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ナチュラルキス
natural kiss
「ナチュラルキス」番外編
森沢大樹視点
『増すばかりの困惑』
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※このお話は、2013年の11月に、
どこでも読書さんのエタニティフェア用として、書かせていただいたお話です。
サイトでの掲載の、了承をいただけましたので、掲載させていただきました。
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第2話 謎のままでも
「榎原さん」
彼女の姿が校舎裏へ消えそうになり、大樹は声を張り上げて呼びかけた。
ひどく驚かせたようだが、榎原は足を止めてこちらに向いた。
大樹は急いで彼女に駆け寄って行った。
それにしても、どうしてこんなところを歩いているのだろう?
この辺りは人気がほとんどなく、女子生徒ひとりでいるのは、学校の敷地内とはいえ、少々危険かもしれないのに……
いや、いまはそんなことより……
「少し……いいかな?」
「な、何?」
こんなところで声をかけたからか、榎原はかなり動揺しているようだ。
本題に入る前に、説明が必要かと思い直す。
「あっちの通路歩いてたら、君が見えたからさ、聞きたいことがあって追ってきたんだ」
「そ、そう。あの、聞きたいことって?」
「その前に、ひとつ聞いていいかな?」
「えっ?」
面白いほど驚いてみせる榎原に、笑いが込み上げてならない。
つい、からかいたくなる相手だな。
考えてみたら、彼女とこんなふうに一対一で話すのは初めてかもしれない。
「君、ここからどこに向かってるの?」
質問すると、初め目を見張り、次いで顔をしかめる。
「呼び出されたの? でも、こんなひと気のないところを指定されて、君ひとりで行くのはどうかと思うぞ」
たぶん、付き合っている相手と会うんだろうが……
相手が誰だか気にはなるが、どうしても知りたいわけではない。
「彼氏と……待ち合わせかい?」
「え?」
「広澤に聞いた。君には付き合ってるやつがいるらしいって」
「そ、そう……」
「はっきり言って、僕は、彼よりいい男はこの学校にはいないと思うけど」
「あ……ん」
困っている榎原を見て、苦笑いしてしまう。
もっと積極的に行けと、広澤の背を押してやればよかったのかもしれない。
榎原は間違いなく広澤に好意を持っていたはずなのだ。
「慎重すぎるのが、あいつの欠点なんだよな。それでタイミングを逃すんだ」
だが、そんなことを言ってもいまさらだ。
「それでさ。呼び止めたのは……僕の私的なことでさ」
そう口にしつつ、後悔が湧く。
こんなふうに、千里の友達に聞くというのは……どうなんだ?
だが、もう口にしてしまった。
大樹は、迷いを捨てて言葉を続けた。
「つまり、千里のことなんだけど……」
「千里? 千里がどうかしたの?」
ひどく驚いたように聞かれ、言葉が詰まる。
「ああ……うん。まあ、なんてのか……何かあったってわけじゃなくて……こう……微妙に気にかかるっていうか」
「どういうことが?」
「その……隠しごとされてる気がするんだ。……今度の土曜日も、一緒に出かける約束してたのに、急に行けなくなったとか言い出すし……」
顔をしかめて語り、視線を榎原に戻すと、なぜかひどく狼狽している。
どうやら、当たりだな。
榎原は千里の隠し事が何かを知っているのだろう。
「理由を聞いたら、君らとどこかに行くことになったって。どこにって聞いても、曖昧にはぐらかすだけでさ」
「そ、そう」
「行き先が聞きたいとかじゃないんだ。千里にだって話せないことはあるだろうし……それでもやっぱり……」
少し同情を引くように、目を伏せる。
これで教えてくれないものだろうか?
胸にかかっているこの不安を、少しでも消し去れたなら……
「ごめんなさい」
突然申し訳なさそうに謝罪され、大樹は思わず笑ってしまった。
「どうして君が謝るんだ?」
「わたしのせいだから……」
「君の?」
「土曜日のこと……千里と詩織に、わたしの都合、無理やり押しつけちゃったの」
「そうなんだ」
榎原の都合に、千里も江藤も付き合うわけか?
それはいったい、なんなのだろう?
「あ、あのね」
「うん」
ついに教えてもらえるのかと、頷いて榎原が話し出すのを待つ。
彼女はどう語ろうかと迷うように視線をさまよわせていたが、ようやく語り出した。
「いま、わたしや詩織のことで、千里をやたら悩ませちゃってるというか……。だから、森沢君は、何も心配いらないっていうか……」
「そう?」
榎原に気遣われていることに照れが湧き、大樹は照れ隠しに笑みを浮かべた。
わけあって理由は聞かせてもらえないようだが、心配するようなことではないのだろう。
謎のままだが、心は軽くなった。
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