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ナチュラルキス 新婚編
natural kiss
刊行記念特別編
*書籍、新婚編の冒頭のお話になります。
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第1話 夢のあとの現実
な、なんか、もっと味わっておかなきゃ、もったいないかも。
急かされるような気分でそんなことを考えるものの、気持ちが先行するばかりで……ならば、何をどうすればいいのかわからないわけで……
佐原先生の隣に座っていられて、もうそれだけでしあわせの境地……なんだけど……
結婚式を終えて、一晩泊まった式場の宿泊施設。
外観も中身も、まるでお城の様な素敵なところだ。
こんなところで佐原先生と過ごせて……
まるで夢の中にいるようだった。
結婚式の間も、なかなか現実として受け入れられなくて……いまですら夢の中にいるような気分で……
けど、あと二時間もしないうちに、ここをあとにするんだよね。
思わず現実的に考え、すると今度は物足りない気持ちになる。
すでにひと通り全部の部屋を見たし、ここで一晩を過ごしたわけだけど……
もうすぐここをあとにしなければならないんだ。
だから、もっと味わっておかなきゃいけない気がする。
二度と訪れることのない場所なのだから、もっと記憶にしっかり残しておきたいよね。
それに写メも撮っておきたい。
そう思う反面、あと少ししか時間がないのだから、この特別な場所で、このまま佐原先生にぺったりくっついて過ごしたいという気持ちにもなる。
あーん、身体をいくつにも分裂させられたら、やりたいこと全部分担してやるのにぃ。
どっちを取っても、後悔する気がする。
今日の佐原先生はスーツじゃない。
濃いグレーの洒落たジャケットを羽織っておいでだ。
スラックスは黒。
どんな服でもしっくり着こなしてて、いつものことながら、ドキドキするくらいカッコイイ!
「あ、あの、先生?」
呼びかけたら、鋭い目で睨まれた。
思わず顔を歪めてしまう。
先生と呼ぶたびに、この睨みを食らうのだが……
『啓史さん』、なんて、とてもじゃないけど、畏れ多くて呼べないんだよね。
「え、えっと……」
「なんだ?」
おやっ?
呼び名については、免除してもらえたらしい。
沙帆子はほっと息をついた。
「は、はい。あの、先生のその服って、自分で買ったんですか?」
「うん?」
啓史は自分の着ている服に視線を向けてから、「いや」と首を横に振る。
「こんなところに一泊するなんて知らなかったからな。荷物は全部家族が揃えてくれてた。お前も同じだろ?」
「あ、ああ……そ、そうですよね」
「その……お前の……その服……似合うぞ」
もごもごとした口調で褒められ、嬉しさに頬が緩む。
いま沙帆子が着ているのは、クリーム色の花柄のワンピースだ。
啓史と同じで、沙帆子もすべて母が揃えてくれていた。
すごく素敵なワンピースで、これを見たとき、父と母に思い切り感謝してしまった。
つい、涙腺も緩んだけど……
「先生のも、お母さんのお見立てなんでしょうね」
「どうかな? まあ、そうかもしれないな」
「あの、凄く似合ってます」
「……そうか」
「はいっ」
沙帆子は思い切り頷いた。
見ると、少しだけ啓史の頬が赤らんでいるように思える。
「時間に余裕ができたら、ふたりで服を買いに行こうな」
「は、はい」
嬉し過ぎて声がうわずる。
うはーっ! 先生とふたりで服を買いに行くなんて……
そういえば、すでに何度か買い物してるんだよね。
指輪を買いに行ったし、結婚の記念品も買いに行った。
それからパジャマも……
まあ、あのとき買ったのは、パジャマじゃなかったんだけど……なんとバスローブで……
先生ってば、あんなもの買っちゃって、着るつもりなのかな?
そう考えた途端、頭にバスローブ姿の啓史が浮かび、顔に血が上りそうになる。
すると、そこで啓史がごそごそと動き始め、ドギマギしていたら、ついでのように手を取られた。
何も語らずにぐっと握りしめられる。
きゃーーーっ!
沙帆子は、心の中で黄色い悲鳴を上げた。
そして、先ほどまで胸にあった迷いを捨てた。
もういい。この施設をもう一度見て回らなくてもいいし、写メも撮らなくていい。
このまま時間まで手を繋いでいたい。
夢のあとの現実……なのに、いまだ夢の中にいるようだった。
しあわせに酔いしれていたら、あっという間に残されていた時間は過ぎ去った。
朝食の片付けのためにスタッフがやって来てくれ、そのまま荷造りを手伝ってもらうことになった。
一番大変だったのは、花を包む作業だ。
飾ってある花は欲しいだけ持ち帰っていいと言われては、乙女としては欲が出るというもの。
できることなら、花一輪、葉っぱ一枚、残さず持って帰って部屋に飾りたいくらいで……
持って帰る先は啓史のマンションなのだと気づいた沙帆子は、せっせと花を集めていた手をぴたりと止めた。
そ、そうなんだ。
わたしの家は、こ、これから佐原先生の家になるんだよね?
眩暈がしそうなほど、途方もないことのような気がした。
結婚式だけが頭にあって、それだけを考えて昨日を迎えた。
だから、その後のことなど、見事に、なにも考えていなかった。
いまさら焦りが湧いた。
ど、どうするわたし!
うろたえてしまい、目が泳ぐ。
「奥様?」
一緒に花を集めてくれていた女性スタッフから声をかけられ、沙帆子はぎょっとして顔を向けた。
お、お、奥様?
「どうかなさいましたか?」
どうやら訝しく思うほど、沙帆子の様子はおかしく見えたらしい。
「な、なんでもないです」
沙帆子は顔を赤らめ、花を集めるために手を動かした。
お、奥様だなんて呼ばれたら、照れくさくて困る。
嬉しい気持ちもないではないけど……やっぱり、戸惑う気持ちの方が大きい。
「これでひとつにまとめましょうか?」
沙帆子が集めた花と、そのひとが集めた花を合わせて尋ねられ、沙帆子は頷いた。
「は、はい」
大きな花束だ。それでも花はまだまだある。
佐原先生のマンションに飾るのは、これくらいだろう。
これ以上あっても、飾るところがないに違いない。
そうだ、あと、ママにも持って行ってあげよう。きっと喜んでくれる。
それから千里と詩織にも……それと、佐原先生のお母さんと、学校長の奥さんである麗子さんにも……
みんなに、抱えきれないほど大きな花束を手渡して、驚かせよう。
花を集めて回っていた沙帆子は、一階玄関の真正面に座り込んでいるでかうさと、ばっちり目を合わせた。
うわっ、こ、こんな目立つところにいるとは。
いったい誰が移動させたんだろう?
沙帆子は思わず周囲を見回した。
啓史の姿が近くにないことにほっとし、でかうさに視線を戻す。
佐原先生、このぬいぐるみのことがひどく気に入らないらしいから、こんな目立つ場所にいるのを見たら、機嫌を悪くするんじゃ?
それにしても……
このつぶらな瞳……
(連れて帰ってくれるんだよね?)
そう必死に懇願されているように感じる。
もちろん連れて帰るはずだ。
だって、でかうさは佐原先生の友人である飯沢さんからの贈り物なのだし……
け、けど……
昨日のでかうさに対する佐原先生の態度を思い返すと……
じ、自信が萎むってか……
飯沢さんの家に、このまま送り返されたりは……?
考えたことが現実になりそうで気まずく、沙帆子はでかうさの目を直視できなくなり、そそくさとその場から逃げた。
でかうさのことが気になりつつも花をまとめ終えた沙帆子は、テーブルに載せた花束の量をみて眉を寄せた。
これ全部、車に積み込めるのかな?
するとそこに啓史がやって来た。
「先生、これ全部、車に乗ります?」
「荷物はそんなにないし、余裕だろ」
荷物はそんなにない……って、先生、あのでっかいぬいぐるみのこと、ちゃんと頭数に入れてるんだろうか?
でかうさは凄く大きいから、かなり場所を取るのに……
「どうかしたのか?」
ふいに声をかけられ、沙帆子はぎょっとして顔を上げた。
「な、何も……」
上目遣いに返事をした沙帆子を、啓史はじっと見つめてくる。
沙帆子は、啓史のマンションの部屋にでかうさがいる図を思い浮かべてみたが、違和感バリバリだ。
こうなったら、しばらくの間、パパとママのところに……
そ、そうだ。先生にそう言ってみよう。
それなら、こころよく乗せてくれるかも。
ママはきっと、でかうさを預かってくれる。
わたしの部屋はいま、いっぱい空いているし、しばらくの間でいいから、あの部屋に置いといてもらって……
いずれ佐原先生が受け入れてくれそうになったら……迎えに……
そこまで考えた沙帆子は、あることを思い出し、表情を消した。
そ、そうだ……パパとママ……もうすぐ引っ越しちゃうんだ。
わたし、結婚騒ぎで、すっかり頭になかった……
沙帆子は、夢の中から一気に現実に戻った気分だった。
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プチあとがき
「ナチュラルキス新婚編」、刊行記念特別編です。
以前、ナチュラルキスのおまけのお話として掲載させていただいていたものを、大きく改稿、加筆して掲載させていただきました。
本編の続き、そして新婚編の冒頭の話になります。
楽しんでいただけたなら、嬉しいです♪
お話は、もう少し続く予定です。
もう1話かもしれませんし、もう少し続くかもしれません。
何話まで続くか、いまのところわかりませんが、また楽しみにしていただけたら嬉しいです♪
読んでくださってありがとう(^。^)
fuu(2014/2/2)
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