ナチュラルキス
natural kiss

「ナチュラルキス+3」
刊行記念 特別番外編
 敦視点

  「気分すっきり」




※このお話の前話は、エタニティブックスサイトにて、番外編として掲載してくださっています。
できれば、そちらを先に読んでから、こちらを読んでいただけるといいかなと思います。




「敦、ちょっと下りといでぇ」

階下から、母親の大声が聞こえ、本を読んでいた敦は顔を上げた。

なんだよ。これからケチャップでも買って行ってこいなんて、頼みじゃないだろうな。

面倒くさいが、お袋を無視していたら、親父にろくでもない目に遭わされかねない。

敦は仕方なく階段を下りて行った。すると、さっき帰っていったばかりの千里と大樹がいた。

「なんだ、どうした? 忘れ物でも……?」

「あっちゃん、いま佐原先生がここに来たわよね?」

あ……

そうか、こいつら入れ違いで、佐原と、あいつの彼女を見たんだな。

それは、こいつらにすれば気になるよな。佐原は自分たちの学校の教師なんだから……

「実は、俺とあいつはダチでな」

「はあっ? あっちゃん、そんなことひと言も言ってなかったじゃないの?」

「まあ、お前らに言う必要を感じなかったんでな」

そう言うと、千里はいやーな目で敦を見つめる。

「なんだ?」

「あっちゃん、わたしたちのこと笑ってたんでしょう? わたしと大樹から佐原先生の話を聞いて……」

「まあな」

「考えたら、敦さん、佐原先生の話を僕らがするたびに、ずいぶんと面白がってましたよね」

大樹が愉快そうに言う。やはりこいつは大物だ。懐が大きいな。

「それじゃ、あっちゃんは、佐原先生に彼女がいること知ってたわけね?」

「まあな」

千里は面白くなさそうだったが、何も言わなかった。それはそうだろう。

これは俺が勝手に千里に話していいことではない。佐原のプライベートだ。

「それにしても、敦さん、佐原先生はなんの用事でいらしたんですか?」

「なんでって……」

それはこの間、俺にやられた仕返しをしにきたわけなのだが……そんな真実をこのふたりに言う必要もないだろう。『あっちゃんってば、佐原先生に、なんてことやってんのよ!』と、千里になじなれるのがオチ。

寝起きを襲撃したなんて、ちょっと自分でもやりすぎたと反省しているくらいだ。

それにしても、佐原の野郎、彼女まで巻き込んで、二週間後に結婚するなんて、俺を騙そうとするとは、いくらなんでもやりすぎだよな。

「敦さん」

「うん?」

「恋人を連れて、親友の家に寄るなんて、どうも佐原先生らしくないんですが……」

聡明な大樹が不思議そうに問う。疑問に思って当然か……

真実を知りたいんだろうな。

よし、その願い、この敦様が叶えてしんぜよう。

敦はにやつきたくなるのを抑え、ふたりに向けて口を開いた。

「いいか、ここだけの話だぞ。実はな……」





「敦、飯だぞお」

父親のゆるい呼びかけに、敦は目を開け、反射的に「おーっ」と返事をした。

おりょ? 部屋が薄暗い……

いつの間にか寝ちまったみたいだな。

「ふああっ」

欠伸をし、こきこきと首を左右に曲げる。
布団の上にある開いたままの本を取り上げて本棚に戻し、敦は部屋から出た。

階段を下りていた敦は、ぴたりと足を止めた。

あれっ? 啓史が……

頭の中の記憶に、敦は眉をひそめた。

来たよな?

彼女連れて……?

偽物の招待状を渡してきて、そいで帰っちまったはず……

ありゃ、夢……か?

現実だったのか思い出そうとしてみるが、どうにも判然としない。

けど、あのあと、千里と大樹が戻ってきて……俺、佐原が結婚するって話を、さも本当のことのようにあいつらにしたよな?

もちろん結婚という話は嘘だ。そうに決まっている。

佐原が俺をかつごうとしやがったんだ。

千里も大樹も半信半疑という感じだったが、千里は、わたしたちをかついでるんでしょと、ずいぶん噛みつくように言っていた。

冗談に決まってんのに、千里は目くじらを立てて怒っていた。

あれは、千里らしくなかったよな?

そう考えたせいで、敦は自信を完全に喪失した。

いま寝ていたせいで、それらの出来事が事実か夢か、どうにも確信が持てない。

もやもやしてならない敦は、階段の途中で回れ右し、階段を駆け上がった。

あれが現実であった証拠の桃色の招待状。

ベッドの上を探したが見つからず、部屋を探し回るものの、ありはしない。

「敦、早く来いっつってんだろ。飯が冷めるぞ!」

床に這いつくばって眉を寄せていると、父親の声が飛んできた。
敦は頭を上げ、ドアに向いた。

「あー、わかってる」

ちっ!

どうやら寝ぼけちまったらしい……俺らしくもねぇ。

彼は頭を掻き、自分に呆れつつ部屋から出た。

夕食を食べながら、母を見つめる。

この母は、啓史が来たのか来ていないのか、事実を知る。「お袋、今日佐原が来たよな?」と聞けばはっきりするのだが、そう問いかけてあれが夢だった場合……

母の性格をよく知る敦は、質問を断念することにした。そして、千里に連絡するのも、まったく同じ理由で断念した。

あの招待状が見つかれば、あれは事実だとわかるのだ。わざわざ自分を貶めることはない。





深夜、歯を磨きながら、敦はなんとももどかしくなってきた。

やはり佐原は来た気がする。彼女を連れて……あれは夢なんかじゃない。

口をゆすぎ、鏡の自分を見つめて、「なあ、来たよな?」と問う。

鏡の中の自分が「うん、来た、間違いねぇ」と答え、敦は強く頷いた。

自室に戻り、確たる証拠である桃色の招待状を血眼になって探すが、やはり出てこない。

くそっ! わかりゃしねぇ。

もんもんとするし、腹が立ってきた敦は、携帯を取り上げ、啓史に電話をかけようとしたが、時刻を確認して迷った。

この時間、啓史はまだ寝てはいないと思うのだが……

まさか、あの彼女と同棲してたりしねぇよな。という疑惑が湧いてきた。

あのときは、週末で泊まってただけだろうと思うのだが、もしもということもある。

電話したところで、ナニの最中なら……あいつは電話に出やしないだろうが……電話に出なかった場合、自分の頭に、いけない妄想がわらわらと膨らみそうだ。

俺……寝らんなくなるな……ぜってぇ。

明日は仕事だしな……ここは余計なことはせず、寝た方が良さそうだ。

まあ、いいさ。からかわれたのが事実なのか、夢だったのか、いずれわかるだろう。

結論を出した敦は、携帯を枕元に置き、布団にもぐりんだ。





なにやら音が聞こえ、敦は半分寝たまま音のしている方に手を伸ばした。携帯を掴んだところで電話がかかってきているのだと理解する。

「飯沢」

なんだ?

「おぉ?」

啓史の声か……

「おま……」

口にしながら欠伸が出てきそうになる。

「朝、はえぇなぁ~」

なんとか欠伸を噛み殺し、返事をしたが、昨日のことが頭に浮かぶ。あれは夢だったのか、現実だったのか……

「悪いな。時間、確かめてなかった。ちょっと聞きたいんだが……」

「なあ、佐原」

啓史が何やら言っているのはわかっていたが、自分の思考に囚われていた敦は、啓史に話しかけた。

「なんだ?」

「つかぬことを聞くが、お前、昨日、俺んちに来たっけか?」

「は⁉」

怪訝な声が返り、敦は焦った。

「やー、あれー」

口にしたことを悔やみ、馬鹿らしくなる。

「や、やっぱ、夢かよぉ」

敦はあまりのあほらしさに叫んだ。

わざわざ偽物の招待状まで作って、敦をからかいにふたりしてくるなんて、あるはずがなかった。

「飯沢、お前、何言ってる?」

携帯から啓史の声が聞こえ、敦はぼりぼりと頭を掻いた。

けどなぁ、あの可愛い彼女、夢にしてはリアルに頭に残ってんだよな……

「飯沢?」

「白昼夢ってやつか? 俺、狸か狐にでもばかされたんか?」

そう口にしてしまったことで、自分が情けなく感じて、すーとんとテンションが落ちた。

だいたい、佐原だけならいいが、あの天使のような彼女が加担して、俺を騙そうとしたと疑っちまったとは……

「おい、飯沢、寝ぼけてるなら早いとこ目を覚ませ。もう出勤しなきゃならないんだ」

啓史の言葉に、自分を責めていた敦は思わずむっとした。

「お、俺だってな、これから支度して出勤だぞ」

張り合うように言ってしまい、さらにテンションが下がる。

「ああ、そうか。とにかく、聞きたいことが……」

「いや、もういいんだ。何も言うな! ほんじゃ……」

敦は携帯を切り、もう一度ベッドに転がった。





寝起きは最悪だったが、仕事はずいぶんと順調にこなせた。

昼になり、弁当を食べて残りの休憩時間を会社の屋上で、風に当たりながらコーヒーを飲みつつ憩っていると、母親から電話がかかった。

「なんだよ、お袋。なんか買って来いって電話なら、親父にしろって……」

「ちょっとあんた!」

ただごとでない母の叫ぶような声に、敦は眉をひそめた。

「な、なんだよ。お袋、なんかあったのか?」

父にでも何かあったのではないかと、鼓動が速まる。

「な、なんかじゃないわよ! びっくりしちゃったわよ! もおっ、なーんで言わないよ?」

怒鳴りながら激しく責めてくる。

「おいおい、いったい何言ってんだ? 俺、さっぱりわかんねぇんだけど」

「掃除機かけてたら、ベッドの下よ。ゴゴゴって言うから、なんじゃと思ってみたら、掃除機につまってるじゃないのっ」

「うん。何が?」

ベッドの下なんて、見つかるのがわかりきっているところに、母が目くじらを立てるような代物を隠すような真似はしていないが……

「何がじゃないわよ。あんな大事なもの、どうしてしっかりと保管しとかないの」

大事なもの? 保管?

「だから、それなんなわけ?」

「結婚式よ。佐原君、二週間後に結婚するって……もおっ、あんた、礼服だってクリーニングしなきゃならないし……。そ、そんなことどうでもいいわ! わかった時点でどうして教えないのっ! この馬鹿息子!」

最後の怒号は、耳にかなりの衝撃ものだったが、そんなことより……

「お、おい、お袋。ほんとかよ?」

「はあっ? ほんとかよって、あんたが、これ、受け取ったんでしょうよ」

「その招待状だよ。家にあるんだな?」

「わけわかんないわね。見つけたから、びっくりして電話してんじゃないのよ」

「そ、そうか。な、なあ、彼女の名前、なんだった?」

「はい? 名前? ちょっと待ちなさい」

封筒を開けているのか、ガサガサと音がし、また母が出た。

「榎原沙帆子。ふふ、可愛い名前ねぇ。……って、そんなことじゃないって言ってんじゃないの。なんで教えてくれなかったのかって言ってんのよ」

「お袋、落ち着け」

敦は笑いながら、なだめるように母に言った。

「落ち着いてるわよ!」

「それ、嘘なんだって」

「へっ?」

そう叫んでから、しばし母が黙り込む。

敦はにやにやしながら母の言葉を待った。

「嘘? これ、ほんとじゃないの?」

「ああ。俺さ、この間、あいつのことすっげえ怒らせちまって。それで仕返しされたんだ。そいつはそのアイテムなわけよ」

「はあーっ! もおっ、なんなの? びっくり損じゃないのよっ」

「でも、見つけてくれて助かったよ。どっかいっちまって、いくら探しても見つけられなかったんだ」

「ベッドの間に挟まってたんじゃないの。あー、いらぬ汗かいたわ。馬っ鹿馬鹿しい!」

むしゃくしゃしたような声のあと、バシッと携帯は切られた。

母親の動転ぶりを思い返し、あとからあとから笑いが込み上げてならなかった。

佐原の野郎には翻弄されただけ文句を言ってやるつもりだが、真実がはっきりし、気分もすっきりした。

すぐにでも啓史に電話をしたかったが、もう昼の仕事が始まる。

残りのコーヒーを喉に流し込み、敦は意気揚々と職場に駆け戻った。




プチあとがき
「ナチュラルキス+3」刊行の記念に、敦視点をお届けしました。
夢だったのか現実だったのか、ことがことだけになかなか確信できないでいる敦でしたが、最終的に招待状が出てきましたね。

これは仕返し、招待状も偽物と思い込んじゃってる敦です。笑
さて、このあと、啓史に電話で文句を言うわけですが……

この続きも、お届けできたらと思っています。

読んでくださって、みなさんありがとう(^。^)
お楽しみいただけたなら嬉しいです♪

fuu

 
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