恋にまっしぐら

続編
その2 がっかりなタイミング



「あの…これ」

亜衣莉が、その腕に抱きしめていた細長い包みを、聡に差し出してきた。

ずいぶんとはにかんだ様子に、聡の胸はきゅんとした。

「僕に?」

彼の言葉に、亜衣莉は小さく頷いた。

「ずっと持ってて…箱がつぶれてしまって…」

聡は、彼女の両手に握られている箱をじっと見つめた。

彼女の言うとおり、箱は少しつぶれてしまっていて、その事実がやたら彼の胸に熱いものを感じさせた。

亜衣莉が愛しくてならなかった。

そしてその分、自分自身が許せなかった。

「クリスマスプレゼントだね?」

分かりきったことだと分かっていても、受け取った包みを見つめた聡は、亜衣莉に視線を戻してそう尋ねた。

「はい。こういうの買ったことなくて…」

胸を疼かせる感情を押さえ込みながら、彼は笑みを浮かべて頷き、丁寧に包装紙を剥がし、箱を開けた。

「が、柄とかも…よく分からなくて…」

中に入っていたのは、渋い赤のネクタイだった。

「気に入らないかも、しれないけど…」

亜衣莉はひどく心許無さそうに言った。

彼女からの贈り物という、特別な品。

これ以上、彼に喜びを与えてくれる物など、彼にとっては存在しない。

なのに亜衣莉は不安そうだ。

聡がどれほどしあわせを噛み締めているかなど、彼女には分からないようだ。

彼は亜衣莉の顔に浮かんでいる不安をすべて拭い去りたくて、彼女の頬に指を当てて、そっと撫でた。

「大切に使うよ」

彼の表情を見て、どうやら気に入ってもらえたようだと信じられたのか、亜衣莉はほっとしたように息をついた。

「あ、ありがとうございます」

聡は笑いが込み上げた。

さすがに、その台詞はないと思う…

「ありがとうは、この場合、僕の台詞じゃないかと思うよ、亜衣莉」

「あ…」

すでに赤かった亜衣莉の頬は、ますます赤らんだ。

彼女は、握り締めた自分の両手をもみ絞りながら口を開いた。

「こ、このドレスとか、靴とか、アクセサリーも…いっぱい。こんなにいただいてしまって…」

どうやら、聡から贈られた贈り物を、彼女は無条件に受け入れて喜んでいる様子ではなかった。

貰いすぎて、どうしていいか分からないでいるようだ。

もどかしさが渦巻いた。

「亜衣莉、僕は君に贈りたいから贈ったんだ」

苛立ちに駆られていたせいで、彼の声も苛立ちを含んでいた。

もちろん苛立ち混じりに言われた亜衣莉は、泣きそうな顔になった。

いまの彼女の精神が不安定だと分かっているのに…

「亜衣莉…気に入ってくれたんだね?」

聡は努めてやさしく尋ねながら、彼女の首元を飾っているネックレスに触れた。

「さ、聡さん、あ、あの?」

「うん?」

「こ、これ、本物じゃないですよね?」

亜衣莉は恐る恐るといった様子で彼に尋ねてきた。

貰いたくない答えではありませんようにと、祈ってでもいるようだ。

偽物だよと嘘を言えば、彼女はほっとするのだろう。

だが、それでは彼女を騙すことになる。

「イミテーションではないな」

さりげなく聡は言った。

だが亜衣莉は、とんでもなく頬を引きつらせた。

「わ、わたし…」

亜衣利はそれだけ言って、苦しげに喉元を押さえた。

「亜衣莉」

「は、…はい」

「僕は、これが君に似合うと思ったからこれを選んだ。…けど君は、こいつの値段を重視するのか?」

亜衣莉は痛そうに顔を歪めた。

彼女の中にも葛藤があるのだ。

ふたりの価値観には大きな違いがある。

だが、それがなんだというのだ。

聡は彼女を愛していて、彼女も聡を愛してくれているはずで…
それだけで充分なはずなのに…

「だ、だって…でも…」

「亜衣莉、君は僕にあわせて変わる必要はない」

聡の言葉に、亜衣莉は顔を上げて彼を見つめてきた。

彼は亜衣莉の瞳を見つめ、両頬を手のひらでやさしく挟んだ。

「だから…君も、僕という人間を、そのまま受け入れてくれないか?」

亜衣莉は、大きく目を見開いた。

聡と亜衣莉は、確かにいろんな面で違う。

年齢も、生きてきた世界も…

彼は社会人だし、彼女はまだ高校生だ。

違って当然…

「亜衣莉」

何を考えているのか、瞳を揺らしている亜衣莉を見て強い不安が湧き、聡は彼女の名を呼んでいた。

聡の表情に何を見たのか、亜衣莉が手を差し上げてきて、彼の頬に触れてきた。

「わたし…このままでしかいられません。でもそれでいいんですよね?」

すがるような瞳と、彼女の言葉に、聡はほっとした笑みを浮かべた。

「ああ、もちろんだ」

聡は安堵とともに、亜衣莉を抱き寄せた。

亜衣莉の温もりを全身で感じていた聡の背後で、カタンと大きな物音がした。

音に驚いた彼女の肩が、ぎょっとしたように跳ねた。

「驚かなくていい、亜衣莉。なんでもないから」

聡はそう言葉を添えながら、亜衣莉を安心させるように背中を優しく叩いた。

もちろん物音は、彼には馴染みの音だ。

しかし…このタイミングで現れるのか?

聡は扉の下にすでに鎮座して、彼らふたりを見つめているハナを確認して、いささかがっかりした。

ふたりの時間を、誰であろうと邪魔されたくなかったのだが…

「ネコ?」

ハナを確認した亜衣莉が、呟くように言った。

「亜衣莉、彼女はハナ。我が家の一員だ」

「ハナさんっておっしゃるんですか?」

亜衣莉の言葉に聡は笑ったが、正直面白くなかった。

なんだか彼とふたりきりの時より、亜衣莉の声が明るく感じられる。

「ハナ、何の用だい?」

聡は、まだ自分専用のドアの前でしゃがんでいるハナに尋ねた。

ハナは初めて見る亜衣莉に、あからさまな興味の色を浮かべている。

「にゃ」

聡の質問を適当に受け流すように返事をすると、ハナは亜衣莉と聡の足元までトコトコやってきて腰を据え、亜衣莉だけを見上げた。

相変わらずと言えるだろうが…まるで女王様気取りで、挨拶するのは新参者のお前からだろうと、ハナは亜衣莉に言いたいようだった。

そんな高飛車なハナの気質など知らない亜衣莉は、屈託の無い笑みを浮かべ、ハナの前にしゃがみこんで、顔を近づけた。

「初めまして、ハナさん。わたし、星崎亜衣莉と言います。よろしくお願いします」

亜衣莉はまるでハナが、自分より年上の人間であるかのような挨拶をした。

おまけに、丁寧なお辞儀付き…

「にゃにゃ〜む」

ひどく満足そうなハナの鳴き声に、聡は呆れた。

天井に顔を向けて鳴いたハナは、亜衣莉の足元に擦り寄り彼女を見上げた。

抱いてもいいわよという意志表示のようだ。

亜衣莉もそれを的確に受け取ったのか、しゃがみこんでハナを胸に抱いた。

リラックスしたような表情になった亜衣莉を見て、聡はほっとした思いと苛立ちを感じた。

ハナは、ちょこっと顔を出し、亜衣莉に自分を抱かせただけで、彼女を心からリラックスさせたようだ。

面白くは無いが…まあ、いいことには違いない。

「亜衣莉」

聡は不服を胸から追い出し、彼女に呼び掛けた。

「はい?」

「君は、まだ何も食べていないんだろう?」

「は、はい。…そう、ですけど…」

困ったような顔で、亜衣莉は渋々答えた。

「何か君の好きそうなものを持ってこよう」

彼の言葉に、彼女は慌てた様子で首を横に振った。

「い、いいです。私、家に戻ってから食べますから」

「亜衣莉、ふたりの間で、遠慮はして欲しくないな」

彼女は、しゅんと萎れた。

「僕は君の家でご馳走になってばかりなんだぞ。今夜はここで、僕と一緒に食べてくれてもいいだろう?」

彼女はさんざん悩んだ末に、「はい」と返事をした。

聡は亜衣莉が抱いているハナの頭にそっと触れた。

「ハナ、頼みがあるんだが」

「にゃ?」

性格には、山のような難点があるが…ハナは、驚くほどかしこいネコだ。

「僕はこれから用事で出掛けてくる。君、その間、亜衣莉の相手を頼めないかな?」

「にゃお」

どう考えても、肯定の返事だった。

聡はハナに向かって、感謝の笑みを浮かべた。

「良かった。助かるよ。…亜衣莉、それじゃ、ハナと待っててくれるね。何か食べるものを調達したら、すぐに戻ってくるから」

「あ…」

亜衣莉の瞳に一瞬心細そうな色が浮かんだが、そんな彼女の胸のあたりを、ハナがちょいちょいとつついた。

ハナの仕草に、亜衣莉はおかしそうに笑みを浮かべた。

「それじゃ…ハナちゃんと、待ってます」

「ああ。すぐに戻るからね」

聡は思い切ると、部屋から出た。

食事を終えたら、すぐに亜衣莉を家まで送ってゆこう。

ジェイと美紅は、外泊するようなことはしないだろうし、遅くなってでも、戻ってくるに違いない。

ふたりが戻るまで、亜衣莉の家で、彼女と一緒に今夜は過ごそう。

頭の中で予定を立てた聡は、急いで階段を駆け降りた。





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恋愛遊牧民G様
   
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