ナチュラルキス
natural kiss

2007 Christmas特別編
第一話 干草のベッド



カサカサと乾いた音が耳元でした。
瞼を閉じたまま、それがなんの音なのか考えたが、全然分からない。

徐々に曇った思考が晴れてきて、彼女はうっすら瞼を開けた。

木の壁…とても素朴な…が見えた。

身体はぬくぬくとして心地よいのだが、何か物足りなさを感じた。

それと違和感…

えーと…

うつぶせていた彼女は首だけもたげた。

あ…そうか…ここは私の小屋だ…

へっ?小屋?

彼女はぴょんと飛び起き、正座をしてきょぼきょぼと周りを見回した。

だんだん《現実》がはっきりとしてくる。

ふわふわな茶色の毛で覆われた自分の腕を見つめ、彼女は手のひらで腕の毛並みを確かめるように撫でた。

「ふふ」

嬉しさが湧いて彼女は両頬を手のひらで包み、思わず含み笑いをした。

彼女の毛並みは、やっぱり肌触りがいい。

あの方もそう言ってくれたし…

時々ってか…まあ、二回くらいなんだけど…

それでも言ってもらったことには変わりない…よね?…よね?

自分を納得させた彼女は、首を傾げて、胸に湧いた嬉しさににっこり微笑んだ。

そして、自分の寝具である枯れ草を、もう一度寝るために掻き集めて整えた。

外は寒いんだろうなぁ~

風の音がしているようだ。

いま何時なんだろう?

彼女は去年サンタさんがくれた、真っ赤な色をした可愛らしい目覚まし時計を、枕元から手に取って、時間を確かめた。

二時三十六分…か…

寝る前は雪が降ってたけど…まだ降ってるのかな?

雪が積もっているかどうかは、とっても気になる。
なにせ明日はクリスマスイブ。聖夜だ。魔法だって起きて当たり前の日。

雪があるほうが、ソリは滑らかに走るのだから。

彼女も、雪があるほうがウキウキするし、足の裏でサクサクとした感触を楽しめたら嬉しい。

彼女は立ち上がってドアに歩み寄った。

外の世界がいま、どうなっているのか確かめておきたい。

窓があれば、そこから外の様子を確かめるのだが、残念ながら小屋には窓がないのだ。

頼んだら…窓を作ってくれるだろうか?

彼女はいつも気難しい顔で、子ども達への贈り物を作っているサンタさんの顔を思い浮かべ、ブンブンと首を横に振った。

そんな我侭言えない…

毎日忙しく働いていらっしゃるのに…

だからといって、窓を作るなんてこと、彼女には出来ないし…

だって彼女はただのトナカイさんで、ひとのように、五本の指など持っていないのだ…

彼女は自分の両手を目の前にかざし、じっと見つめた。

哀しい思いが湧いた…

ダ、ダメダメッ!

自分を否定するのってよくないよ。…だよね?

彼女は自分に向けて問い掛け、うんうんと返事を返し、ほっとした。


ドアを開けて、外を窺うと、少し強い風と一緒に雪が舞い込んできた。

う、うわあ~

外は雪だらけだった。

昼間もそこそこ積もっていたが、深夜の雪の景色は、感動的なほど美しい。

たくさんあるモミの木は、雪の精の手でデコレーションされたかのように、幻想的な光を放つ雪で飾られていた。

綺麗…

彼女は一歩踏み出した。

寒かった。

温かな毛皮をまとっているものの、冷たい風相手ではちょっと心もとない。

彼女は小屋に駆け戻り、冬になる直前にサンタさんからもらった、ふわふわの赤いマフラーを手にすると、また外に飛び出た。

首に巻いて、ふくふくとぬくもりを味わう。

少しだけだけど、まだ、サンタさんの手の匂いがするみたい…

ふふ

彼女はとことこと歩み、(補足説明 二足歩行)彼女の住まいの小屋と隣接して建っている丸太で作られた洒落た家に近づいていった。

小屋は赤い屋根だけど、サンタさんの家の屋根は緑色だ。

サンタさんの好む色。

茶色なら良かったのに…

そんな思いがついつい湧いてしまい、彼女は自分の身を包んでいる茶色の毛皮を、恨めしげに見つめた。

彼女は歩みを止めて、ちっちゃなため息をつき、肩を落とした。

目の前にある大きな窓、その窓辺に、大きな大きなベッドがある。

真っ白なシーツ、サンタさんの出来の良すぎる容姿にぴったりの、ダークグレーの上掛けが掛けられている。

丸太で作られた家の中は、ほの暗く、ひっそりとしていた。

けれどベッドには、寝息を立てているサンタさんが、もちろんいるはず…

足音をなるべく立てないように気をつけながら近づき、彼女は窓に両手をそっと当てて中を覗きこんだ。

ひづめがコツンとあたる微かな音が響いたが、気にするほど大きな音ではなかった。

目の前に愛するひとがいた。

瞼から綺麗に伸びている睫…

綺麗だぁ~

固く閉じられている唇を直視した彼女は、なぜか身体がぞくぞくして、ふるふるっと震えた。

その寝顔に、胸がきゅんとした。

瞼に掛かっている前髪を、そっと払ってあげたい。

けど、彼女に五本の指は与えられていない…

そう考えた途端、自分の頬に、冷たいものが伝い落ちた感触がした。




  
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