恋にまっしぐら

続編
第9話 大晦日の過ごし方



「うーん、どうかな?」

鏡の前に立って服装のチェックし、亜衣莉は顔をしかめる。

この服でいいかなぁ?

右に左に身体を捻って確認する。

「亜衣莉、何をやってるの?」

開けっ放しにしていたドアのほうから姉の声が聞こえ、亜衣莉は振り返った。

通りすがりに声をかけてきたようだ。

「あ……うん。服、これでいいかなって」

「あれっ? どこかに出かけるの? 今日はお大晦日なのに」

「大晦日だから出かけるの。買い出しにいかないと……お節を作るんだもの」

「ああ、なんだ。買い出しね。だって、亜衣莉ってば、そんなおしゃれしてるから」

「おしゃれ? えっ、この服装、おしゃれすぎる?」

「だって、食料品買いに行くときって、いつもセーターとジーンズにパーカーとかじゃない」

「まあ、そうだけど……」

確かに、いつもはそうなのだが……

だって、聡さんが一緒なんだもの。そんな服装では出かけられない。

たとえ行く先が、近くのスーパーであってもだ。

聡さんに、それなりに合せたものを着ないと……どちらも気まずいだろうと思うのだ。

「今日は、少し遠くのショッピングセンターに行くんだと思うの。さすがに普段着じゃないほうがいいでしょう?」

「へーっ。お節を作る材料を買いに行くのに、遠くのショッピングセンターまで行くの?」

「う、うん」

そういえば、聡さんと一緒に行くってこと、美紅に伝えてなかったかな。

ほぼ毎晩、美紅はジェイと楽しそうにしているものだから、邪魔をしないでおこうと思っちゃって……

「あの、実はね」

「うん」

「……その、聡さんが連れてってくれるの」

言葉にしつつ、顔が赤らむ。

「えっ、伊坂室長が?」

「う、うん」

「へーっ。ちょっと意外。室長、大晦日だって言うのに、他には何も用事がなかったんだね。あっ、イブにもうちのパーティーに参加してくれたし……あれで案外暇なんだなぁ」

暇だからってことじゃないんだけど……

美紅は、いまだに妹と自分の上司が付き合っていると思っていない。

付き合うことになったとは恥ずかし過ぎて言えず、けれどこんなふうに、頻繁に一緒に出掛けているのだから、すでに言うまでもなくという感じなのだが……美紅はふたりの関係をそういうようには見てくれない。

「でもよかったね。車で大きいスーパーに連れてってもらえて。今年のお節は豪華版になりそうだね」

「うん。そのつもり」

「お金の心配はしなくていいから、がっちり買い込んできなよ」

美紅は嬉しそうに胸を張って言う。

そんな姉を見ると、胸がいっぱいになってしまう。

仕事を頑張って、いっぱい稼いで、妹のわたしにお金の心配をさせていないことが、嬉しくてならないんだよね。

ほんとありがとう。

亜衣莉は心の中で、姉に向けて両手を合わせる。

「それにしてもさ……」

美紅が考え込んだように首をかしげる。

「なあに、美紅?」

「伊坂室長のこと……亜衣莉ってば、名前で呼ぶようになっちゃって……すっごい違和感あるんだけど」

そう言われても……

「そう呼んでほしいって言われたから……」

「うん、それは聞いたけど。……でもやっぱり、違和感バリバリなの。もちろん伊坂室長と亜衣莉がすごく仲良くなったのはわかったけど……でも」

美紅は眉を寄せて悩むような表情をする。

「でも、何?」

「亜衣莉が口にする『聡さん』がね。あの伊坂室長と同一人物だと思えないの。どうしても、別人みたいに思えちゃって」

美紅の中で、聡は『伊坂室長』という怖い上司様なのだ。

その印象が、あまりに強烈すぎるようだった。

けどわたしにすれば、美紅の口にする『伊坂室長』という人物を、聡さんだと思えないかも。

「あのね、美紅」

「なあに? あっ、いけない。わたし洗面所に櫛を取りに行くところだったの。早く支度しないと、ジェイが来ちゃうかも」

「支度って……美紅もジェイとどこかに出かけるの?」

「大晦日だから。雰囲気を楽しみにあちこち回るつもりなの」

「へーっ」

大晦日の雰囲気を楽しむか……

わたし、そういう風に考えたことなかったな。

大晦日なんだから、お正月を迎える準備をする日と思ってて……

なんだか、美紅とジェイを羨ましく感じた。

ふたりって、楽しいことを見つけるのがうまいよね。

「どうしたの、亜衣莉? そんな変な顔して」

変な顔?

指摘されて、唇をきゅっと突き出していたことに気づき、亜衣莉は慌てて戻した。

「なんで慌てて戻すの?」

「だって……美紅が変な顔って言ったから……」

「変な顔をした理由は知りたかったけど、直してほしかったわけじゃないわ」

「えっ?」

「だって、すごく可愛かったもの」

「変な顔だったのに?」

「うーん、だから変な顔っていうのは、別に悪くはないんだってば」

そういうものなのか?

そんな話をしていたら、ドアのチャイムが鳴った。

聡がやってきたのに違いない。

「それじゃ、美紅、買い出しに行ってくるね」

姉に声をかけ、コートとバッグを取り上げる。

「うん。美味しいものいっぱい買って来てね。あっ、お金はちゃんと持った?」

「持ってる。ありがと、美紅」

「なんでお礼を言うの?」

「だって、美紅が働いて得たお金だもの。大事に使うね」

「……ねぇ、亜衣莉」

「はい?」

「無駄遣いもしなさいよ」

その言葉に、亜衣莉は声を上げて笑った。

「普通、そんな助言はしないわよ」

「亜衣莉にはそれくらいがちょうどいいの。ほ、ほら、室長を待たせちゃ叱られちゃうわよ」

美紅ときたら、恐れたように亜衣莉を急かす。

彼女は笑いながら、玄関に急いだ。

玄関のドアを開けて聡を出迎える前に、ドキドキする胸をぎゅっと押さえる。それで鼓動がおとなしくなるわけではないけど……

クリスマスパーティーが行われている聡さんの家に連れて行かれて……あの日は、もうどうにかなりそうなほど緊張してしまった。

あまりに大きなお屋敷で、生まれの違いを思い知らされて、聡と付き合うなんてとてもできないと思った。

いまもその気持ちを整理できていないし、解決できてもいない。

でも……聡さんと別れたくない。一緒にいたい。

その気持ちが強くて、わたしは問題を全部心の内に仕舞い込んでしまってる。

このままにはしておけないことはわかっているけど……まだいまは……

亜衣莉はふっと息を吐き、ドアを開けた。

「すみません。お待たせしました」

「亜衣莉」

聡は亜衣莉を見て、微笑みかけてくれる。

それだけで亜衣莉の胸は苦しいほどに膨らむ。

「忘れものはないかい?」

聡に聞かれ、靴を履いたところだった亜衣莉は、ちょっと頬を膨らませた。

「うん? どうした?」

「忘れ物とか……普通聞きませんよ」

「どうして? 忘れものはないほうがいいだろう? 必要なものを忘れては、君が困るんだぞ」

「だから……忘れ物なんてしてません。そんなふうに、いちいち聞かれると子ども扱いされてる気がして、嫌なんです」

ぶつぶつ言ったら、ふっと笑う声がし、足元を見つめていた亜衣莉は顔を上げた。

「笑わないでください!」

「いや、ごめん。子ども扱いなんてしないから。さあ、行こう」

なだめられた気がして拗ねたものの、また子どもっぽいと思われてしまうに違いないと、気を取り直す。

子どもと思われても仕方のないことなのだ。亜衣莉はまだ高校生で、聡とは七つも年齢が違う。

それでも、同等に見て欲しい。

だって……わたし、聡さんの恋人……のはずなんだもの。

どうにも自信を持って言えない自分が、もどかしい亜衣莉だった。





つづく


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