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第三話 星空とキス
ゆさゆさと身体が揺れる感覚に、沙帆子は目をこじ開けた。
目の前にサンタさんがいて、彼女の顔を覗き込んでいる。
「…サ、サンタさん?ダ、ダメです…」
「サンタ?何がダメなんだ?」
「だ、だってトナカイだからです…」
「はあ?トナカイってなんだ?」
「だから…サンタさんだからですぅ」
沙帆子は怪訝な顔をしているサンタさんを見つめて、眉を寄せた。
なにかがおかしい…
「お前、寝ぼけてんな?夢でもみてたのか?」
ゆ、夢?
おひょ
沙帆子は真の現実に立ち戻った。
く、車の中だ…
車はすでに佐原の実家の前に停まっていることを確認し、沙帆子は遅ればせながら、頬を最大値まで赤く染めあげた。
そんな沙帆子のほっぺたを、佐原がじっと見つめてきて、彼女はひょろひょろと首を左に曲げて顔を背けた。
「なんだ?その、やましそうな面と態度は?」
…やましい?
そ、そう見えたのか?
沙帆子は慌てて、パチンと音を立てる勢いで、ほっぺたを手のひらで押さえた。
「図星か…?沙帆子、お前、どんな夢みてたんだ?」
「べ、べ、べべつに、どんなもこんなも夢なんて…ななないです、みてみて」
「お前な、その挙動不審さは、吐いたも同じだぞ。まあいい、あとでゆっくり吐かせてやるさ」
佐原は凄まじい笑みを浮かべて沙帆子の頬を、思い知らせるようにぺちぺちと叩いた。
沙帆子は涙目になった。
な、なんか、夢の中のサンタさんだった先生の方が、百万倍くらいやさしかったかも…
「ほら、荷物持て」
沙帆子は差し出された袋を受け取り、車の助手席から外に出た。
今日はクリスマスイブで、遊園地で一日遊び、それからいったん家に戻り、おしゃれに着替えて素敵なレストランで豪華なディナーを食べた。
レストランの窓からみえた素敵なイルミネーションを思い出して、沙帆子は顔をほころばせた。
最高に素敵なクリスマスディナーだった…
はぁ~
沙帆子は冷たい外気を頬に感じながら、笑みを浮かべて幸せなため息をついた。
テーブルの向かいには、佐原先生がいて、一瞬たりとも目を離したくないくらいカッコイイダークスーツ姿で…
いまもだけど…
沙帆子は運転席側から彼女の方へ歩いてくる佐原に、桃色なハートの瞳を向けた。
ぞくぞくするほどかっこいいよぉ~
「沙帆子?」
「す、少し風、ありますね」
「ああ、寒いか?」
「そんなでもないです」
「そうか」
夜風は少し冷たかったが、先生が一緒なら、なんてことない。
沙帆子は空を見上げた。
「雪…」
「うん?」
彼女の横に並んだ佐原が、つられたように夜空を見上げた。
「雪なんて、降って無いぞ。…星が綺麗だな。寒い時期の方が、輝きが鋭く見えるな」
「そうですね」
沙帆子は空を見上げていた顔を斜め上へと移動させ、空を仰いでいる佐原の表情に見入った。
星と先生…なんか凄いゴージャスな取り合わせだぁ~
沙帆子はコートのポケットから携帯を取り出し、美味しすぎる画像を手に入れるために、佐原に向けた。
「おい。またお前は、断りも無く」
いち早く気づいた佐原は、沙帆子の手から携帯を取り上げてしまった。
「や、やだ。先生、い、いいじゃないですかぁ。一枚くらい、ケチ」
最後の言葉がいけなかった。
佐原がぎろりと沙帆子を睨み据え、沙帆子の携帯を自分のコートのポケットに入れると、片手に荷物を持ったまま、沙帆子のほっぺたを掴んできた。
「ひゃ、ひゃめて、くははいぃぃぃ」
「この野郎。この俺に向かって、いまなんてった?」
何かあればすぐに沙帆子のほっぺたやら耳たぶやら掴んでいたぶる佐原に、沙帆子もむかっ腹がたった。
「けひー、けひけひけひー」
「この野郎、沙帆子の分際で、開き直りやがって」
「らって、らって…」
沙帆子の脳裏に、雪の降るなか、沙帆子を自分のマントで包み込み、怒鳴りつつも突然のキスをくれたサンタさんが思い浮かんだ。
先生…サンタさんの時は、あんなにやさしかったのに…
まあ、夢なんだけど…
そう思った一瞬後、ほっぺたを掴んでいた佐原の手が彼女の頬を包むように添えられた。
「せん…」
唇が塞がれた。
彼女は驚いて佐原から離れようとしたが、力強く抱きしめられて離れられない。
ここは外なのに…
車が通るかもしんないのに…歩いてる人だって、通るか分かんないのに…
先生の実家は目の前で、佐原の両親やテッチン先生や、順平さんがいるのに…
そう思うのに…
佐原の甘い唇を味わっているうちに、沙帆子の抵抗感など、するすると薄れてゆく…
ふたりの唇が、ひどくゆっくりと離れた。
夢の中と同じに、沙帆子はなごりおしくて、切ない瞳で佐原の唇を見つめていた。
「そんな表情されたら、この場で襲うぞ」
「はへっ?」
沙帆子の反応に、佐原がクツクツ笑った。
彼女の胸が、きゅんと鳴いた。
「ほら、さっさと義理を果たすぞ」
沙帆子は背中を押され、両親の家では無い方の玄関から、中に入った。
今夜はここで泊まる約束になっている。
佐原の母は、ふたりも家族と一緒にイブの夜のディナーに参加してほしがったのだが、佐原が予定があるからと強固に断ってしまったのだ。
それでも、母親思いの佐原は、今夜泊まることを約束し、家族と夜を過ごすことにしたのだ。
荷物を佐原の部屋に置き、ふたりはすぐにみなが待っている両親の家へと向かうため、階段を降りた。
「お袋、お前のその姿見たら、また次のを作るだろうな?」
後ろから着いてくる沙帆子に振り返り、佐原はからかうように言った。
彼女は今日、佐原の母の手作りの、フリフリのピンクのワンピースを着ている。
沙帆子はぷっくら頬を膨らませて佐原を睨んだ。
少しお子様ちっくな感が否めないデザイン…
でもまあ、可愛い服は、正直そんなに嫌いじゃなかったりする。
口から出る言葉にはからかいがあるが、佐原も内心、そう悪くはないと思ってくれているようだし…
沙帆子は自分の服から、前を歩く佐原に視線を向け、スーツ姿の背中に見惚れた。
む、むしゃぶりつきたい…
一瞬、佐原に抱きつこうとした沙帆子だが、それを感じたのか、ふいに振り返った佐原のクールな顔に、しゅるしゅると気がくじけた。
彼女は無念を飲んで、ため息をついた。
せめて…お宝画像に収めたいのに…
「沙帆子、どうした?」
「ううん、なんでもです。あの、先生?」
「なんだ?」
「携帯返してください」
「駄目だ」
「もおぅ」
沙帆子は勢い、佐原に駆け寄り、彼の背中にタックルしたあげく、抱きついた。
「お、おい。こら」
「返してってばぁ」
「後でな」
「今がいいんです。いまじゃなきゃ、先生スーツ脱いじゃうじゃないですかぁ」
「なら、脱いでるところ撮らせてやるよ」
「ええっ!」
ほ、ほんとか?ほんとなのか?
心臓がバクバクと、異常活動を始めた。
う、嬉しがっていいのか?
はたまた、ここは乙女としては、断るべきなのか?
沙帆子は大いに迷った。
「その代わり、お前もやるんだぞ」
「はいぃ?」
佐原がにやりと笑った。
彼の瞳が、エロっぽい光を放っているのを見て、沙帆子はごくりと唾を飲み込んだ。
「今夜、俺の前で脱いでもらう。一枚一枚…ゆっくりとな」
ドスンと近くで大きな音がして、沙帆子は飛び上がった。
「順平、お前、何やってる?」
佐原の言葉に前方を見ると、尻餅をついている順平がいた。
「い、いや。車、つ、着いたみたいなのに、来るの、お、遅いなって、母さんが言うからさ、迎えに…」
顔を真っ赤にし、しどろもどろ状態で、順平はふたりと視線を合わせるのを必死で避けている。
もちろん沙帆子の頬は、順平に負けじと真っ赤に染まっていた。
「そうか。それじゃ、沙帆子、行こう」
佐原はあっさり言うと、沙帆子の背に手を当てて、彼女を促した。
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