ナチュラルキス
natural kiss

番外編

 でかうさ視点

第2話 好物の発見と、置き去りの憂き目



訳のわからない衝撃ののち、身体に感じる振動と微かな雑音だけの状態が長いこと続いたせいで、うとうとしはじめていたおいらの意識に、声が流れ込んできた。

「わたしたち、ど、どこに行くんですか?」

躊躇いがちな小声だったが、おいらはピクンとしつつ目を覚ました。

い、いまのは…?

(可愛いご主人様の声…だよね♪)

ハートが桃色になりかけた瞬間、「さあ?」と声が聞こえ、今度はおいら、ビクンと震えた。

こ、怖いご主人様の声だ!

ま、まだここにいるんだ。

(ちぇっ)

おいらが知らない間に、怖いご主人様だけ、いなくなっててくれたら良かったのにさ…

「俺達を驚かそうっていう演出だろうから…大人しく乗ってればいいさ」

怖いご主人様の声が続き、おいらのテンションは最低ラインまで落ちた。

でもまあ、怖いご主人様だけ残らなくて良かったよ。

そう考えて、おいらは自分を慰めた。

あたりはまた静まり返り、おいらがまた眠りゾーンに頭を突っ込みそうになったところで、「疲れたか?」という怖いご主人様の声がした。

怖いご主人様にとは思えないほど、ずいぶんやさしい声で、おいらはびっくりした。

怖いご主人様は、どうやら怖いばっかりじゃないみたいだ。

「す、少し」

可愛いご主人様の、可愛い声♪

甘い匂いが鼻をくすぐってきて、おいらは思わずくんくん嗅いだ。

この空気、おいら大好きだぁ〜

(お、おいしい〜)

こんな甘い空気を嗅いだのは、おいら初めてだった。

怖いご主人様と可愛いご主人様、あんがい仲良しなんだ。

せっかくのご馳走なので、おいらがくんくん嗅いでると、可愛いご主人様がちょっと慌てた声を出した。

「こ、これは、ちょちょ、ちょっとした。…なわけで?」

なんだろ?

「どこに向かってるんだろうな?」

どこに向かって?

どういう意味だろ?

(おいらいま、どこかに向かってるのか?)

「おい、なんとか言え」

いくぶんきつめの怖いご主人様の声に、おいらはきゅきゅっと身体を縮めた。

「い、言えと言われても、わたしだって知らないしぃ」

拗ねたような可愛いご主人様の声…

(なんだかなぁ〜)

側にご主人様たちがいるのは分かるけど…

(おいらに見えるところにいてくれないと…なにがなんだかよく分かんないや)

なにやら音がし始めた。

りりりりん、りりりりん、と決まったテンポで続く音に、おいらはルンルンした。

「せ、先生、なんか、ベルの音が」

「聞こえてる」

可愛いご主人様の答えて怖いご主人様が言い、ベルの音は途絶えた。

(なんだ…もう終わり…)

「はい」

怖いご主人様は、なにやら独り言を言い続けた。
別に興味のある内容でもなく、おいらの頭には残ってゆかない。

怖いご主人様の声をビージーエムに、代わり映えのしない景色を見つめていたおいらは、退屈が過ぎてふああーっとあくびをした。

「先生、あの、なんの連絡だったんですか?」

「行けば分かるさ」

「先生、なんなんですか?気になります」

う、うん?

(な、なんだ?)

ご主人様たち、なにやら口論を始めたようだ。

(こ、こりゃあ、寝てられないぞ)

おいらは、眠気の靄を必死に追い払った。

「いいか、俺たち結婚したんだぞ!」

ひときわ大きな、怖いご主人様の声があたりに響き、おいらはビビった。

(な、なんだ?喧嘩、喧嘩なの?)

「は、はあ」

「お前、ちゃんと、ついてこれてるのか?」

「もちろん」

「もちろんなんだ?」

「先生こそ、ほんとうに良かったんですか?」

「俺が聞いてんだぞ」

ま、不味い。ご主人様たち、本気で喧嘩を始めたみたいだ。

(ど、どうしよう。おいらどうすればいいの?)

「わたしだって…ですね」

おいらがおたおたしているところで、可愛いご主人様は、唐突に言葉を止めた。

なにやら音がしたと思ったら、空気の匂いがふいに変わった。

「あ…」

ご主人様たちのではない声だった。

どうやら誰かやって来たらしい。

そういえば、ずっと続いていた振動もなくなってる。

なんだろ?

「ど、どうも…」

「どうも」

怖いご主人様の声のあと、知らない声がふたつぶん、重なって聞こえた。

「それじゃ、沙帆子」

「あの、ここって…」

その声は、先ほどまでの位置とは違う方向から聞こえたようだった。

おいらはどきんとした。

ご主人様たち、どっかに行っちゃうみたいなのに…お、おいらは?

(おいらは、つれてってくれないの?)

人の声がぼそぼそと遠くから聞こえてくる。

でも、何を言ってるのかおいらには分からない。

そのうち、ぼそぼそも聞こえなくなり、あたりは静かになった。

(おいらこれからどうなるの?)

心細くて思わず涙が込み上げそうになったとき、誰かが側に来た。

ご、ご主人様たち、か、帰ってきてくれたんだ。

この際、怖いご主人様でもいい。置いてかれるよりずっといい。

そう思ったけど、おいらの身体を抱えて起こしてくれたひとは、どちらのご主人様でもなかった。

「なんで、こんなところに?」

黒い服を着たそのひとは、そう言って首を傾げた。

(ええっ!)

ま、また、おいらのご主人様、変わっちゃったの?

おいらは、おいらを抱えておいらの顔をじっとみつめているひとを、驚きの目で見つめた。

「お前、走ってるうちに転がったのか?」

(ち、違うよ…)

(怖いご主人様に、スパーンって、おいら、ふっ飛ばされたんだよ)

そう真実を伝えようとしてみるが、やっばりおいらの言葉は受け取ってもらえなかった。

「新婚さんだからな。お前のことなんか目に入ってないんだぞ。きっと転がっても気づかなかったんだろうな」

そう言って、おかしそうにくすくす笑う。

「よしよし。しっかり存在アピールできるようにしといてやるからな。でも、あんまり邪魔するなよ。馬に蹴られて死んじまうぞ」

おいらは、いい具合に座らせてもらった。

見晴らしもいい感じ…でもないか。

ここは、ご主人様たちの家なんだろうか?

(ずいぶん…狭いトコに住んでるんだなぁ)

なんか心配になってきた。

おいら、ちょっとばかしでかいみたいだし、ここにいても、邪魔にならないでいられるだろうか?

おいらをいい感じに座らせてくれた恩人ともいえる黒服のひとは、早々にドアを開けて出て行った。

あれっ?
さっきのひと、なにか気になること言ってたような?

なんだったろ?

馬がどうとかって?

(う、馬って、なんだろ?)





   
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