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ナチュラルキス
natural kiss
出版記念 番外編-2
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五百円玉のご縁
「沙帆子、なんかあそこに、やたらテンション落としてるのがいるよ」
へっ?
放課後、千里と肩を並べ、廊下を歩いていた沙帆子は、千里の見つめている方向に視線を向けてみた。
何があったのか、中庭にしゃがみこんでいる女生徒がいた。
背中を丸めたその姿は、世をはかなんでいるようにしか見えなかった。
「あの子、どうしたんだろ?」
「さあねぇ。聞いてみるしかないね」
千里はそう言うと、さっそく足を速め、外通路へと出て丸まった背中に顔を近づけた。
「気分でも悪いの?」
世をはかなんでいる女生徒に、千里はさりげなく声をかけた。
千里の声にぎょっとしたらしく、相手は頭をあげて振り返ってきたが、その顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
「苛められた?」
千里のストレートな問いに、相手は涙に濡れた顔できょとんとした。
「えっ? っと…そ、そうじゃなくって」
「そうじゃなくて?」
「…ご、五百円玉」
「うん? 五百円玉?」
「転がったはずなの。この辺りに…けど、いくら探しても見つからなくて…」
「そりゃあ、そりゃあ」
そう言葉を繰り返した千里の顔は、真剣そうに見せているものの、吹き出さんばかりの笑いを堪えている。
それは千里が、この初対面の彼女に対して、深い気掛かりを感じていたから…
それが杞憂と分かって、千里はほっとした反動で笑いが込み上げたのだろう。
そんな千里のやさしさに、沙帆子は胸がほこほこした。
もちろん沙帆子自身も、女生徒が苛めを受けていたわけではなかったことに、大きな安堵を感じていた。
「探してあげるよ、一緒に。三人で探せば、すぐに見つかるわよ」
「さ、探してくれるの?」
感激を込めて言った女生徒の瞳には、まるで地獄で天使を見たかのようなきらめきがあった。
「ぶっ!」
千里が吹き出し、彼女は「ごめん」と言いながらも声を上げて笑い出した。
「な、なんで笑うのー?」
「いーから、いーから。ねっ、あんた、名前は?」
「わ、わたし? 江藤だけど…」
江藤と名乗った彼女は、不愉快そうに眉を寄せ、頬を膨らませた。
千里の笑いが、ひどく気に障ったらしい。
「あ、あのね。悪気じゃないの」
沙帆子は前に進み出て、千里の弁明に回った。
「千里はね、江藤さんが苛められてたりとかの、すっごい深刻な状況じゃないかって思ってて、けど、そうじゃなかったってわかって、ほっとしたもんだから、その反動でね…」
「ちょっと沙帆子。顔が赤くなるようなこと、マジ顔で言わないでよっ」
沙帆子の説明の途中で、千里は顔を赤らめて文句を言ってきた。
「だ、だって。千里が誤解されるのやだし…」
「い、いいねぇー。友情だねぇ」
両手を胸の前で組んだ江藤は、身体をしならせながらそう言うと、「それじゃあさ」とやたら明るく続けた。
「申し訳ないけど、その友情に免じて、捜索頼むよ」
友情に免じて…?
いまいち、意味が飲み込めなかったが、沙帆子は会話の流れで「うん」と答えた。
「あんたねぇ、言葉の使い方、間違ってると思うけどぉ」
「え、そうかな?」
「そうよ。訂正すら出来ないほど、根本から間違ってるわよ」
「そんな気難しいこと言わないでさ。あの五百円玉は、この先一ヶ月の、わたしのなけなしのお小遣いなの。あれがなきゃ、喉がカラカラになって身体が干からびて、路上でぶっ倒れたとしても…」
「あー、もういい。もういいから、あんた、そこらへん探しなさいよ。自分のお金なんだから、わたしらより倍は気合入れて探し回りなさいよ。いいわねっ」
どうも、会話の成り立たない相手にぶち切れたらしい千里は、そう頭ごなしに命令し、一ヶ月分のお小遣いだという、貴重な五百円玉の捜索に取りかかった。
「あー、なんとも…悪かったね」
三人の努力の甲斐もなく、結局、五百円玉は出てこなかった。
だが気の済むまで捜索したことで、彼女は諦めがついたらしかった。
「あんた、下の名前は?」
「詩織だよ。えっと…あんたたちは…?」
「わたしは飯沢千里。この子は榎原沙帆子」
「そっか、そっか」
詩織は、ふたりの手を片方ずつ掴み、ブンブンと大きく振った。
「せっかくお近づきになれたんだし。これからよろしくっ!」
とびきり明るい声でそう言うと、詩織はポケットに手を突っ込み、携帯を取り出してにっこり笑いかけてきた。
「ふたりの携番、教えて。メルアドもね♪」
この日の遭遇から、詩織はふたりの仲間になった。
詩織は明るくて元気でひょうきんで、三人一緒にいる時間は、日を追うごとに多くなっていったのだった。
End
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プチあとがき
「ナチュラルキス」の出版記念に、沙帆子と、千里&詩織との出会い、お届けさせていただきました。
中学時代、心からの親友を得られないでいた沙帆子でしたから、ふたりもの親友に恵まれたこと、さぞかし嬉しかっただろうと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです♪
読んでくださってありがとうございました。
fuu
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