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その31 豪華すぎる贈り物
少し落ち着いたらしい亜衣莉は、プレゼントの箱を開ける作業に没頭するふりをしている。
ジェイはそんな彼女を、笑いを堪えながら観察していた。
彼女のほっぺたは火がついたようにいまだに真っ赤だ。
たぶん聡は、帰り際、亜衣莉に告白したに違いない。
洗面所で、雄たけびのような叫びを上げた亜衣莉は、昼まで部屋に閉じこもった。
ジェイと美紅の共同作業でお昼にピラフとスープを作り、それを告げると、亜衣莉はしぶしぶ部屋から出てきた。
昼食を終えてしばらくくつろいだところで、美紅が亜衣莉がもらったプレゼントが見たいと言い出し、亜衣莉は自分の部屋からプレゼントを持ってきて、いま開けているところだった。
聡は、亜衣莉へのプレゼントを美紅に託し、彼女のベッドの側に置いて欲しいと渡していったのだ。
なんとも洒落たサンタの演出で、ジェイはいささか面白くなかった。
ジェイはといえば、美紅の寝床に忍び込むわけにもゆかず、今朝抱えて来たのだ。
その美紅はいま、ジェイが贈ったドレスを亜衣莉に見せるために、いま自分の部屋で着替えているところだ。
「亜衣莉、どうだい、気に入る贈り物があったのか?」
「それが…どれも素敵すぎて…困ってます」と、ため息をつく。
「困ることはないだろう」ジェイは苦笑しながら言った。
居間のテーブルには、本物に違いないジュエリーアクセサリーが数点と、薔薇を模したリボンの付いたローヒールのパンプス。暖かそうなアイボリーのコート。
そして亜衣莉にバッチリ似合いそうなドレスが広げられていた。
聡の超豪華版の贈り物に、ジェイは笑いを堪えた。これでは亜衣莉が引くのも同然だろう。
これをネタに、派手に聡をからかってやろうと目論んで、ジェイはにやついた。
もちろん、ジェイと美紅からのプレゼントもそこにはあった。
美紅からは、ピンクのチェック柄の大きなクッションが、なぜかふたつ。
ジェイは、ウォークマンと、MDコンポを贈った。
そして美紅には…
ジェイはポケットをさぐり、そこにあるものを確かめた。
「ジェイ、亜衣莉、どうかしら」
美紅の恥ずかしげな声がして、ジェイは居間の入り口を見た。ジェイは息を呑んだ。
淡いピンクに染まった天使。
美紅のくるくるっとカールした髪が少し丸みを帯びた頬に掛かり、その愛らしさはハンパじゃなかった。
肩の丸みが見えるようなデザインで、そのつるつるの肌にジェイの視線は釘付けになった。
予想以上に似合っている。さすが更紗、というべきだろうか。
買い物に来た美紅をひと目見ただけで、どうしてこんなに、本人にぴったりのドレスをデザインできるのだろう。
「うわーっ。美紅、とっても綺麗。ね、ジェイ…ジェイ?」
ぼうっと見惚れていたために、ジェイはすぐには返事が出来なかった。
「う、うん。いいよ。とても…素敵だ」
「ほんとに?良かった。こういうドレス、着たことがないから、とっても恥ずかしいわね。今夜のホテルでの食事に着て行ってもいい?ジェイ」
「もちろんだ。そのつもりで贈ったんだからね。靴もサイズは良かった…みたいだな」
美紅の足元に視線を落としたジェイは、その靴を履いているのに気づいて笑った。
「とても履き心地がいいの。これならどこまでだって歩けそう」
「あんまり遠くには行かないでくれよ、美紅?」
「もちろん、いくら履き心地が良くても、そんなに遠くまで歩いてゆかないわ」
ジェイの言葉を本気に取って真面目に返事をする美紅に、彼は笑いを堪えた。
亜衣莉も噴き出すのを堪えているようだ。
美紅が亜衣莉の前に並べられたものをみて、歓声を上げた。
「わぁっ、亜衣莉、どれもこれも素敵じゃない。でも、伊坂室長ってば、どうしてこんなにいっぱい亜衣莉に贈り物くれたのかしら?あ…もしかして…」
ジェイは苦笑しつつ美紅を見つめた。やっと気づいたらしい。
「室長、また亜衣莉の作ったご飯が食べたいんだわ。夕べも美味しい美味しいって連発してたもの」
ジェイは冗談でなくずっこけた。あまりの天然さに、もう力ない笑いしか出ない。
「ジェイどうしたの?何もないところでこけるなんて、わたしみたい」と、楽しげにくすくす笑う。
「このネックレスとイヤリング綺麗ね。キラキラしてて、まるで本物みたい」
「本物?まさかっ!…違うわよね、ジェイ」
亜衣莉が恐々と聞いてくる。ジェイは大きく頷いた。
「偽物だよ。決まってるだろ。こんなに大きなエメラルドがついていたら、いくらすると思ってるんだ」
ほんとに、いくらしたんだろう?ジェイは心の中で呟いた。
「そうよね。そうよ」
亜衣莉はジェイの言葉を自分に向けて強調するように繰り返し、途端にほっとした笑顔を見せた。
偽物と思い込んだ途端、喜びが湧き上がったようで、ジェイが涙ぐんでしまいそうなほど、しあわせそうに手にとって首に当てている。
本物を偽物と思い込んだ途端、喜ぶ女なんて、他にはいそうもない。
聡にも、忠告しておかなければならない。
けして本物だと、ばれないようにした方がいいと…亜衣莉が気づいたら、彼女のこの喜びは、半分以下になるだろう。
それにしても、聡は何をやっているのだろう?
伊坂家でのパーティは午後からだから、午前中は空いているはずなのに…まさか、また仕事?
だとすれば、彼は大馬鹿者だ。
この亜衣莉の喜びに満ちた顔を、仕事ごときで…
「亜衣莉も、そろそろドレスに着替えた方がいいよ。時間は3時だったろ。どこかの美容院で髪をセットしてもらう時間はもうないかな」
「あの。ジェイ、いったいなんの話し…?」
「だから、聡の家のクリスマスパーティーだよ。招待状もらったろ?」
亜衣莉が首を横に振るのを見て、ジェイは眉を潜めた。
彼はもらっている。亜衣莉はもらっていないはずがないと思ったのに…聡は、どうして?
「でも、これは、今日のパーティー用に贈ったに違いないよ。あいつ、ぼうっとして君に渡すのを忘れたんだな」
「そんな、聡さんの家のパーティーになんて、とてもいけないわ。聡さんは何も言わなかったし…言ってこないし…」
亜衣莉の様子に、ジェイは腹が立ってきた。
あいつは、いったい何をやってるんだ。
「ちょっと待って」
ジェイは携帯を取り出し、聡に電話を掛けた。だが、携帯は電源が切ってあり繋がらなかった。
「まあ、とにかく、パーティーに行けば会えるさ。美紅と僕はホテルのディナーを予約してしまったからそちらに行くけど…彼の家まで送り届けてあげるから」
「そ、そんなの駄目です。行けません。招待されてもないのに、聡さんのご家族の方が変に思います」
「大丈夫。家族だけのパーティーとかじゃないんだ。心配なら、僕が責任を持って、聡に直接引き渡してあげるよ」
「で、でも」
「あの、亜衣莉?」
それまで黙って聞いていた美紅が、おずおずと話しに加わってきた。
「美紅、何?」
「伊坂室長のこと、どうして名前で呼んでるの?昨日まで苗字で呼んでたのに…?」
「え…そ、それは、その。…聡さんから、これからはそう呼んで欲しいって…言われたから」
「ふうーん、よほど亜衣莉の手料理が気に入ったのかしら?もしかすると、伊坂室長、亜衣莉のこと、好きになったのかも。…なわけないわねぇ、三十代の室長と亜衣莉じゃ、一回り以上歳が違うものねぇ」
自分ひとりで、冗談を言い突っ込みを入れて笑っている美紅に、ジェイは頭痛がしてきた。
「美紅、聡は今年、25になったばかりだよ」
「え…?25」
「そう。25」
「うそーーーっ!」
美紅は叫びながらぺたんとへたり込んだ。
あの店で、散々歳の話をしたというのに、美紅の脳は、聡の歳を固定しすぎていたらしい。
いまは、その固定に亀裂が入っての混乱だろう。
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