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ナチュラルキス
natural kiss
「ナチュラルキス」番外編
森沢大樹視点
『増すばかりの困惑』
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※このお話は、2013年の11月に、
どこでも読書さんのエタニティフェア用として、書かせていただいたお話です。
サイトでの掲載の、了承をいただけましたので、掲載させていただきました。
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第1話 いい感じのボディーブロー
放課後になり、教室の中は開放されたざわめきに包まれた。
北側の窓際、一番後ろの席からクラスメイトたちを見るともなく見つめていた森沢大樹は、知らぬ間にため息を落としていた。
「森沢?」
ふいに呼びかけられ、大樹は顔を上げた。
親友の広澤脩平が、気遣わしげな顔で佇んでいる。
「どうした?」
「いや……その、何かあったのか?」
「そう言いたくなるほど、僕は普段と違うか?」
にやりと笑い、冗談めかして聞き返したら、広澤が渋い顔をする。
「問題は解決していないということか?」
「えっ、森沢会長、何か大問題でも起きたの?」
隣の席の女子生徒が、急に話に割り込んできた。
席が隣になって以来、度を超えて馴れ馴れしく接してくるので、少々困っている。
こういう相手とうまく距離を取るというのは難しいものだ。
そんな彼の脳裏に一人の男性教諭が浮かぶ。
大樹の尊敬する佐原啓史教諭だ。
ベテランというわけではない新卒の教諭なのだが、学ぶところの多い人だ。
……佐原先生なら、こんなとき、そっけなく対応するんだろうな。
だが、あの真似はなかなかできるものじゃない。
大樹は通学鞄を掴んで立ち上がった。
「大問題というほどではない。が……少々、彼女につれなくされて、気落ちしているだけさ」
正直なところを、あっさり暴露し、大樹はその場を後にした。
くすくす笑いながら広澤がついてくる。
「やるなぁ」
笑いの混ざった称賛に、大樹は肩を竦めた。
「何をやったっていうんだ。本当のことを口にしただけだし……情けない話だ」
「いや、いい感じのボディブローだったよ」
「そうか。なら、僕の言葉の選択は間違っていなかったということだな。よかった」
広澤はしばらく笑い続けていたが、急に真面目な声で「森沢」と呼びかけてきた。
「何? 千里以外の話題しか受けつけないぞ」
先回りして釘を刺すと、広澤が黙り込む。
「それより、君のほうはどうなってる?」
「え? あ、ああ……あの一年生の子か?」
「いまは、それでしかありえないな」
「それが……付き合っているかのように振る舞われて、さすがにカチンときてしまって……」
話しづらいことらしく、広澤は言い淀む。
「それで?」
話しの先を促がしながら、大樹はなんとなく視線をさまよわせた。
おや、あれは……
遠くのほうにいるあの女子生徒……榎原沙帆子だ。
思わず視線を広澤に向けてしまう。
「う、うん……」
顔を伏せて口ごもっている広澤を見て、ほっとする。
榎原には気づいていないようだ。
実は彼女は、広澤の片思いの相手なのだ。
いま榎原の姿に気づいたら、広澤は地味に辛いだろう。
広澤から聞いたのだが、榎原はいま付き合っている相手がいるらしい。
その話を聞いたときは信じられなかったのだが、千里に確認してみたら、驚いたことに事実だと言う。
相手が誰なのか聞いたが、教えてもらえなかった。
……内緒にされてばかりだな。
僕はそんなに信用がおけないのか?
唇を噛みしめてそう考えた自分に、大樹はドキリとした。
そうか……僕は悔しいんだな。
彼女に信用されないことが……
だが、千里にだってわけがあるのだろう。
どうしても話せないわけが……
辛そうな千里の顔を思い出し、大樹は苛立つ自分をなだめた。
「実は……榎原さんと付き合っていると嘘をついた」
大樹は勢いよく広澤に振り返り、彼の目をじっと見つめる。
「マジか?」
「あ……ああ」
「そういう場合、当たり障りなく、適当な偽名で対処しておけばよかったんじゃないか? 他校に通っている子だとか……」
「それが……あの子、僕が榎原さんのことを好きなことを知っていたんだ。他の名前を出したら、嘘だと見透かされるとわかったんで……榎原さんの名前を出すしかなくて……」
やれやれ、広澤ときたら、とんでもなく面倒な子に関わったものだ。
「おおーい!」
背後から大声が聞こえ、大樹は広澤と一緒に振り返った。
同じ部活の仲間だ。
大樹も広澤もロボット技術研究部に所属している。
「部活に行くとこだろ? この間言ってた問題の部品、すっげぇ、いいのが見つかってさぁ」
「へえっ」
「それなら君ら、先に行って試しておいてくれ。ちょっと用をすませて、僕もすぐに行くから」
広澤に用とは何かを聞かれる前に、大樹は駆け出した。
「お、おい。森沢」
足を止めずに振り返り、戸惑っているふたりに軽く手を振った大樹は、榎原のあとを追った。
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