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恋にまっしぐら
番外編
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第3話 お馬鹿さんを懲らしめ
聡への腹立ちを抱えつつパーティー会場に足を向けていたら、屋敷の中を歩いている聡を見つけた。
あら、あの子ったら、どうしてあんなところをひとりで歩いているわけ?
よくわからないが、ゆり子は、お馬鹿な長男をどう懲らしめてやろうかと思案しつつ歩み寄って行った。
「聡さん」
声をかけると、聡は驚いたように振り向いてきた。
「母さん。父さんと一緒じゃなかったんですか?」
そんなことはどうでもいいわ!
腹を立てているものだから、心の中で噛みついてしまう。
さて、どう料理してやろうかしらん。
「更紗さんにお聞きしたのだけど、どんな方にドレスを贈ったの?」
そう言ったら、聡は眉間に縦皺を寄せる。もちろん更紗からそんな話は聞いていない。
「とても美しい方だったって聞いたわ。聡さんったら、更紗さんの店の服を全部買い込んで贈りそうな勢いだったとか…」
「母さん、あの」
あの、じゃないのだ、あのじゃ。
ゆり子は長男に責めるような目を向ける。
「そんな方がいらっしゃったのにどうして美智歌さんを……あなたがあんな風に彼女をエスコートしているところをその方が見たら……ショックを受けるのも道理ですよ」
「道理?」
聡は怪訝そうに言う。
「ええ。いまさっきパーティー会場にお連れしたの。ジェイが玄関まで送って来て、彼は用事があって戻ってしまったけど……」
ゆり子が口にしている途中から、聡はみるみる青ざめる。
「そっ、それで彼女は、いったいどこにいるんです?」
そんなに焦るのなら、どうして違う女性をパートナーにしたんだか。
ここはしっかり灸を据えてやらなきゃ。
「やっと見つけた愛するひとを、こんなことで失くすなんて。愚かにもほどがあるわ」
「失くす? 馬鹿を言わないでください」
「馬鹿はあなたよ、聡さん。ご自分のやったことを、よくよく考えるのね。同じ女性として、許せることではなくてよ」
腹立ちとともに諌め、ゆり子は踵を返した。
「母さん、待ってください。彼女はどこにいるんです?」
聡は追いすがってくる。それを見て、ゆり子は少しだけ腹立ちが収まった。
「大きな声を出さないで、みなさんが見てらっしゃるわ」
わざと冷静に言ったら、聡が「そんなことはどうでもいい!」と怒鳴ってきた。
「亜衣莉は、彼女はどこにいるんです?」
「そんなに大声で怒鳴らないで、耳が痛いわ」
「頼むから……母さん……早く、教えてください」
ゆり子に懇願し、聡は唇を噛む。そして苦渋の色を浮べた。
さらに口を押さえた聡の目に涙が湧き上がって来たのを目にし、ゆり子は胸がいっぱいになった。
どうやら、女性を遠ざけてばかりいた長男にも、ついに本当の恋が訪れたようだ。
すると聡が突然駆け出した。
亜衣莉は帰ったと思ったのか玄関に向かっている。
「聡さん、方向が違うわ」
声をかけたら、聡は足を止めて振り返る。
その表情は絶望の色が浮かんでいた。
もうこれで許してあげましょうか。
亜衣莉さんの分まで、とっちめてやれたと思うし。
「彼女は、あなたのお部屋よ」
教えてあげたのに、聡は混乱してしまっているのか棒立ちになっている。
ああ、そうだわ。わたしがついた嘘も訂正しておかないと。
「安心なさい。亜衣莉さんは何も見ていないわ。いらっしゃった時に、わたしがあなたの部屋にお通ししたの」
聡は疲れたように安堵の表情を浮かべた。そしてゆり子に向けて頭を下げてきた。
「ありがとうございました。母さん」
「彼女を大切になさい。……かなり怯えてらしたみたい。あなたが、この家の長男だとは知らなかったみたいね」
まだ話している途中だと言うのに、聡は駆け去ってしまった。
このあとのふたりが、とても気になるのだけど……さすがに覗き見するわけにはいかないわよね。
そう思いつつも、足は聡の後を追ってしまう。
階段を上り、部屋の手前まで行くと、ハナが目の前に現れた。
「あら、ハナ。ねぇ、亜衣莉さんは部屋から出てこなかった?」
「にゃ」
これは肯定の返事だ。ほっとする。
「ねぇ、ちょっと様子を見にいかない?」
ハナに提案し、足音をしのばせてドアに近づく。
話し声が聞こえる。
けど、はっきり聞き取れない。
盗み聞きなんてダメだけど……ふたりが心配なんだもの。
ゆり子はドアに耳をくっつけた。
「君を失う夢を見たんだ」
聡の声が聞こえた。
その声はひどく震えていて、ゆり子は聞き耳を立てていることが後ろめたくなった。
けど、もうちょっとだけ……
「わたしを失う夢?」
「ああ。目の前が真っ暗になった。あまりにリアルで……胸がつぶれそうに痛かった」
まあ、あの聡さんが、こんなにも赤裸々に自分の思いを語るなんて、びっくりだわ。
亜衣莉さんのことを、これほどまでに愛しているのねぇ。
感心して頷いたところで、ハナが愉快そうな目でゆり子を見上げているのに気づいた。
ドアに耳をくっつけて盗み聞きしているゆり子の姿が、おかしいのだろう。
「わたしは、ここにいます」
聡を心配したように答える亜衣莉の声が聞こえた。
それを聞き、ゆり子はドアからそっと離れた。
大丈夫なようだわ。
亜衣莉さんは、おとなしいお嬢さんのようだけど、芯があるわね。
ゆり子は、ハナの頭を撫で、それからパーティー会場に戻ることにした。
会場の前に、美智歌がいた。誰かを探しているようだが……探しているのは聡だろう。
「美智歌さん」
「奥様」
「よかったわね。あなたはもうお役御免よ。お疲れ様」
「そうなのですか?」
「ええ」
美智歌はどういうことか詳細はわからないながらも、「それでは、これで失礼いたしますわ」と丁寧に頭を下げ、帰って行った。
ほんと知的なひとねぇ。さすが更紗のところのトップモデルだけあるわ。
「ゆり子」
名を呼ばれ、ゆり子は振り返った。
「あら、あなた」
「君ときたら……すぐに戻って来ると言ったじゃないか」
まったく、鬼才と恐れられるひとなのに、いまは子どもみたいに拗ねちゃって……
もちろん、そんなところが可愛いんだけど……
「だって、それどころじゃなかったのよ」
彼の腕に腕を絡ませ、にまにましなから言ったら、勲は戸惑い顔になる。
さあ、どんな風に彼に話して聞かせてあげようかしら?
「もう、聞いたら驚くわよ」
ゆり子は胸を弾ませ、話を切り出したのだった。
End
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ぷちあとがき
クリスマス編を書くのに、あれこれ読み返していたら、「恋にまっしぐら」のこの場面の聡の母視点を書きたくなったので、書いてみました。
楽しんでいただけたなら嬉しいです♪
読んで下ってありがとう(^o^)/
fuu(2015/12/30)
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