続 恋は導きの先に
その4 お悩み相談



家の前の庭は、秋色を最大限に表現していた。

色づき始めたもみじの葉。やまぶきの黄色い花。白椿。南天の赤い実。
そして、紫の彩色が目を引くリンドウの花。

「ここからの景色が一番、どうしてか季節を敏感に感じられるのよね」

友美からお茶の入った湯飲みを受け取りながら、弥由はひとり言のように呟いた。

この縁側に座っていると、いつでも、心が現実から過去へと滑ってゆくような不思議な感覚を覚える。

幼い莉緒と駿輔が、縁側の向こうからいまにも駆け出して来るような…

「それで、どうしたの?」

「え?ああ、…えーと」

弥由は友美に目を向けて、現在へと意識を戻した。
彼女はお茶を一口啜る間に、照れくさい気持ちをなんとか押さえ込んだ。

「あの…おかしな質問するけど、お義姉さん、笑わないでね」

「うーーん。約束は出来ないけど…笑わない努力はするわ…うん」

「お義姉さんってば、せめていまだけでも笑わないって言ってくれないと、口にしづらいんだけど…」

「だって、守れない約束は出来ないもの。そんな笑うようなことなの?」

義姉の正直な受け答えに、弥由は苦笑した。
この際、この義姉に笑われてしまおう。

「あの、わたしに、いいところとかって…ある?」

「はい?弥由ちゃんのいいところ?」

弥由は頬を染めてそうそうと頷いた。

「弥由ちゃんの、いいところねぇ?」

友美はうーんと考え込んだ。

「そうねぇ、すれてない所かな。純真なところ。あと…」

すれてない?純真?それらは、篠崎に好かれるような利点なのだろうか?

「あと?」

「騙されやすいところ…」

弥由は眉を寄せた。それはいくらなんでも利点になりそうにない。

「騙されやすい?」

友美が慌てて手を横に振った。

「ああ、言葉が悪かったわ。信じやすいところというか…ひとを疑わないってことよ。弥由ちゃんて、からかわれても、それをからかいととらずに、単純に信じちゃうところない?駿輔君や莉緒ちゃんが面白がって騙そうとしても、騙されてることに気づかなかったりするところとか、よく目にしたから…」

「そ、そう?」

それって単に、単細胞なだけのような気が…

「でも、それって、なんか、好きになってもらえるようなところじゃないみたい…」

「あら、そんなことないわよ。そこが可愛いのよ」

可愛い?騙されてるのに気づかない単細胞が…
篠崎から好かれる利点という項目からは、やはり掛け離れているような…

「あの。わたしの話って、苦笑するような内容が多いのかしら?」

「苦笑?…ね、弥由ちゃん、何を悩んでるの?そのことを相談してくれた方が、こういう質問よりわたしも答えやすいし、弥由ちゃんの悩みを解決するお手伝いが出来ると思うんだけど…」

それはもっともな意見だ。
だが、篠崎のことを告げるのはかなり抵抗があった。

もしかすると、今日にでも、彼から君とはもう付き合えない、別れようと言われるかもしれない事態なのだ。

「弥由ちゃん?」

「はい?」

「もしかして、恋の悩み?」

図星をつかれ、弥由はあからさまにうろたえた。

「えっ!ど、どうして分かったの?」

「顔に書いてあるわ」

「えっ!顔?」

弥由はひっくり返るほど驚いて腰を上げた。

「違う違う。表情に出てるってことよ。そういう風に見えるってこと。はい。座って」

友美に諭され苦笑され、弥由は真っ赤になってもう一度腰を下ろした。
人の言葉を鵜呑みにするとは、こういうことなのだろう。

「それで、恋の相手は誰なの?片思い?」

弥由はますます加熱してゆくほっぺたに手を当てた。
彼女の頬は、まるで焼きすぎた鉄板のように熱かった。




縁側からの景色を眺めていた弥由は、電話のベルが鳴り、急いで立ち上がって電話に出た。

友美は、公園に遊びに行っていた兄と颯太が戻ってきて、三人して夕食の買い物に出かけてゆき、弥由はひとりだった。

「あら、駿輔」

「弥由?何で家にいるんだ?」

「泊まりに来たの。たまには顔出しとこうと思って」

「莉緒は?」

「もちろんアパートよ。莉緒は締め切り前で大変なの知ってるでしょ?」

「だよな。弥由がひとりで帰るなんて、あんまないから」

「それで、母さんにでも用事?実は今、誰もいないんだけど」

「まあ、いないならいいや。それよりバイト中に電話してきたのはなんだったんだ?」

「うん。駿が忙しそうだったから、友美さんに相談乗ってもらったの」

「あいつと…なんかあったのか?」

「あいつじゃなくて、篠崎さんよ。なんかっていうか…」

「これから話聞いてやるよ。バイトあがったとこだし…。そうだ。ドライブしながら話聞いてやる。ついでにアパートまで乗せて帰ってやれるし…。その代わり、うまい飯奢って。俺、中華がいいな」

「なによぉ、駿ってば、ひとりで決めちゃって」

「悩み相談に乗ってやるんだから、それくらい安いもんだろ?」

まったく、駿輔はいつでも独断で物事を決めてしまう。
それでも、駿輔に話を聞いてもらえるのは嬉しい。
男性の立場で、的確な意見をもらえそうだ。

「それじゃ、三十分後、バス停のあたりで待ってて。俺と出かけるって誰にも言うなよ。家で食べればいいって言われるのが落ちだからな」




   
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