恋にまっしぐら
その28 しあわせの中の不安



風は冷たかったけれど、青空が広がり天気は上々だった。

三人に買ってもらった、真っ白なセーターと黒とグレーのチェックのスカート、それにあったかなコートを羽織っていれば、どんなに冷たい風が吹いていても温かい。

頬に当たる風は少し冷たかったが、遊園地の中を駆けずり回っていると、汗ばむほどだ。

聡は、亜衣莉のコートについたフードが頭から外れているのに気がつくと、黙って手を添え、頭にぽすんと被せてくる。亜衣莉はそれが不服だった。

全体的に大人びた雰囲気の服装なのに、フードを被ると途端に子どもっぽくなるような気がするのだ。

亜衣莉は聡の隙を捉えると、さっとフードを外していたから、聡は無意識に、亜衣莉とフードを巡って争っているという状況になっていた。

それがとても愉快で、亜衣莉は口元の笑みを押し殺した。

聡は今日、ジーンズを履いていた。
それにシックなTシャツに黒地のチェックのシャツと黒い洒落たデザインのコートを着ている。
足にはこれまたシックなデザインのスニーカー。

スニーカーは久しぶりだと言い。やはり歩くのが楽だなと、並んで歩きながらひとり言のような感想を彼は述べていた。

亜衣莉は、歩きながら右側を同じ歩調で歩いている聡の手を見つめた。

聡の意識では、これはデートではないのだろうが、一応男女のカップルなのだし、手を繋いで歩くという案は、受け入れられないものだろうか。

そっと触れてみようか?
それで何気なくアピールしてみるというのはどうだろう。

亜衣莉は聡の方へにじり寄りながら右手を動かした。大胆な行動に胸がドキドキする。

ドンと二人の身体がぶつかった。亜衣莉は驚いて顔を上げた。

ぶつかった拍子にふたりの身体が密着し、人波から庇うように、聡の腕が亜衣莉の背中に回されている。

「亜衣莉、いったいどこを見てたんだい」苦笑しながら聡が言った。

前方の道が大きく左にカーブしていた。
前を見ていなかった亜衣莉はひとり、人の波から外れたらしい。

「す、すみません」亜衣莉の赤くなって俯いた。

「ほら、俯いていると危ないぞ。今度はちゃんと前を向いて歩くんだぞ」

まるで、小学生の遠足で、先生に注意された子どもの気分だ。亜衣莉はむしゃくしゃした。

気持ちがそのまま顔に表れて、亜衣莉の頬がぷくっと膨らむ。

「むくれるほどのことを、わたしは言ったか?」

「むくれてなんか…」

むくれた証拠の頬を膨らませながらでは説得力がない。
亜衣莉は途中で黙り込み、むしゃくしゃが募って、さらに頬が膨らんだ。

突然、亜衣莉はきゅっと抱き締められた。驚いて顔を上げると、なぜか彼の方が驚いている。

「す、すまない」上擦った声で聡が謝り、さっと身体を離した。

そのあと、なんだか声を掛け辛く、亜衣莉も目的のジェットコースターのところまで黙って歩いた。

五分待ちという、ジェットコースターの列に並ぶと、最前列にいたグループから、女の子の大きな叫び声があがった。どうやら、背の高さが足りずに、乗せて貰えないらしい。

「もう一度測って、今度は大丈夫だから」と、女の子は泣きながら必死に懇願している。

見ているこっちが切なくなってくる。

「麻里ちゃん、何度測っても同じことよ。一センチ足りないの」

「いやっ。絶対今度は大丈夫なの。お願いもう一度だけ、お願い」

女の子の熱意に負けたのか、係の女性が、それじゃもう一度と、女の子を簡単なつくりのバーのところに立たせた。

バーより、数センチ上に頭がある。「あら?」と係の女性が言った。

女の子は不安定に上半身を揺らしている。

「明らかな不正だ」

亜衣莉に聞こえるだけの音量で、聡がぼそりと言った。
彼女は必死で噴き出すのを堪えた。

女の子の両親が気まずそうに目配せをし、女の子に手を伸ばそうとしたその時、係の女性が女の子の頭に手を置いた。

「バーより上です。どうぞ、楽しんできてください」

係の女性は仕事の顔で微笑み、頭を下げた。

一部始終を見ていた客のあいだから、軽い拍手が沸き起こった。
この場の不思議な一体感に、亜衣莉は胸がジンとした。

ジェットコースターの最後尾に乗り込んだところで、聡が呟くように言った。

「ああでなければいけないんだな」

「何がですか?」

「ひとの生き方さ。ルールは必要なものだが、それを越える場面も必要だ。…あの子はちゃんと学んだのかな」

「学ぶ?」

「ああ。不正をして乗れたことではなく、人の温かさをね」

「きっと学んでます。わぁぁぁっ!」

コトコトと振動しながら進んでいたジェットコースターが、凄い速度で落ちた。

亜衣莉はワーキャーを繰り返し叫びながら、もっとも景色の良いところでは、顔を引きつらせてひたすら目を瞑っていた。

「亜衣莉、目を瞑ってばかりじゃ、乗った意味がないだろう」

ジェットコースターを降りて、ひとしきり笑ったあと、聡が言った。

亜衣莉はまた頬を膨らませた。
彼女は彼のような鉄人ではないのだ。

「…だって、身体の中がひっくりかえってめちゃめちゃになった気分で…目なんか開けてられません」

遊園地内は、クリスマスの飾りつけがなされ、それにあわせた特別なイベントも多くやっていた。
ジェットコースターが苦手だと判明した亜衣莉を、聡は、それらのイベントを主体に連れて回った。

薄暗くなるまで遊園地を堪能し、ふたりは園を後にした。

聡は、亜衣莉が買ったジェイと美紅へのお土産の袋を提げ、亜衣莉は聡に買ってもらった大きな愛らしいぬいぐるみを抱え込んでいた。

亜衣莉はそのお返しに、携帯のストラップを買って渡した。
もちろん彼に内緒で、同じものを自分にも買ったことは言うまでもない。

結局最後まで手は繋げなかったけれど、口に言えないほど亜衣莉はしあわせで楽しかった。

そして、その楽しさのぶん、不安が膨らんだ。
こんな風に楽しいときを、今後も彼と分かち合わせてもらえる機会は、果たしてあるのだろうか?





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恋愛遊牧民G様
   
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