続 恋は導きの先に
その7 心のままに…


「それじゃあね、お姉」

莉緒は軽く手を上げて、含んだ笑いを弥由と篠崎に向けながらドアを閉じた。

サプライズパーティーの参加者だった全員が一度に帰り、篠崎の部屋に、本来の静けさが戻った。

騒ぎの後の部屋は、食事の皿などはあらかた片付けられていたが、祥吾が体力の限界まで使って膨らませたと自慢した大量の風船が床を埋め、天井ではたくさんの旗がひらめいている。

みんなを見送った弥由は、この後どうすればいいのか困り、玄関のところにしばらく立ち竦んでいた。
隣にいる篠崎も、まったく動かないし何も言ってこない。

「あ、あの」

「うん」

「今日は、ありがとうございました」

「楽しかった?」

やさしく静かな篠崎の言葉だった。
彼の弥由を思う気持ちがストレートに伝わってきて、弥由は胸がときめいた。
彼女は篠崎に向けて大きく頷いた。

今日が誕生日だということを、弥由はすっかり忘れていた。
篠崎のことばかり考えていたせいだ。頭の中はいつでも彼のことでいっぱいだった。

「はい。楽しかったし、とっても嬉しかったです」

弥由は唇を噛んだ。
そんな普通の言葉で表現してしまうのは、もどかしいほど嬉しかったのに…

「プレゼント、たくさんもらったね」

「ええ。こんなにたくさんの誕生日プレゼント、もらったの初めてです」

駿輔からは写真立て。莉緒からは洒落た白いバッグ。祥吾からは図書券。今津からはティーカップをもらった。
そして篠崎からは大きな花束。

「今津さんまでいて、ほんとびっくりしました」

「うん。君がいなくなって、莉緒君が君の携帯に載ってる番号に問い合わせたんだ。それで今津さんにも連絡して、莉緒君から電話もらったって、心配して僕に電話を…。それで彼女も来ることになったんだ」

篠崎は話しながら弥由を促し、床にいっぱい転がっている風船を蹴飛ばしソファに座り込んだ。

「みんなに心配かけてしまったみたいで…」

「サプライズなんて計画した僕のせいだ。君が見つからなくて、ひどく後悔した」

篠崎はそう言うと、弥由の身体に腕を回し、ぎゅっと抱き締めてきた。
彼の身体の温かさに、弥由は胸がきゅんとした。

「それにしても、君の弟の駿輔君には参ったな」

その言葉に、弥由の顔が赤らんだ。

パーティーの最中に、駿輔と篠崎のふたりから、今日の午後の偶然の出会いを、簡単に聞いていた。
けれど、弥由にはそれが偶然とは思えなかった。

たしかに、ふたりが街中で出会ったのは、偶然だったかもしれない。
けれど、自転車がぶつかってというくだりは、たぶん偶然ではないだろう。

駿輔は、ひとの顔を覚えるのが子どもの頃からとても得意だった。

以前一度、駿輔は篠崎を見ているし、その駿輔が篠崎に会って、彼だと気づかずにいたなんてありえない。

「弥由」

「はい」

「出し惜しみするつもりはなかったんだけど…。みんながあまりに素敵なものプレゼントしてるから出し辛くて…これ」

篠崎は、弥由の手の上に、素敵にラッピングされた手のひらくらいの箱を置いた。

「開けて…」

弥由は贈り物の箱を膝に置き、ゆっくりとリボンを解いた。
中には篠崎の心が閉じ込められているそんな気がして、胸がドキドキした。

彼女はそっと蓋を開けた。
そして、白いやわらかな紙に包まれたものを取り上げ、手のひらの上で薄紙をそっと剥いでいった。

中にはガラスで作られた魚が姿を現した。彼女の手の上で、輝く光を反射している。

「綺麗…」

「どう?」

心配そうに篠崎が尋ねてきた。
弥由は彼に振り向けずにクリスタルの魚を見つめたまま、ただ何度も頷いた。

この魚は水族館のあの時の魚だ。
弥由が水族館にもう一度行きたいと頼み、この魚の水槽の前で、彼に弥由の思いを告げた。

弥由の思いと篠崎の思いの両方が、このクリスタルの中にはある。
弥由はそう強く感じた。

「愛してます。わたし、篠崎さんを…愛してます」

胸に湧いた強烈な思いを、溢れる涙とともに弥由は口にした。

「突然なんだな」

そう言って篠崎が苦笑した。

これまで弥由を不安にさせてきた彼の苦笑。けれど、弥由はもう不安を感じなかった。

意味のない疑いを捨て、ただ信じることで、篠崎の苦笑も、いまは彼女にしあわせを感じさせてくれる。

「弥由」

篠崎は呼びかけとともに、彼女の顔を上げさせた。
真剣な篠崎の瞳があった。

ふたりの唇が重なり、ゆっくりとキスが変化してゆく。

弥由の心臓はこれまで同様、胸から飛び出しそうなほどドキドキしているものの、篠崎のキスを、いままでと違いすんなりと受け入れられた。そのことを、弥由は喜びとともに受け止めた。

やはり、これまでは、疑いと不安が彼女を必要以上に脅かし、ぎこちなくさせていたのだろうか?

もしかすると、恋愛術のひとつを悟れたのかもしれないと、弥由は頭の片隅で思った。
弥由のこの変化を、篠崎もなんとなくでも感じているに違いない。

ふたりの唇が離れ、篠崎が弥由の唇の端に小さなキスをひとつ落とし、彼女の耳に囁いた。

「僕も君を愛してる。僕を愛してくれてありがとう。弥由」

弥由は篠崎の胸に顔を埋めた。胸がしあわせにはちきれそうだ。

形に残らない言葉は、時と共に過去となり、この感動も薄れてゆくだろう。
けれど、それでいいのだ。

繰り返せばいいのだ。何度でも。
思いが湧くだけ、心のままに愛の言葉を…




End




  
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