恋にまっしぐら

番外編
第1話 楽しいお客様



「ゆり、次はあっちに行ってみよう、なにやら暗雲が漂っていて、面白そうだぞ」

「もおっ、あなた、わたしは暗雲が漂うようなところは……」

「いいから、ほら行くぞ」

彼女を無理やり引っ張って行くこの強引な男、実はゆり子の夫、伊坂勲である。

今日は、我が家でクリスマスパーティーを催しているのだが……

去年より、さらに参加者が増え、規模が大きくなっている。

夫が来るもの拒まずで招いているからだ。
おかげで、色んな人物がいる。

正直、あまりお付き合いしたくないひとのほうが多いのよね。

けれど彼女の夫は、そういう人物を観察するのが大好きなのだ。

器が大きいと言えばそうなのだけど……

夫の勲は、親の事業を引き継いだのだが、自分の代で大きく飛躍させた。

ひとに媚を売ることなく、己の才知だけで、それを成し遂げてしまった。

そのため夫は、かなりの変人と目されている。

まあ、そんな彼がどうにも好きなのだから、わたしも変人のひとりかもしれないわね。

ふふっと笑い、勲とともに暗雲の中に入り込んでしまう。

暗雲を作り出しているひとたちは、なんとも不幸そうに見える。

彼らは、自分が不幸を好んで引き寄せているということに気づかない。
自分がしあわせでないのは、全て他人のせいだと思い込んでいる。

夫が楽しんでいる横で微笑みつつ、ゆり子は周りを見回した。

背の高い次男の翔を目に入れる。

彼の周りにいる人物を見て、自分もそこに混ざりたくなる。

翔は、恋人の葉奈を連れている。葉奈さんは背が高く、とても大人っぽい子だ。

娘の怜香と同級生とは思えない。

翔はああいう子が好みだったのねぇ。とてもお似合いよねぇ。

むふふと、笑みを浮かべてしまう。

ふたりの結婚式もとても楽しみだし、数年もすれば孫も誕生するかも。

そう考えてウキウキしてくる。

これまで、長男にも次男にも恋人らしい影がまるでなくて、そんな夢も見られなかったのよね。

あー、葉奈さんの側に、もう一度行きたいわねぇ。

仲良くなって、お買い物に出かけたり、喫茶店でケーキを食べたりなんてのもいいわねぇ。

未来の夢を描いていたゆり子の視界に、長男の姿が飛び込んできた。

思わずやれやれと肩を落としてしまう。

長男の聡はいま、とんでもなく素敵なプロポーションの女性の腰を抱き、エスコートしながら参加者に挨拶して回っている。

あれが本物の恋人ならいいのだが、実は知り合いのモデルを、パートナーとして雇っているに過ぎないのだ。

まったく、どうしたものかしらね。

もう何年も前、若気のいたりで聡は恋愛で失敗し、それ以来、女性を遠ざけているのだ。

それにしても、ここの空気はいただけないわ。

ゆり子は夫の肩を軽く叩いた。

「うん?」

「ちょっと気分がすぐれませんの。少し息抜きしてきますわ」

そう言ったら、思った通り勲はつまらなそうな顔をする。ゆり子は彼に引き止められる前にすっと距離を取り、その場から退散した。

まあ、十分くらいしたら、戻るとしましょう。

そのころには、勲さんも暗雲の場所から移動してくれるのじゃないかしら。

そう期待しつつパーティー会場を抜け、ゆり子はどことも決めずに歩いていった。

玄関前にやってきたら、そこに親友セリアの息子の姿を見つけた。

いまやってきたようだ。しかも、ジェイは素敵なお嬢さんを二人も連れている。

まあ♪

もしや、あの、どちらかが、彼の恋人だったりするのかしら?

もおっ、聡さんったら、ついにジェイに負けちゃったじゃないの。

「ジェイ」

彼に呼びかけ、歩み寄って行く。

タイトなドレスなので、歩きづらくて困る。

けど、こういうデザインが勲さんの好みなのよね。

「ジェイ、いらっしゃい」

三人の前までやってきて声をかけたのだが……

まあっ、なんて魅力的なお嬢さんたちなの。

着飾っていることをさし引いても、ふたりともとても美しい。

背の低い女性はふんわかとした印象で、とても可愛らしいし、もうひとりは、もう言葉を失くすほど美しかった。

「こちらのお嬢さん達は? あなたのお友達?」

そう尋ねたら、ジェイは微笑み、まずは挨拶してきた。

「ゆり子さん、今日はお招きいただいてありがとう」

そして、自分の隣にいる可愛らしい女性に笑みを向け、ゆり子に紹介してくれる。

「彼女は星崎美紅。僕の恋人だよ」

うんうんと頷いてしまう。ジェイにお似合いだわ。

納得していると、ジェイはもうひとりの女性も紹介してくれる。

「それと、美紅の妹の亜衣莉」

そう、こちらの方は妹さんだったのね。

「まあ、ジェイ。素敵な方と巡り合えたようね」

ゆり子はふたりに、歓迎の笑みを向けた。

「ええ。僕は世界で一番のしあわせ者ですよ」

ジェイは恥かしがることなく、そんなノロケを口にする。

こういうとこころ、聡さんに見習わせたいわ。

「こちらは、聡の母のゆり子さんだ」

紹介してもらい、姉の美紅と笑顔を交わし合い、それから妹に目を向けたら、どうしたのかひどく青ざめているように見えた。

亜衣莉さんだったわよね。気分でも悪いのかしら?

それにしても、ふたりが着ているドレスは、更紗のもののようだわ。妹の亜衣莉さんは、イヤリングとネックレスも身に着けている。

この方にとても似合っているんだけど……

なんというのか……それらを身に着けている自分を、受け入れられていないように感じるわね。

気になってしまい亜衣莉のことを見ていたら、姉の美紅が話し始めた。

妹と違い、姉のほうは緊張などしないタイプらしい。

「わたし、いつも失敗ばかりして、伊坂室長にご迷惑掛けているんです。すみません」

ぺこりと頭を下げて謝罪され、思わず声を上げて笑ってしまった。

それにしても、そうなのね。この方が……

「聡さんと、同じ職場の方なのね?」

「ええ。僕も美紅も、聡の部下ですよ」

やっぱり、この方なのね。会ってみたいと思っていたのよ。

「聡さんが自分の職場に女性を入れた話は主人から聞いていたのよ。それがあなただったのね。あの子との仕事はやり辛くありませんか?」

「やり辛いというより、すっごく怖いです」

即答を貰い、あらまあと思ってしまう。

「表情を変えずに無能って言われたこともあります」

む、無能? ……聡さんったら。

「あ、でも、この前、よくやっているって褒めてもらえたんです。いつもは鬼みたいな伊坂室長が、あの時だけはやさしく見えました」

もおっ、なんて楽しい子なのかしら。

「会場の方に移動してお話ししましょうよ。主人も喜ぶわ。お料理も素敵なシェフを招いたから、とても美味しいのよ」

ゆり子はウキウキしつつ、三人をパーティー会場へと促した。





つづく



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恋愛遊牧民G様
  
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