさんでる」

拓海は眉を寄せ、耳を澄ませた。

和磨の言う声を聞き取り、ハッと息を呑む。

こ、これは……

「ふーん、うまいな。心が安らぐような歌声だ。真治さんは、まだ目を覚ましておられないようだな」

拓海は、和磨の言葉を話し半分で聞いていた。

この歌は記憶にある……

歌詞など覚えていない。

けれど、このメロディーは頭の芯にこびりついている。

微かなメロディーは、拓海に安らぎと切なさを抱かせた。





 
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