ナチュラルキス
natural kiss

番外編

「でかうさはライバル?」その2



か、勝った……

あっけないほど簡単に……

コントローラーを持つ手が、感動で震える。

「まさか……」

佐原の呟きが耳に入り、沙帆子はハッとして佐原に目を向けた。

彼は画面を見つめて、眉をひそめている。

「この俺が、本当に負けるとはな……」

ありえないというように独り言を言う。

沙帆子は、佐原の機嫌を損ねないように、あからさまににやけないよう顔を引き締めた。

「あ、あの……先生、約束したこと……」

「ああ?」

眉の間に皺を寄せ、佐原が向いてきた。

ぎろりと睨まれ、びびる。

「で、でも……約束です」

「わざわざ念を押さなくても、わかってる!」

「そ、それじゃ、でかうさ、連れてきます」

「いい」

「えっ?」

「俺が連れてくる」

仏頂面の佐原が、すっくと立ち上がった。

「だけど、でかうさ……あの、よ、汚れちゃってるし」

汚したことを責めているように取られては困ると思い、視線を逸らしてソフトに告げる。

「汚れ? 拭いてくればいいんだろ!」

顔をぐっと突きつけながら噛みつくように言われ、沙帆子は身を反らして逃げた。

「佐原先生にそんなことさせられないです。わたしが……」

「俺がやるって言ってんだろ。勝負に負けたんだからな」

「そんなことまで……」

沙帆子の言葉を耳に入れず、佐原はさっさと居間から出て行ってしまった。

どうしようかと迷ったが、佐原がやると言い切ったのだし、ここで余計な口出しをするのは、賢明ではないかもしれないと考え、沙帆子は佐原が戻ってくるのをじっと待った。

じれじれしながら待つこと五分、ようやく佐原が戻ってきた。

またでかうさを引きずっている。

お尻がすれていないか確認してみたかったが、なんとか堪える。

「ほら」

佐原は、ソファに座っている沙帆子の隣に、ドスンとでかうさを置き、自分もでかうさの隣に腰を下ろした。つまり、佐原と沙帆子の間にでかうさがいる状況。

「よし、それじゃ、二回戦だ。要領が掴めたから、次は負けないぞ」

ずいぶんむきになって言う。

沙帆子はでかうさ越しに、負けん気を出している佐原の横顔を見て、小さく笑った。

先生ってば、らしくなく熱くなっちゃってる。

負ける気がしない沙帆子は、余裕な気分でコントローラーを取り上げ、次の勝負に挑んだ。

へっ?

沙帆子は呆然として画面を見つめた。

「俺の勝ちだな」

しれっと佐原が言う。沙帆子は呆然としたまま、でかうさ越しに佐原を見つめた。

「う、嘘。な、なんで?」

「現実を受け入れろ。もうお前は、このゲームでも俺に勝てない」

「そ、そんなぁ〜」

たった一回勝てただけで、スーパー得意なパズルゲームの王座から引きずりおろされちゃうなんて……

「ほら、三回戦、やるぞ」

沙帆子はゆっくりと佐原を振り返り、ぐっと睨んだ。

「もうやりません」

「なんだ、なら、寝るか?」

佐原はあっさりと言い、立ち上がった。そして沙帆子の腕を取り、寝室に入ってゆく。

「先生、ゲーム機、片付けないと……」

「そんなもの、明日片付けりゃいいさ」

「で、でも……」

沙帆子は強引にベッドに転がされた。

わわわ……

すぐさま佐原が覆いかぶさってきて、ふたりの身体が密着する。彼の身体の熱を感じて、沙帆子はきゅっと目を瞑った。

これから始まるだろう行為に、ドキドキと心臓を跳ねさせていた沙帆子は、急に重みがなくなり、目を開けた。

「そうだ。忘れてた……」

佐原はひとり言のように言い、ベッドから下りる。

「あ、あの……先生?」

恥ずかしさを感じつつも甘い期待に胸を高鳴らせていた沙帆子は、気が抜けて、おずおずと佐原に問いかけた。

「すぐ戻る」

そっけなく言い、佐原は寝室から出たが、待つほどもなく、すぐに戻ってきた。

入り口に視線を向けていた沙帆子は、入ってきた佐原を見て驚いた。

なんと佐原は、でかうさを抱えている。

わ、忘れ物って……でかうさ……?

で、でも……な、なんで?

唖然としていると、佐原はでかうさをベッドの上に置いた。そしてソファの時と同じように、ふたりの間にでかうさを挟み、自分も寝ころがろうとする。

「駄目だな……狭い」

そりゃあ、この横幅のでかいでかうさを挟んでじゃ……寝られるわけがない。

だけど、なんで、先生ってば、でかうさをベッドに?

佐原はなんとか寝場所を確保しようと、でかうさを沙帆子のほうにぐいぐい押し付けてくる。

ベッドの端に押しやられ、そのままつぶされそうになり、沙帆子はでかうさを押し返して抵抗した。

「せ、先生。無理、無理ですっ」

「そうか。やっぱり無理か……」

ブツブツ言い、佐原はベッドに転がるのを諦めて、立ち上がった。

「どうするかな……」

ベッドに転がったでかうさを見つめ、佐原は顔をしかめて思案する。沙帆子も起き上った。

「あの、先生?」

「仕方がないな」

沙帆子に返事もせず、佐原はそう言うと、クローゼットを開けた。

今度はそこに押し込もうと言うのだろうか?

沙帆子は自分の横に転がっているでかうさに目を向け、思わず両手をかけた。

だが佐原は、布団のセットが入っている袋を取り出している。

ま、まさか、先生、それを敷いて寝るつもり?

でも、なんで? でかうさがベッドで、先生が布団だなんて……

あっ!

これって、も、もしや、嫌がらせ?

きっとそうに違いないと思えた。もちろん、ゲームに負けたからだ。

まったく、佐原先生ってば……

沙帆子が呆れている間に、佐原は布団を敷き終わったようだった。

「先生、でかうさを下せばいいと……」

「待遇を良くすると言った。男に二言はない」

確かにそう言ったけど……

「えっ?」

腕を伸ばしてきた佐原に突然抱き上げられ、沙帆子はびっくりした。

「な、何?」

わけがわからず足をバタバタさせていると、佐原は沙帆子を、いま敷いたばかりの布団の上に降ろす。

ぽかんとしている沙帆子を横にならせ、掛布団をかける。

「よし! これですべて解決だな。じゃ、沙帆子、おやすみ」

佐原はそう言うと、部屋の灯りを消し、ベッドにもぐりこんだ。

暗闇の中、沙帆子は唖然として、こんもりもりあがっているベッドを見つめた。

う、嘘?

な、なんでこんなことに?

なんで、わたしがひとりで寝てて、先生がでかうさと寝てるの?

沙帆子は跳ねるように起き上り、ベッドを見つめた。

佐原の頭とでかうさの頭が並んでいる。

どうも佐原は、でかうさを抱き締めて寝ているように見える。

「な、なんで?」

「何を騒いでるんだ? 早く寝ろ……。明日も……早いんだ……ぞ」

ひどく眠そうな声で佐原が言った。

間をあけず、静かな寝息が聞こえ始めた。

冗談でなく、佐原は寝てしまったようだった。

これは、ゲームに負けた腹いせなのか?

沙帆子に代わって佐原に抱きしめられているでかうさに、嫉妬の感情が湧き上がり、沙帆子は布団から飛び出ているでかうさの耳を掴んで引っ張り出してやろうとしたが、佐原にぎゅっと抱きしめられているせいで、引き出せない。

「先生、先生、あんまりですよぉ」

泣きながら佐原を揺さぶるが、寝てしまった佐原はどれだけ揺すっても起きる気配がなかった。

沙帆子は肩を落としてすごすごと布団に入った。

ぐすん、ぐすん……

どれだけ泣いても涙が止まらない。

「でかうさなんか、大っ嫌いなんだからぁ!」

胸がかきむしられるほどの悲しさに、大きな声で叫んだ沙帆子は、「おい、おい?」という呼びかけに、目を開けた。

佐原が顔を覗き込んでいる。

「せ、先生っ!」

沙帆子はようやく起きてくれた佐原に思い切り抱き着いた。

「あんまりですぅ」

佐原を抱き締められたことに安堵を感じながら、抱き着いたまま身悶える。

「は? お前、どんな夢見て、大泣きしてんだ?」

「だって、先生が、でかうさを抱き締めて……へっ? ゆ、夢?」

「俺がなんだって? でかうさを……?」

沙帆子は顔を上げ、周囲を見回した。

ベッドの上だ。ベッドの隣に布団などないし、でかうさもいない。

「あっれ……? 夢だったの? な、な〜んだ」

安心して笑みを浮かべたものの、なんとも痛い夢だった。

「おい、でかうさを抱き締めてってなんだ? お前、俺があんなもん抱きしめてる夢を見てたってのか?」

ほっとしたものの、事態はあまりかんばしくないようだった。

「あ……い、いえ……そ、そういうんじゃなく……」

「そういうんじゃなければ、どんな夢を見てたんだ?」

「つ、つまり……」

「つまり?」

沙帆子は佐原と視線を合わせ、じーっと見つめた。

「なんだ?」

佐原はじろりと睨みながら問いかけてくる。

彼女は佐原にまた抱き着いた。

「先生。……よかった。夢でよかった」

今度は安堵から涙が湧き上がり、沙帆子は佐原の体温を感じて、またポロポロと涙を零した。

「まったく、変な夢見やがって……困った奴」

ひどく呆れた口調で言った佐原だったが、彼はくすっと小さく笑い、沙帆子を抱き締めてきた。

「先生、でかうさより、好きですよね? わたしのこと」

「比べる対象を、間違えてないか?」

涙をやさしく拭いながら、佐原は言う。

顔はそっけないけど、沙帆子への愛をはっきりと感じられる。

沙帆子は頷き、佐原の胸に顔を埋めた。

目を瞑った沙帆子の頭を、佐原がそっと撫でてくれる。

しあわせに浸った沙帆子は、夢の中ででかうさに抱いた嫉妬の感情を思い出し、顔をしかめた。

でかうさ、ごめんね。

胸の内で心を込めて謝罪し、沙帆子は大好きな佐原の香りを胸いっぱい吸い込んだ。





End



プチあとがき
電子書籍サイト『どこでも読書』さんの、エタニティフェア用に書き下ろしたお話です。
掲載の許可をいただけたので、バレンタインデーの機会に、掲載させていただきました。
読んでいなかったみなさまに、読んでいただけるようになって嬉しいです。
楽しんいただけたらいいな(^。^)♪

fuu
(2012/2/14)


  
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