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イブに望みを
自宅のマンションに向かって運転していた啓史は、ふわりと舞うものを目の端にとらえた。
雪……か……
クリスマスイブの日に雪だなんて、神様も気が利くじゃないか……
そう思いながら皮肉な顔をしている自分に気づき、啓史は表情を消した。
まったく、この最近の俺ときたら……ますます性格が歪んできている。
余計なお世話だと、ひねくれた自分がそっけなく答え。……それも笑える。
学校は冬休みに入り、今頃生徒たちははしゃいでいることだろう。
そう考えた啓史の頭に、ひとりの生徒の顔が浮かぶ。
榎原沙帆子……あいつも、今頃楽しんでるんだろうか?
だが、誰と?
家族とだろうか?
それとも、友人たちと……
親しい飯沢千里、そして江藤詩織……
もしかすると、森沢に広澤も……
賑やかなパーティ会場、沙帆子と広澤が並んで座って、楽しそうに言葉を交わしている姿がリアルに浮かび、啓史は力任せに右手をぐっと握りしめた。
胸がひりつく……
その事実に吐き気がするほどむかつく……
やってられねぇ。
だが、頭から消し去ることもできない。
マンションに帰り着き、駐車場に向う途中で、啓史は良く知る男がブンブン手を振っているのに気づいた。
飯沢敦だ。
あいつ……癇に障るほど元気そうだな。
悩みなど、まるでなさそうだ。
啓史が自分に気づいたのが嬉しいのか、両腕を振るだけでなく、ぴょんぴょんジャンプまでしている。
あいつ、馬鹿じゃないのか?
いい年をした男が……
今夜は、啓史のマンションで飲むことになった。
もちろん、クリスマスパーティなんてもんじゃない。
少なくとも啓史はそう思っている。敦のほうはわからないが……
深野と時田は、当然それぞれの彼女と過ごす。
深野とミス白百合は、紆余曲折あったが、ようやく付き合うことになったようだ。
あのふたりには、まったく面倒な役回りをさせられたが……
それでも、深野がしあわせなら、啓史としてもそれなりに嬉しい。
「佐原、おせえぞ」
「あん? 時間通りだろ」
啓史は車から降り、後部座席のドアを開けた。
ビール、それからツマミが入った袋を取り出す。
もちろん敦も、ビールやらツマミを持参してきている。
「五分遅刻だ。この寒空の五分は、許されないぞ」
ぷんぷん怒りながら言う。
さっきは、両手を振り、ジャンプまでして、ずいぶんな歓迎ぶりだと思ったが……
「わざわざ外で待ってっから、寒いんだろ。車の中で待ってればよかったじゃねぇか、馬鹿か」
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。おい、それより早く家に入ろうぜ。俺が凍死したら、お前、救急車呼んだり、大変だぞ」
「この程度の寒さで凍死できるってんなら、やってみせろ。見てみたい」
「このいけず野郎が……ぐだぐだいってねぇで、早くカギ開けろよ」
馬鹿を言い合っている間に、啓史の部屋の玄関に辿り着く。
啓史はすぐさまカギを開けた。
「やれやれ」
さも疲れたというように言いながら、敦は家主より先に家に上がる。
ふたりきりの宴会をおっぱじめる前に、啓史は風呂に入った。出てくると、いい具合に部屋も温まっていた。
さらに、居間のテーブルには、うまそうなツマミやらが広げられている。
お互い夕食は、実家で食べている。
佐原家のイブの食卓は、順平という愛されるべき存在もあり、ずいぶんと賑やかだった。
敦との約束がなければ、そのまま実家に泊まったのだが……
敦は、両親たちと過ごすだけのイブの夜では物足りなかったらしい。
かといって、恋人という存在は、敦には重荷らしかった。
敦にすれば、啓史だけでなく深野や時田も含めた四人でどんちゃん騒ぎたいところなのだろうが……
「なんだ、佐原。お前、去年のことでも懐かしがってんのか?」
「去年?」
「イブのパーティだよ」
その言葉に啓史は顔を歪めた。
そうだった。この野郎のせいで、俺は……
「だったな。お前のせいで、俺は散々な目に遭わされたんだった」
「はあっ、いい思い出になっただろ? ああいうイブも悪くなかった」
「お前はそうかもな。俺は二度とごめんだからな」
「楽しかったけどなぁ」
敦はそう言いながら、懐かしそうな目をしてビールを飲む。
合コンのことを語り、互いの仕事のことを語り……
そうこうしている間に、イブの夜は過ぎていった。
ほどよく酔っぱらい、啓史はベッドに入った。
敦のほうは、持参してきた寝袋に潜り込む。
「布団、なくて悪いな」
「気にすんな。これ、寝心地いいんだぞ」
ほろ酔いの敦は機嫌よく答え、すぐに寝息を立て始めた。
啓史は敦の寝息を耳にしながら、目を閉じた。
暗闇の中、沙帆子の顔が浮ぶ。
あいつ……どんなイブを過ごしたんだろうか?
明日はどんなクリスマスを過ごすのだろうか?
知りたくてならない。
彼女と一緒に過ごせるというのなら、いまの彼は、なんであっても喜んで差し出すだろう。
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