ナチュラルキス
natural kiss

番外編

 でかうさ視点

第3話 虚しくこだまする叫び



突然意識に音が飛び込んできて、おいらはぱちんと目を開けた。

目の前に、可愛いご主人様がいた。

なぜかおいらを見つめて、ぎょっとした顔をしている。

おいらがここに座ってたから、驚かせたのかもしれない。

おいらはひとりでここに歩いて座り込んだわけじゃないけど、可愛いご主人様、そんなこと知らなくて、きっとびっくりしちゃったんだろう。

おいらは、可愛いご主人様をびっくりさせられたことに、にはには気分になったけど、すぐににはには気分を消すことになった。

可愛いご主人様の後ろから、怖いご主人様がぬっと現れた。

や、やっぱ…いるんだ。そうなんだ…

(はぁ〜〜〜)

可愛いご主人様と怖いご主人様は、おいらの視界に入るぎりぎりの位置に並んで座り込んだ。

おいらの近くにいるのが可愛いご主人様だったから、おいらマジでほっとして嬉しかった。

「先生」

(先生?怖いご主人様の名前、先生なのか?)

「なんだ?」

怖いご主人様は、そっけなく答えた。

なんかな…

もうちょっとでいいから、やさしさを込めて可愛いご主人様に返事をしてあげればいいのにと思う。

「あのー、さっきの写メですけど」

「あー?」

可愛いご主人様が、怖いご主人様のそっけなさなど気にする様子も無く、やたら心を弾ませているようなのに、怖いご主人様は、やっぱりそっけない。

「わ、わたしの携帯に、転送してくださいね。ねっ」

知らない言葉だらけで、なんのことやらおいらにはわからない。

「なんで?」

そっけなさの濃度がさらに増した。

「な、なんでって、記念だし…」

怖いご主人様のそっけなさが、可愛いご主人様の弾んだ心を、どんどん蝕んでゆくように感じられて、おいらは気が気じゃなくなった。それどころか、泣きたくなった。

(もっと、やさしく答えてあげたらいいのに…)

そんなに難しいことじゃない。

やさしく答えてあげたら、可愛いご主人様の心の弾みはもっと大きくなって、きっと、甘い匂いが…

ふわん、ふわん、ふわん…

あまーい匂いを夢想したおいらは、知らぬまに口元に涎をたらしているのに気づいて、慌てて拭った。

ご主人様たちには気づかれないと分かっているが、恥ずかしいことに変わりはない。

「見たけりゃ、いつでも俺の携帯開いてみればいいことだろ」

「え、ほ、ほんとにですか?」

可愛いご主人様の腕がにゅっと伸びたのが、視界の端っこに見えた。

どうも、怖いご主人様に手のひらを差し出してるみたいだ。

「なんだ?」

「け、携帯です。いつでも開いてみればいいって、いま?」

「は?いま撮ったばっかで、見る必要ないだろ」

怖いご主人様の言葉は、ずいぶんつれなく聞こえた。

突如、不穏な空気があたりに流れ始めたのに気づいて、おいらはどきりとした。

不穏な空気の発生源は、なんと怖いご主人様でなく、可愛いご主人様だ。

もくもくと暗雲が広がってゆくのを見つめるしかないおいらは、小さく震え、はっとした。

可愛いご主人様、な、泣いてる?

心が泣いてる…

(ど、どうしよう)

(可愛いご主人様、なんで泣いてるの?)

そう必死で問い掛けてみるけど、やっぱりおいらの声はご主人様に届かない。

もどかしくて、もどかしくて、おいらの心がシクシク痛み始めた。

「おい」

怖いご主人様の声がしたと思ったら、なんと怖いご主人様は、可愛いご主人様をぎゅっと抱きしめた。

可愛いご主人様の心の黒い雲がパッと消えた。

「長かったな…長かった…」

その怖いご主人様のこの声は、ちっとも怖くなかった。それどころか…

なんだか…

良く分からないけど、おいらは泣きたくなった。

戸惑うことに、怖いご主人様の心に反応してだよ…

「沙帆子」

「は、はい」

「俺は…お前の望むような夫にはなれないだろうな…」

怖いご主人様、何が辛いんだろう?

可愛いご主人様に、ずーっとそっけなかったのにさ…

(おいら、わけわかんないよ…)

「先生?」

「俺はこんな性格だし、俺に対して、気に入らないこともたくさんあるだろうと思う。…文句言っていいから。我慢せずになんでも言え」

(お、お、お、おおーー)

なんか知らないが、急に甘々な匂いがぷんぷん、ぷんぷん…

「先生、いたぶりは?」

「それは…するだろうな」

甘い匂いは最大値まで濃度が増し、おいら、好物の匂いながら、息が詰まってむせ返った。

(コホッ、コホッ、く、苦しい〜)

け、けど…

胸いっぱいのしあわせに、コホコホ咳込みながらもおいらは大きく微笑んだ。


お腹ははちきれそうなほど、満腹だった。

お腹の皮を縫い合わせてある糸が切れたらどうしようという心配も微かに胸の底にあったけど、しあわせ気分に浸っていると、なにもかもどうでもいいと思えちゃうものらしい。

「先生、ここは?」

お腹一杯になりすぎて眠りこけそうになっていたおいらは、可愛いご主人様の声で無理やり瞼をこじ開けた。

「こいつの方は俺が持ってくさ」

夢うつつの頭で、ご主人様たちの会話を聞いていると、先生という名の怖いご主人様が言った。

ふっとおいらの身体が浮いた。

身体がふらふらと動いて、なんともたよりない感じだ。

でも、嫌いな感じじゃなかった。

視界が揺れたりして、ずいぶん楽しい♪

「わあっ!」

彼の思いに反応したかのように、可愛いご主人様が叫んだ。

おいらは、可愛いご主人様の気持ちに呼応して、思わず(わおー!、わおー!)と叫んでいた。

おいらがふわふわ気分を満喫している間、ずーっと会話が続いていたが、最後にバタンと音がして、ブブーーーっという音が大から小になって、最後は消えた。



「きゃ」

可愛いご主人様の可愛い悲鳴が聞こえた瞬間、おいらは衝撃を感じた。

目の前全部グレーだ。

それとともに、ふわふわ気分もなくなった。

つまんない。

(おいら、どうなったんだろう?)

「せ、先生」

「あいつは後で運び込むから、心配するな」

その会話のあと、あたりから人の気配はなくなった。

(ええっ! おいら、お、置いてかれたの?)

ここは家とかじゃなさそうなのに…

(まさか、おいら、す、捨てられたんじゃ?)

おろおろおたおたしているうちに、足音がしておいらは誰かに拾われた。

乱暴に持ち上げられ、運ばれてゆく。

無言だからはっきりは分からないけど、どうも怖いご主人様のようだった。

(おいらのこと忘れてなかったんだ)

胸がジーンとした。

おいら、あんなに嫌ってたのに…怖いご主人様、ちゃんとおいらを迎えに来てくれた。

(怖いご主人様、いいひとじゃないか)

怖いご主人様をおおいに見直し、これまで怖い怖いと怖がっていたことに、気まずく思っていたとき、おいらは強い衝撃とともに、床に置かれた。

そして…

前には壁、そして背中には強い圧迫感。

ぐっぐっぐっと押し込しこまれ、おいらの身体は、めり込みそうなほど壁にくっついた。

(な、なんなの?なんなの?)

そのあとのおいらは、ずーっとそのまんまの格好で、時折ご主人様たちや違うひとの声を聞きながら時を過ごすことになった。

それでも捨てられなかったとわかっただけ、おいらは嬉しかった。


放置され続けると、ぬいぐるみのサガで、眠りの世界が否応なく訪れる。

おいらは、壁を見つめながら、いつまでもぐっすりと眠りこけた。


「沙帆子!」

(あわわわっ!)

おいらは悲鳴に近い叫び声にぎょっとし、周りを見回した。

(な、なに、なんなの?)

い、いまのは、怖いご主人様の声だったよね?

「沙帆子!どこにいる?」

大きな声がすぐ近くで聞こえ、ぎゃっと叫ぶ暇もなく、大きな足音はおいらの横をすごい勢いで通り過ぎていった。

バーンという大きな音に、おいらは飛び上がった。


「ここです。先生」

可愛いご主人様の声が上の方から降ってきたと思ったら、バタバタバタと足音が聞こえた。

遠くでは、可愛いご主人様を呼び続ける怖いご主人様の声が聞こえる。

(なんなんだろ?何があったんだろ?)

可愛いご主人様は、怖いご主人様の方へと駆けていったようだった。

壁に向いているせいで、詳しいことは何も分からなかったが、おいらの背後にご主人様たちが戻ってきたのが気配で分かった。

その気配は悪いものじゃなく、おいらはほっとした。

怖いご主人様は、なにがあったのか機嫌を直したようだ。

だが、ご主人様たちはおいらの後ろにいると分かるのに…なぜか、なんの声もあげない。

(ご主人様たち、黙りこくったまま、いったいなにをやってるんだろう?)

けど、おいらには真実を突き止めようもなく、ただ首を捻るしかなかった。


そのあと、おいらの相手をしてくれるひとはいなかったが、ざわざわひとが動き回っている気配を感じているうちに、おいらは壁から救われた。

方向が変わっただけで、ずいぶん視界が広くなり、もちろんおいらは手放しで喜んだ。

そのあとも、誰も相手などしてくれなかったけど、ご主人様たちが甘い空気を発しているのをちゃんと感じられたから、たいして寂しくなかった。


閉店がいつもと同じにやってきたらしく、あたりは暗くなり、おいらは明るい開店の時間がやってくるまで、眠りの中に入り込んだ。

眠りから目覚めたのは、なにやら人の話し声と気配がしたからだ。

ご主人様たちは、知らない人たちと、おいらの周りにある花をいっぱい集めていた。

可愛いご主人様がおいらの近くに来たとき、おいらはかまってかまって光線を発したが、可愛いご主人様は申し訳無さそうな瞳を向けてきたものの、残念ながらかまってはくれなかった。

しょんぼりしていると、怖いご主人様がやってきて、おいらを無造作に持ち上げた。

ふわふわよりかなり強めの振動を楽しく感じていると、狭い場所にぐいぐい押し込まれ、バタンと音がして、おいらはまた、お倉と同じくらいの闇の中にいた。

けど、ここはお倉じゃないと分かる。

だって、しばらくしたら身体に振動を感じられたもん。

これは、何度か体験した振動だ。だから、大丈夫!とおいらは自分に言い聞かせた。

闇のせいで眠りの世界へと運ばれそうになりながら、おいらの心の中で、不安がぐるぐる渦巻いた。

(可愛いご主人様ーーー、おいらを助けてぇぇぇぇぇぇ〜)

おいらの叫びは、闇の中で虚しくこだまし続け、おいらは泣き疲れて長い眠りについた。





End





プチあとがき(注:こちらのあとがきは、以前掲載していたときのものです。)

でかうさ視点、3話お届けしました。
ついに佐原の家に向かって、でかうさ出発しました。
泣きつかれて寝ちゃったようですが…笑
いろんな目に合いましたが、怖いご主人様は怖いだけじゃないと悟った様子。
怖いご主人様と可愛いご主人様の間で、微妙な位置にいるでかうさ。
まあ、ぬいぐるみの思考のため、人とは感じるものが違うようですし、そんなに不幸でもないんじゃないかと。
さて、新居についた啓史と沙帆子。
新婚生活を謳歌できるのか?そして、でかうさの運命は?
色々と、お楽しみにぃ(^−^)♪
読んでくださってありがとう!!
少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです♪

fuu



再掲載のプチあとがき(2011/2/15)
こうしてまた、皆様にでかうさ視点読んでいただけて嬉しいです。
上にも書いてますが、本当に楽しんで書いたお話でした。
サイトでは新婚編が進んでいますが、でかうさはちっとも佐原の車から出られませんねぇ。
けど、もしかすると、沙帆子の貴重なお願いが、でかうさのために?笑
それはこれからのお楽しみ♪
でかうさ視点、いずれまた続きが書きたいなと思っています。
また読んで楽しんでいただけたら嬉しいです♪

fuu

  
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